第64話 「SAN値判定」

ヴィスレ・C・ラトウィッジ。


館の主の名だ。

地下水路の階段を睨みつける。

ここを登っていけば、その本拠地に至る。


「準備はいいですか」


アルマが作戦を再確認する。

昨日の宿での会話を思い出す。


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リーダーを一番の経験者であるアルマとし、作戦会議だ。

先頭はカシスと俺らしい。


「なんで俺なんだ? 感知とか探索は……」

「『霊視の魔眼』……精霊視を持っているじゃないですか」

「……精霊は視えるが……」

「その状態だと、死霊の感知も恐らく可能なはずです。

 今までもありませんでしたか、なにか不穏な気配を感じ取ったり」

「ああ、あれか」


墓地での見張りのとき、初めてゾンビを目にしたあの夜。

確かに、ざわつく火精と、異様な気配を感じた。


「……アルマ、私も死霊は……」

「いえ、ユーミルさんのでは強すぎて逆効果です。

 むしろギリギリまで力を『遮蔽しゃへい』しておいて下さい」

「……わかった……」


中衛はイリムとザリードゥ。

イリムも初級クラスの『霊視』が使えるし、背後の感知を担当。

そしてふたりの戦士職は、前後どちらが戦場になってもすぐさま対応できることが重要だ。


後衛はアルマとユーミル。

アルマは前衛との距離程度なら魔術トラップに気づけるらしく、ユーミルは術の相性的にいざ戦闘となるまで控えとなる。


アルマが一時的に加入するのに、カシスは少し渋っていた。

まだ、完全に彼女のことを信用できないそうだ。

だが、魔術師の本拠地に飛び込むのだ。

この中で最も魔術に長けたアルマが必要だ。


彼女とは報酬の山分けも取り決めたが、それ以上に死霊術師ネクロマンサーの館を見られるほうが報酬だと言っていた。

魔法職スペルユーザーの本拠地は術式・神秘の宝庫だと。


……なんかくすねたりしないよな。


他にもこまごまとしたことを詰め、確認。

準備は整った。


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ラトウィッジ邸への階段を一段一段慎重に登りながら、胸元に揺れるまるい銅板をなでる。この銅板の中にはさらに銅板が収まっており、それが凄まじい速さで回転しているのだと。


これが回っている間、ラトウィッジの術式だけ静かに薄めることができるそうだ。結界を壊さず、通過する時だけ誤魔化す。


「……ほんとすげーなフラメルは……これ、ネビニラルの秘奥の模倣じゃねーか」

「お家解体で分散したものを取り寄せただけで、しかもはるかに劣りますわ」

「…………まあ、そっか……本来なら、……クソッ」


魔術師同士、謎の密談が聞こえる。

この回転する銅板はネビネビラルとやらの魔法らしい。

ありがとう、ネビネビラルさん。


階段を登りきり、慎重に扉を開けると、そこは淀んだ空間だった。

暗く、寒く、湿っている。

今はあちらの世界の暦でいえば11月近いのだが、ここの寒さは外のものとは違う。

粘つきまとわりつく、梅雨のような湿気のまま、魂が凍りつくような寒気。


左右に伸びる通路の両脇には、いくつもの鉄柵、牢獄。

みなで警戒しながら進むが、嫌でも牢内の様子が目に飛び込む。


ひとつ、中を覗けば赤い部屋。

あらかた解体しつくされている。


ふたつ、壁のいたるところに5本の赤い線。

恐らくは閉じ込められた動物よろしく壁を掻きむしった結果だろう。

爪が、肉が、こそげ落ちようとも。


みっつ、なんだか干し肉のようになったモノ。

だが人型は保っている。

大きさからすると……気分が悪くなった。


そんな内容のモノが、通路を進むごとに繰り返される。

『霊視』を開いたままのせいで、より克明に視えてしまう。


SAN値が、ゴリゴリと削られる。

そう形容することで、なんとか理性を保つ。


「曲がり角、移動する変なのがいる」

「了解」

「はい!」


とカシスとイリムが先頭に、ユーミルとアルマが鑑定役だ。

徘徊する護衛に感知や警報が施されていないかは重要だ。

少しすると敵を排除した彼女らが戻り、また索敵へ。


地下階を出て、豪奢ごうしゃな通路へと出る。

本当に、ラトウィッジはお金持ちでいらっしゃる。


長方形の広い食堂、キッチン、倉庫、客間と探索を続け巡回する骨戦士を3回排除したころ、ようやく本来の依頼の対象を発見した。


盗まれたお貴族さまのご遺体である。

そしてその部屋は、あらゆる間違いに満ちていた。

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