第62話 「素晴らしきお人好しに祝福を」
いつもの宿で仲間と集合する。
路地に一本入った先にある緑の看板の店で、酒、食事、宿としか書いていない。
宿の名前もなくひどく
5人揃うだけでけっこう窮屈で、ひとつしかないテーブル席を占領する。
さらに、カウンターにはもうひとり。
アルマが座っていた。
「……というわけなんだが」
今日のことを一通り報告する。
ザリードゥは衛兵のバイトで、カシスは街の情報網を使ってそれぞれ調査をしてくれている。
なので開口一番、カシスが不満を垂れる。
「子どもと一日中遊んでて……ってちょっとどうなのよ。
イリムちゃんやユーミルはいいとして、アンタはアウトでしょ」
「まじすか」
「ここが現代日本だったらね。ソッコー通報でブタ箱行きよ」
「なるほど」
もし元の世界に帰ることがあったら気をつけよう。
カシスとザリードゥの集めた情報はこうだ。
まずカシスの話によると、ラトウィッジは表向きは有名なお医者様の家系で、事実、いくつもの逸話がある。
不治の病である肺病を治しただとか、アカズの少女に光を取り戻しただとか。
非常に高額な治療費と引き換えに、確かな腕を奮っている。
ただ、黒い噂も多く、ずいぶんと大量の奴隷や孤児を買い入れているという話だ。
ラトウィッジの邸宅は確かに広いが、いつも手紙を配達するポストマンの話によると、いつも対応するのは全身鎧に固めた騎士で、それ以外の住人は見たことがないと。
ザリードゥはその実力から旧貴族街など位の高いエリアを受け持ち、それとなく衛兵仲間に探りを入れてくれたが、返ってくる返事はパッとしなかったそうだ。
「つーかなぁ…‥」
「なんだよ」
「明らかにありゃ、上からご達しがきてるんだろーな。喋るなとかなんとかよ」
ザリードゥは傭兵として長い経験がある。
いけすかない領主に仕えたり、事情の込み入った正義もクソもない戦いにも参加したこともある。
その彼がそう言うのだからそうなのだろう。
「その……アルマさんが結界の無効化を担当してくれるのはありがたいけど……」
「アルマでいいですわよ」
「……そう」
カシスは、アルマをだいぶ警戒していた。
彼女との今までの経緯は説明したのだが、やっぱちょっと変な人だしな。
俺がまれびとだと知られていることも話した。
ちなみに、宿の店主は今回もアルマの
魔法をみだりに使ってはいけないルール、誰も守ってねーな。
ザリードゥはアルマを紹介したとたん大喜び、キレーなねーちゃんだなとか、そのふわふわの髪を触らせてくれだとか。
アルマも別に嫌がらずトカゲマンの対応をしている。
「見ろよ師匠! こんなキレイな
ザリードゥはカラカラと笑いながらアルマから貰った髪の一部を大事に布に包んでいる。
ストーカーみたいでキモイな。
……が、彼の説明によると戦場でのお守りとしてとても伝統的なモノらしい。
まあ変質者の戯言はどうでもいいか。
あのあと、みんな俺の方針に納得してくれた。
なんだかんだいいやつばかりだし、まあ、お人好しばかりなのだろう。
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昼の墓地、俺たちにとってはすでに公園。
その中央のベンチに変わらずみけは座っていた。
正直、今日は来れないのではと思っていた。
でも変わらず少女は目をつぶり、なにかに耳を澄ますようそこに佇んでいる。
「みけちゃん、こんにちは!」
とイリム。
静かにみけが目を開け、こちらに笑顔をむける。
しかし、返事を返すことはなかった。
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今日はカシスも連れて4人だ。
みけにぜひ会ってみたいということだし、遊び仲間は多いほうがいい。
情報の引き出しがうまい交渉役である、という理由もある。
だが……しかし。
何度声をかけようともみけが言葉を発することはなかった。
身振り手振りでイエス・ノーぐらいはわかる。
だがそれだけでは意思疎通は難しい。
「……ラトウィッジの野郎」とユーミルの顔が怖い。
子どもの前でそんな表情は止めような。
「……つまり……その、またあれか」
「『
つまり、昨日の。
みんなとみけが楽しく遊んだコトは、ご主人さまからしたら許しがたい異常事態だったのか。
「別に魔法なんてない世界でも……こういうコトはできたでしょ。
親が子どもを支配したりだとか、無茶苦茶な約束させたりだとか。……呪いなんてね、別に魔法なんかいらないのよ」
カシスは吐き捨てるように呟いた。
まるで、自分のことを語るかのように。
「つまり、みけちゃんは喋っちゃダメなんですか?」
「……そうなるな」
吐き気がする。イライラする。
なんの権利があるのだろう。
……ああそうか。みけは孤児院から買われた子どもで、ご主人さまとやらはそこから引き上げてくれた救い主で。
奴隷が存在するこの世界の平均からすれば、この少女は不幸自慢のスタートラインにすら立てないのだろう。
……まったく、そんな事実はどうでもいいが。
俺がひとり沸々と怒りの温度を上昇させていると、それに水を差すようにイリムがぱんと手を叩き鮮やかに解決法を口にした。
「じゃあお手紙でやり取りしましょう!」
筆談はうまくいった。
みけに与えられた命令は、他人と喋るなということだけだったのだろう。
呪いをかけたヤツは、ここまで関係のない第三者がしゃしゃり出ることは想像すらできなかったのだ。
残念ながらうちの仲間はお節介のお人好しだらけさ。
少女からいくつかの情報を引き出したあとは、もちろん遊びの時間だ。
街の雑貨屋で仕入れたカードを石のベンチの上に広げる。
トランプに似たカードセットで枚数は54枚、ジョーカーにあたるカードもある。
スートはダイヤなどではなく、火や水、風……これは土かな?
というかスート以外はすべてトランプと同じなので、これはおそらく……。
俺たち以外にもうまく生き延びたやつがいて、こいつは商人として成功したのか。
そう思っておくことにする。
俺はあまり好きなゲームではないが、初心者がやるには適当なババ抜きで遊ぶことにした。
ひどく単純なゲームだが、そのおかげか、みけは大はしゃぎしていた。
喋ることは禁止されているので、声をあげることはないけれど。
……そんなもの、表情をみればわかる。
何回かプレイングを回した後、唐突に今日はここまで、とみけから切り出された。
修行の時間は十分に取ること。
少女がこの遊びに参加する条件として最初に提示したものだ。
すっ……とみけが墓地の中央である石のベンチで目を閉じる。
これは、彼女の日課である死霊術の訓練である。
広大な墓地の中央で、言葉を魔力で変換し死者と語らう。
だが、その内容は彼らの弱みにつけ込み脅迫するかのようだ、とユーミルは言った。
「……これがラトウィッジのやり方なんだろ。死霊を縛り、拘束して使役する。……まるで奴隷。すべからく、許容できることじゃない……」
「そうだな」
みけの、あらゆる感情を排してただただ目をつぶり集中する姿を見てそう思う。
子どもにやらせることでは絶対にない。
次の日、みけは来なかった。
より正確には来れなかったというべきか。
代わりに、しわがれた老人が石のベンチに座っていた。
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