第61話 「かくれご」


「……98……99……100!!」


ばっと閉じた目を開き、空へ目をむける。

空は青々と広がり、視点を下ろすと広大な墓地。

こうしてみるとお墓というのは結構かくれんぼ向きな場所だな……若干罰当たりかもしれんが。

誰も反対しなかったあたり、この世界にはそういう考えはないのか。


でも俺が死んじまって、そのお墓に一年に数回しか人が訪れないよりは子どもたちの遊び場として使われるほうがいいかな。

墓石蹴り倒すようなヤツは論外だが。


ぐるりと辺りを見渡し、コレだと思う箇所にまっすぐ歩く。


------------


「うわっ! 師匠、早いですね……」

「ハッ。……だろ。今日から敬えよ」

「いや意味がわかりません」


ここが隠れやすいだろうなーという墓地のゴチャゴチャした一角。

案の定そこに隠れているやつがいた。


「……次はどうするか」


以前読んだ短編マンガで、かくれんぼの心得という話はおもしろかった。

いくつか今回のルールとは遊び方が違うので参考にならないところもあるけど。


初心者であるみけは、一番最後に見つけてあげるのがいいだろう。

どこだー、とわざと大声を出して隠れるスリルを盛り上げたりもする。


「師匠、あそこ。みけちゃんの頭では?」

「ええっ!?」


イリムが指差すほうを見ると、確かに、茂みから小麦色の頭がはみ出ている。

てか。


「捕まったやつがバラしていいのか」

「えっ? なにがです?」

「……そうか」


こういった素朴な遊びによくあることだが、ご当地ごとにルールが違うようだ。

しかも世界が違うレベルだからなぁ。


郷に入っては……の精神で、イリムの助言を採用する。

スタスタと、いやーいねぇな、わかんねぇな……とわざと声にだしながら。

みけの頭がぴくっ、と反応しているところをみるに、こうかはばつぐんだ!


「みーつけた!」


と、みけの頭をぽんぽんと軽く叩く。

隠れ方としてはやはり初心者だな。

体の一部が見えている、というのはやりがちなミスだが中級者にいたるには越えねばならない…………。


みけの様子が、おかしい。

ガクガクと震えながら茂みの中で丸まっている。


「ちょっと……どうしたの?」


ポン、と震えるみけの肩に触れると、彼女はひっ……と小さな悲鳴を上げた。

彼女に近づいたことで、かすかな声が聞きとれた。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……次はうまくやりますきちんとやります。

 きちんとアリスになれるようご主人さまの望むとおりちゃんとアリスを継承します……だから……」


何を……言っているんだ。

彼女が怯えているのはわかる。見れば誰でもわかる。

でも、なぐさめるために俺が近づくのはより少女のためにならないのは、わかってしまった。


「みけちゃん」


とイリムが震える少女を抱きとめた。

優しく、腕で包み込むように。

かつて俺にそうしてくれたように。


「みけちゃん。ここは怖くないです。何も、みけちゃんを傷つけません」


イリムが優しく、みけの背中をさする。

少女の震えがだんだんと収まる。


「大丈夫ですよ。今はここで、みんなでかくれんぼで遊んでいるだけです。

 師匠はまあ……バカですからレディの扱いが下手くそなんです。

 許してあげてください」


イリムがじょじょに、みけを抱きとめながら頭も優しくさする。

少女は、イリムを引き剥がしたりはしなかった。


……しばらくして、イリムがみけを解放する。

もう、混乱は収まったようだ。


「……大丈夫か」

「師匠! みけちゃんに謝ってください!」

「えっ……!? あ……ああ、その……ごめんなさい」


ぺこりと、しっかり頭を下げる。

しばらく下げ続けていると、みけのほうから「いいですよ、師匠さんは悪くないですから」と許しがもらえた。


「ごめんな……なんか、遊びなのにさ」

「いえ、隠れている間の緊張感は、なかなか味わったことのないものです」


さっきとは打って変わってにこにこと子供らしい笑顔。

そうだな、この時期はこういう顔をずっとしているのが一番だ。


「……最後はユーミルか」

だが、場所の見当はついていた。


みけが怯えていた時、すさまじい殺気がある方向からビシバシ飛んできたのだ。

……俺も殺気とか意味わからんものが察知できるようになってきたんだな。


------------


「ここだ」


墓地の外れに建つ記念碑の足元に俺たちはいる。

ユーミルと登った高い円柱である。


「……あのお姉ちゃん、こんなところに?」

「おおーーーー、高いですね」


高さは20メートル近くあり、確かに隠れられるのなら最高の場所のひとつだ。

……物凄くズルイ気がするね。


「イリム……任せた」と彼女の手にクサビを握らせる。

冒険者の必携道具であり、ロープやハンマーと合わせて登山や洞窟で使用する大型の釘である。


いけると豪語したイリムだが……円柱を見上げる。高い。

ユーミルみたいに鎖でスパイディするか、空でも飛べないと不可能じゃ……。


「ハッ!」


イリムが垂直にジャンプし、トン、トン、と2回円柱を蹴り上げさらに上へ。

そのあとクサビを一撃で壁面に突き刺す。

そのまま、勢いを殺さずに体を新体操の鉄棒選手のように回転させ、クサビの上に乗る。

そしてまた垂直に跳躍し、柱を蹴り上げ……。


いやいやいや……そうはならんやろ。

トロールの体を駆け上がり背後から突き刺したりなど、たまに超機動を見たことはあるが……。


「……イリムさんは凄いですね」

「ああ、イカれてるな」


あっ、という間に彼女は円柱の頂上に到達していた。


------------


「……なー師匠……かくれんぼは鬼以外が見つけてもいいのかよ」

「ここのルールでは、そうだ」


ユーミルはぶーぶーと不満を垂れていた。

彼女の地元では、俺の故郷と同じルールのようだ。

こいつの隠れ場所がアレだったので今回は黙っておく。


「では、今度は私が鬼ですね!」



日が傾き、墓地がオレンジ色に染まるまでかくれんぼは続いた。

そろそろ帰らないと…‥という俺の言葉でハッとしたみけの表情。


少女は、「すいません!」と言い残し駆けるように遊び場から去っていった。

始終笑顔だったみけが、顔色を変えて走り去る姿。


「……師匠」

「なんだ」

「私は、依頼以上にみけちゃんのことが気になります」

「そうか」


恐らく……イリムは妹のミレイちゃんと重ねているのだろう。

彼女と話しているときの様子が、そっくりなのだ。


ユーミルを見る。

彼女も、普段からは考えられないような笑顔がこぼれる瞬間があった。

特にみけが鬼で、彼女に発見されてしまった時などえへへ……と声に出して笑っていた。


そうだな。

俺たちは冒険者で、依頼も報酬ももちろん大事だ。

だが、それだけしか関心がない人間にはなりたくない。


依頼もこなして、彼女も助ける。

方針は決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る