第56話 「ゾンビストーキングランドサガ」

日が沈み、夜になった。

解読作業はそこそこ進み、少しは読めるようになってきた。


習っていないとはいえ、筆記体でもある程度知っている文字もある。

本の表紙で見かけたり、みるからに活字体と同じものもある。


知らなかったり怪しいものは単語を推測し当てはめ、筆記体自体の解読はわりとすんなり終わった。対応表をいちおうメモはしたが、解読作業をすすめるうちに簡単に暗記できるだろう。


「でも、本当に転生者なのね……この人」


【紅の導師】ジェレマイア。

元の世界の年齢などは書いていなかったが、病気で亡くなり、気がついたら赤子の姿だった。魔法使いとしてシルシを持って生まれ、しかもその能力は破格のものだった。


最初は魔法を使うのに拒否感があったらしい。

どうもこの人、生前はマンガやアニメはおろか、ファンタジー作品そのものに触れた経験がないらしい。だが、周囲の期待や、付きまとう友人の影響で、だんだんとその才能を鍛えていった。


「今日は、こんなところね」

「ああ」


子どもから青年期までの成長日記のような部分はまだいい。

しかし、だんだん魔法そのものの解説になると、特殊な専門用語なのか、とたんに知らない単語が増えてくる。

なんとかわかる言葉の傾向から、おそらく科学用語や哲学用語が使われている。


苦手なファンタジーを、自分の言葉に置き換えて解釈していたのだろう。


……しばらく文字やペンと格闘していて頭がぼーっとしてきた。

カシスが先に休んでいて、と言うので仮眠を頂くことにする。




異様な気配で目が醒めた。

がばっ、と飛び起きた俺にカシスがびっくりする。


「ちょっと、なに?」

「なんか……変な感じしないか?」


カシスはスッ、集中しあたりを観察するが

「特になんの気配もない。音なら、イリムちゃんが気付くかもしれないけど」とのこと。


しかし違和感は消えない。

もしかして、と精霊を『視る』モードに切り替える。


明らかに、周囲の火精の様子がおかしい。そわそわと、ざわついている。

本来の自然のテリトリーに、なにか違うモノが混じっているとでもいう風に。


「ついてきてくれ」

「……わかった」


違和感を頼りに、暗い墓地をゆっくり進む。

レイピアを構え、すぐ後ろからカシス。脅威があればすぐさま前衛に飛び出せるように。


「……師匠……」と右手からイリムの微かな声。

墓石の暗がりから、イリムがひょっこり顔を出す。


「イリムか、どうした?」

「すごい悪臭がして、気になってここまで」


急遽イリムと俺を先頭に、3人パーティを組み直す。



しばらく進むと、墓地の外れ、草むらの中を何かが動いていた。

今はちょうど雲で月が隠れ、よく見えない。

だが、そんなものは『暗視』持ちのイリムには関係がない。


「おぉお……あれはちょっと、食欲なくしますね」

「もしかして、アレか?」

嫌な予感がする。


「いっそスケルトンまでいけばたいして怖くないんですが……」


月が顔をだす。月光に照らされて、腐乱死体が姿を現した。

歩く死者……ゾンビである。


映画やゲームでは幾度もお世話になり、特に4人で協力して進むゾンビゲーは最高の作品だった。

しかし、である。


直接この目で見るナマモノは、それらと比較にならないほどおぞましかった。

胃液が喉までせり上がってくるのがわかる。

なんとか吐き気を抑え、もういちど対象をとらえる。


よし……初見ほどの衝撃はない。

……大丈夫だ、大丈夫。


「まあー、最初はそうなるよね」

ゆっくりとゾンビを尾行しながら、カシスが言う。


「私もそうだったよ。

 でも人間すごいもんで、2、3匹相手してたらだんだん慣れてくる」

「……そうか」


「アンタなんかいいほうでしょ。飛び道具で燃やしちゃえばいいんだから」

「イリムも大丈夫?」

「怖いですが、戦いになれば切り替えられます」

なんと頼もしい。


ゾンビは、草むらをしばらく進むと、突然すっ、と姿を消した。

急いで『視る』と、変わらず異様な気配は漂っている。


「見てくる」とカシス。調査は彼女の担当だ。


すぐに「こっち来て」と声がかかる。

駆け寄ると、草むらの中に、地下へと続く狭い穴が開いていた。



ここは、街の地下水路か。

古代の遺構の上に建つこの王都は、その表層階はおもにそのまま生活に取り込んでいる。

地下倉庫にしたり、盗賊の隠れ家があったり。


だがメインは広大な下水道で、これのおかげで王都の清潔レベルは高い。

風呂屋も多く、毎日入浴する者も珍しくない。


『暗視』のイリムを先頭に、ゆっくりとゾンビの追跡を続ける。

ここらは川の水も取り入れているからか、下水の匂いがあまり臭くないので助かった。


しばらく歩いただろうか……くるりとゾンビは方向を変え、壁に設けられた上り階段へと姿を消す。


「ちょっと……マズイかもね」カシスが呟く。

「どうした?」


「墓地の外れから、地下水路を北西にまっすぐ5分。このあたりは昔からの貴族や大商人の邸宅が広がるエリアのはず」

「ふむ」

さすがシーフというべきか。


「でもここまで来て……」イリムはすぐにでも追いたいようだ。

「だから、私が先頭で。罠がないとも限らないし、並の護衛なら気配は読める」

「わかりました」


カシスを先頭、イリムがその後ろで匂いと音に集中する。しんがりは俺だ。


よし、と進みかけたところで、強烈な眠気に襲われた。

すでにカシスはよろよろと崩れ落ち、イリムも辛そうだ。

だが必死に耐える。


「……『防護プロテクション』!? そんなのまで持ってるなんて……もう、めんどくさいなぁ」


後ろから声が聞こえる。さらになにかの詠唱。

再度、さきほどよりも強い眠気と、同時にこちらへ、何本もの鎖が飛んできた。


「ぐっ!!」


眠気を振り払いながら、なんとか鎖を弾こうとする……が、蛇のように不規則な軌道の鎖に絡め取られたちまち動きを封じられる。

イリムは、2本は弾いた。

が、そこまでだった。


ぐるぐるに拘束されたまま、身動きが取れず、そのまま強烈な睡魔が襲ってくる。

なんとか抵抗を……とまぶたを無理やりこじ開けると、水路のむこうから小柄な人影。

彼女は……確か……。

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