第55話 「素敵な墓場で暮しましょ」


「だめですね……鼻が曲がりそうです」

「そうか」

「私もだめ。ここの地面ぐしゃぐしゃすぎ」


追跡ならイリムやカシスのお手の物、と高をくくったのがマズかったか。

墓地の中央で、まわりを見渡す。


遊び場になっているのか、ちらほらと子どもの姿が見える。

身なりはいかにも貧相で、みなぼろぼろの汚れた服を着ている。


王都の端、いわゆるスラム地区に隣接した広大な墓地が今回の依頼の舞台だ。


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依頼の内容をまとめる。


・墓地から死体が盗まれている。頻度は週に1回ほど。


・下層民の多い墓地のため、対処はしばらく後回しにされていた。

 最初の盗み……とされるものから1年は経っている。


「…‥でだ」


「先日盗まれた遺体は貴族のものであり、これは到底看過できない。

 至急冒険者諸君に息子の遺体の回収及び、不埒ふらちな盗人の捕縛を願いたい……と」


依頼書の文末を読み上げる。

カシスはうーん、という顔をした。

声の調子で俺が少し不機嫌になっていたのがバレたのだろう。


「いや、アンタの言いたいことはわかるよ。

 現代人的視点からだと、ちょっとどういうことよ!ってのは」

「だろ?」


「でも、この国では貴族と一般市民ってのは明確に違うの、待遇が。

 王様は貴族の支持が大事だし、人気取りやえこひいきは当然する。

 ……貴族もどんどん調子に乗るわけよ」


貴族の義務ノブレス・オブリージュなんてクソくらえだな」


「もちろん、みんながみんなそうでもない。

 スラムに救貧院や小さな教会、学校を建ててる貴族もいる。

 街の衛兵の維持も、彼らの支援なしには難しい。

 だから勝手に絶望しないで。痛々しいから」

「へいへい」


それも売名、いわゆるお家の名前を喧伝するためだろ……と言いかけたが、すんでのところで思いとどまる。

墓地で遊ぶスラムの子どもたちが目に入った。


彼らの中には、そうした貴族の支援がなければここにいなかった者もいるだろう。

功名だろうと、偽善だろうと、自己満足だろうと。

別にどうでもいいか。



ふと、その子どもたちを遠巻きに眺めているひとりの少女が目についた。

ぼーっ、と呆けたように子どもの輪を眺めている。


周囲のスラムの子どもとくらべ、その少女は格段に身なりが良かった。

手入れの行き届いたさらさらの、小麦色の髪。

丁寧に結わえられたツインテールは、これまたシルクのような黒いリボンで留めている。

青いドレスのような服装も、一体いくらするのだか。


……どうみてもいいとこのお嬢様だな。つかお子様か。

たぶん10かそこらだと思う。


と、なにか刺すような視線をすぐ真横から感じる。

カシスさんであった。


「あのさぁ……今まで半分冗談で言ってたけどアンタマジで……」

「いやいや、だってさ、変じゃない?」


すっ、と視線をお嬢様に戻すと、彼女はいつのまにか目をつむりじっとしていた。

広大な墓場のほぼ中央にある石のベンチ。

そこで同じく石のように固まったまま微動だにしない。


「ん…………まあ」


場違い、というのが適切か。

スラムに隣接する広大な墓地である。

代々の古い区画として、北西の一部はお偉方のエリアがある。

そこにお参りしているのならまだわかる。


「まぁ……変わり者もいるんじゃない? お嬢様にもそれぞれいろいろあるのよ」

「ふむ」


確かに、ちょっとお早い厨ニに目覚め、闇の波動を感じにここで瞑想でもしているのかもしれないしな。

ただ、少女が子どもたちを眺めている時のなんともいえない表情は頭の片隅に残り続けた。


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さて、本業に戻ろう。

調査が空振りに終わったので、残る手は見張りとなる。

墓泥棒というぐらいだから明るい時間帯には不可能だろうが、万が一ということで茂みに隠れ、赤表紙の本を取り出した。


見張りというと長期戦でしんどいものだが、時間を潰せる手段がここにある。

これの解読に時間がかかるのでこの依頼を請けたといっても過言ではない。


本を開く。

目に飛び込んできたのは英語の文章。

そう、これはまれびとの書だった。


「しっかしこれ……筆記体でしょ?」

「ああ」


横に座るカシスも本を覗き込む。

イリムは、墓地の反対側で見張りだ。

ザリードゥはデカくて見張りにはむかないので街の巡回警護の依頼を請けている。

緊急時には上空に『火球』を爆発させ、信号弾にする。

町中での魔法使用となるが、非常事態には許される。


英和辞典もインターネットも使えない世界で、さらには俺たちが習っていない筆記体である。

だが、この異世界で長く生きてきたまれびと、しかも最上位の魔法使いにまで登りつめた人の記録である。


是が非でも解読したい。


「でもさ……おかしくない?そのジェレマイアって人。あの砦のオスマンさんと幼馴染なんでしょ?」

「うーん、子どもの頃に飛ばされたのか。あるいは……」

「異世界転生ってやつ?」

「その可能性のほうが高いと思う」


本に並ぶ筆記体は、非常に達筆だ。

美しくバランスが整い紙面の上を流れるように綴られている。

その字からうける印象は、しっかりとした教育を受けた、大人の文字。


「でも、まさか異世界飛ばされて英文読解やらされるとはね」

「報酬は弾むからさ、頑張ろうぜ」

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