死霊術のおしごと

第54話 「鎖憑きの魔女」


砦からの長旅を終え、王都に帰還した。

元の稼ぎに加え、防衛戦での働きを評価され追加の報酬も得られた。


戦闘の経験としても大群とのやり取り、上級の魔法行使をこの目で見られたりなど貴重な体験ができた。

あのバケモノ蜘蛛との遭遇も、この世界にはケンカを売ってはいけないものがいるという教訓が得られた。


依頼の報酬を懐に納め、ギルドの食堂へ。

パーティの人数が4人になったので、ついに堂々と丸テーブルに座れる。

イリムは掲示板とにらめっこ中。


「しっかし師匠とカシス、まさかオマエらがまれ……」


バキリ。

カシスがグーでザリードゥを殴った。


「――ちょっと!!」

「いやースマン。ちゃんと次から気をつける。

 でも、言っても信じるヤツはいないんじゃねぇか?」


-----------


そうなのだ。

ザリードゥには秘密を打ち明けた。


砦での振る舞いもあるし、話もしてみて。

コイツなら絶対に大丈夫だと、信じてみようと。


イリムはいいですね、とすぐ賛成してくれたがカシスはなかなか折れなかった。

だが、説得を重ねなんとか許可を得た。


ザリードゥなら、オマエらぶっ殺す! とはならないのはカシスも認めている。

彼女のほうが彼とは長い。


現に、以前まれびと狩りに遭遇したとき彼は気分が大変悪そうだったと。

殺戮ショーを止めはしなかったが、砦のときと同じく吊られた遺体を降ろし『葬送』をかましたそうだ。


だがそのときは町中で、言いがかりか数日牢にぶち込まれたと。

だが、あの姿なのでやはりまれびと扱いはされず、あっさり解放された。


ザリードゥに打ち明けると、しばらく頭をポリポリ掻いて居心地悪そうにしていた。


そして、ポツンと「そりゃ大変だろーな」と呟いた。


「嫌だったら、チームを組む話をなかったことにしていい。

 ただ、秘密をバラされるのは困る」


しばらく、ザリードゥは悩んでいた。

ポリポリ頭を掻くのもやめない。


「イリムはどうなんだ……このふたりを信頼してるか?」

「はい」

「……そか」


しばらく、本当にしばらく沈黙していた彼は、カラカラと哄笑こうしょうした。

まるで湿り気のない、カラッと乾いた心地の良い笑い声だ。


「壁で命を預けたヤツがこう言ってるんだ。信じねえわけにいかねえだろ!」


こうして、ザリードゥは本当の意味でパーティに入ってくれた。


------------



ザリードゥがいいやつだとしても、お口がおバカさんだったとは。

カシスがぷるぷるとした表情でトカゲ男をにらむ。


「もしかしてアンタの頭、鳥並に小さいなんてことないわよね?

 恐竜の子孫は鳥だっていうし……ありえるわ」


この世界の住人に恐竜って通じるのだろうか。

ティラノとか居るならこの目で見てみたい。


「大丈夫、絶対大丈夫だって。

 …‥そうだな、『誓約ゲッシュ』やっておこう。それなら万全だろ?」

「……そうね」


カシスとザリードゥはいそいそと両手を握る。

なんかアレ、見たことあるな。


「我ザリードゥ、カシスと師匠が守りたい秘密を絶対に秘匿するべし。

 カシスも心にそれを浮かべるべし。


 ここに誓約は完了した」


ホウ、と白い光がふたりからかすかに溢れる。

目を開け、カシスがよし!という顔をしている。


「これでアンタの鳥頭でも大丈夫ね!」

「ああ、俺っちも安心できる」


なんだか納得しあうふたり。


……ああ、そうか。

以前この街で、追われる少女を異端狩りから助けたときにやったやつだ。

指切りげんまんの強力なやつだ。


「オイオイ、なんだなんだ、

 【火線使いレッドライナー】と【鴉】の守りたい秘密ってよ?」


隣席の冒険者が、誓約の文句に興味を持ってか会話に割り込んでくる。

うわー、さっそくマズイな。


「俺は神に誓いを立てた敬虔な信者なのだ。

 ゆえに喋れんのだ。だがまあ、察しておくれよ」


ザリードゥがすっとぼけた声で答える。

とたん、言われた冒険者が好色そうな顔で破顔した。


「オイオイオイ!

 そっかぁ、ふたりのヤバイハードなプレイの現場に、たまたま……」


カシスがいつの間にか男の背後にたち、レイピアを首に当てていた。


「いい? 動くと殺す。術を使うと殺す。声を出しても殺す。

 ……わかったらゆっくり目を閉じて」


男がプルプルと震えながら目を瞑る。


「なにか喋りたいこと、ある?」


無言で首をふる恐喝の被害者。

いやセクハラの加害者でもあるか。


解放された彼は、すごすごと自分の席に帰っていった。

……冒険者ってのは、アホばっかやな。



イリムも戻り、あーだこーだと話していると、ぎぃっとギルドの扉が開かれた。

じゃらじゃらとした鎖の音。

視線がいっきに集まる。


が、すぐに嫌なものを見たという風にみな顔をそらした。

空気が重くなる。


「……?」


今入ってきた人物はなにか難があるのだろうか。

みたところ、ふつうの少女。

ローブを纏った魔法使い……って。


異端狩りに追われていて、『誓約』を結んだ少女であった。

やはり背中の円盾が目を引く。


「鎖憑きの魔女……ね」ザリードゥが呟く。

紫ローブの少女はまわりの雰囲気など気にもせずギルドの受付へ。


「依頼の件……成功……」と、報告の言葉。


受付はふむふむと確認をとり、取り決めどおりだろう報酬をローブの少女に渡す。金貨を受け取った少女は、気配を消すかのように寝室のある上階へと消えていった。


とたんにあたりが騒がしくなる。


「……まったく、おっかねえな」

「今日は誰が呪い殺されたやら」

「おいおい、聞かれるぜ。やべぇだろ」


少女が居なくなったとたん、そこかしこから冒険者たちの小言がわいてくる。

恐れ半分、嘲笑半分。

……あまりいい気分ではない。


「ザリードゥ」と、理由を知っていそうな彼に話しかける「さっきの彼女は?」


「――ん、……そうだなぁ……」

ついと宿の天井のしみを眺めながら、ザリードゥは口を開く。


「まあ、優秀な魔法使い、いや呪い師カースメーカーかな。

 ここらじゃ腕利きのひとりさ」


歯に衣着せたような言い方。

ほかにもなにかあるんだろうと視線をむけると、観念したようにザリードゥは続けた。


「いろいろよくない噂があるんだよ。

 彼女自身が呪われているだの不吉だの。

 ……極めつけは禁忌を犯した死霊術師ネクロマンサーじゃないかだの」


死霊術?

この世界では初めて聞くワードだな。

故郷の世界では、ときたまゲームででてくる、だいたいが外道な魔術師だったか。

死者を操ったり、霊を無慈悲に支配したり、まあそんな連中だ。


「確かなことはなにもしらねぇ。だから彼女に対していえることはほとんどない。

 ……まがりなりにも神サマに助けてもらってる身としては、思うところがないわけではないけどよ」


「カシスは?」

「ああいうダークそうな魔法使いって、一部の女子は憧れる時期があるのよ。

 厨二なお年頃にね。

 私も昔はちょっとあったかな。

 ――闇の炎に抱かれて消えろ! とかかっこよくない?」

「おお、カッコいいですね! 決めゼリフにしましょう!」


治ってねーじゃねぇか。

あと患者を増やすんじゃねぇよ。


「でね、何回か組んだことはあるわよ。名前はユーミルだったかな。

 二ツ星で、魔法もすごい攻撃的。でも優秀。

 ……ちょっと変な子だったけど」


攻撃的か。

俺の時も、鎖でぐるぐる、ギロチンでグシャ!

……と、たいそうな魔法だったからな。


「死体を操ったり、ガイコツ持ち歩いていたりとかは?」

「ないない。つーかそんなの街にいたら逮捕されるでしょ」

「いや、意外とされねェぞ」


「「えっ?」」


カシスと声がハモった。

ザリードゥがさらに続ける。


「死霊術自体は、かなり白い目で見られたり、村から追い出されたり、北の帝国だと処刑されたり。でもココや西方諸国ではギリギリ大丈夫だ」

「私の村でもイタコのお婆ちゃんがいましたね」

「へえー」


「ただ、罪を犯すともちろんパクられる。

 死体で遊んでたら死体損壊罪。

 正当な理由なく人を呪ったら加害魔法罪。

 墓地から死体盗んだら窃盗罪。

 ヤツらはどうしたって、なんらかの罪に引っかかることが多い」


「あっ」とイリムが声を上げ、とてとてと張り紙のほうへ走っていった。


依頼書を剥がし、こちらへ戻ってくる。


「これなんて、そのまんまですね」


差し出された依頼書を見る。

少しは読めるようになってきたこの世界の文章を、たどたどしく読み上げる。


それは、墓泥棒の捕縛依頼であった。

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