第53話 「祝杯、勧誘、赤表紙本」

その日の夜は祝杯だった。

最低限の見張りを残し、野外に机や木箱、タルを引っ張り出しあちこちで酒盛りが始まっている。


なんでも黒森からの侵攻は、一度大きなものが来るとしばらくはないそうだ。

特に今回のレベルは20年ぶりで、今後数年は安心できるとのこと。


ただ、森の主である【闇生み】が顔を出すのは極めてイレギュラーで、王都にはさっそく常設軍の補充・追加の伝令が飛ばされている。


俺たちも、あとひと月は様子見に滞在してほしいとのこと。

今夜の酒盛りも飲み過ぎ厳禁、ほどほどに、と通達が下っている。


「しっかし……アレはびっくりしたよなぁ、オイ」

ザリードゥが一気にエールを呑み干し、さらに継ぎ足す。


「デカかったですねー、絵本で見たより怖かったです」

「聞いたけど、姿を見せたのは300年ぶりらしいわよ」

「へえ」


あんなもんがいて、よくこの世界は滅びねえな。

ちょっとやる気を出して森から大行進してきたら、国が次々滅ぼされると思う。


……だが、彼からはやる気というか、覇気というか、そういうのが感じられなかった。ただただ無機質な、確かに虫のような。

いや、クモはカニの仲間だっけ……?


「記録にあるだけで2000年ですから、だいぶお婆ちゃんですよね」

「えっ!? メスなの」

「読んだ絵本では女性、となってました。すべての蜘蛛の母だとか」

「へえ」


シェロブのご先祖さまか。

フンコロガシアントだっけ。


「なんにしてもまぁ、変なことがなけりゃここでの防衛依頼もガクッと減るだろさ。俺っちも次はどうするかねぇ」


ケシケシと、爪楊枝つまようじのようなもので牙に挟まった肉を取るザリードゥ。

あ、食った。行儀悪いな。


「しかし女ふたりに男ひとりのパーティたあいろいろ想像しちまうなぁ! 毎晩忙しいんじゃねぇの!?」


ザリードゥが酔った赤ら顔でそう叫ぶと、俺はうーんという表情をし、イリムはぱっと顔を伏せ、カシスはハァ?という顔をする。


「残念ながら」と口にする。

「ハレーム系にはほど遠いんだこれが」


バカじゃないのと呟くカシスを無視し、トカゲマンに向きあう。


「だから、ザリードゥが今後もいろいろ組んでもらうと助かる」


じっ、と爬虫類独特の眼がまっすぐこちらを見る。


「まぁ……、

 お邪魔虫じゃないってんなら、たまに付き合ってやるぜ」


カツンと、こちらのジョッキにザリードゥのジョッキがあたり耳に心地いい金属音が響く。


「同じ獣人同士、よろしくお願いします!」とイリム。


カシスは俺たちの事情を知らない者を身近に置くことに警戒してか、すこし渋い顔をしているが、反対はしないようだ。


彼女も、3人だけのパーティの限界は感じていただろうし、ザリードゥの実力は認めているからな。


俺は彼のことを実力以外でも気に入っている。

この世界にきて、久しぶりの同性の友人で、歳もたぶん近い。

スコーンとわかりやすい性格だし、いろいろ疲れないのだ。


治癒師ヒーラーが欲しい! という身も蓋もない理由もあったけどね。




それからひと月。


見張りをやったり、合間合間に訓練をしたり。

そうして砦で生活して、たまに他の冒険者や傭兵、兵士と交流することも多い。


その中でわかったのだが、俺は【火線使いレッドライナー】と呼ばれているようだ。

防衛戦のとき、やたらめったら戦場に赤い線引いていたから、という理由らしい。

ちょっと地味な渾名あだなだけど……称号持ちみたいで少し嬉しい。


イリムの方は、ザリードゥとペアで無双してた噂が広がっていた。

会う人会う人に「【槍のイリム】です、よろしくお願いします!」とぺこぺこ自己紹介していたのが微笑ましい。

入学式を迎えて、クラスの友達に挨拶をかわしているような。


ほっこり眺めていたらカシスににらまれた。



範囲攻撃のコツを聞こうと、士官であり魔術師であるオスマンを訪ねたこともあった。しかし、あまり参考にはならなかった。


彼が使う魔術は、俺が使う精霊術とやり方や仕組みが違うようで、話しててもよくわからなかった。詳しく聞くのも怪しいし……アルマに今度会えたら聞いてみよう。


「キミは……ジェレマイアの魔法は見ていたか?」

「ええ」


唐突に聞かれて少し戸惑った。


「ヤツは子どものころからの友人でね。生まれつき破格の才能を持った魔法使いだった。キミの術の使い方は、若い頃のヤツによく似ている」


「とにかく、限界がないかのように『ファイアボルト』を叩き込むんだ。キミが最初、600撃てると聞いた時笑ったが、同時にジェレマイアを思い出していた」


「それに、キミと先ほど術の談義をしたが、ヤツとも同じように話が噛み合わなかった。どうも……キミとヤツは魔法の扱い方が似ている気がする」


そうしてオスマンは一冊の本を取り出した。

赤い装丁で表紙はぼろぼろだ。


「ヤツが死んだ後、部屋の荷物を確かめてみたらコレがあった。

 どうも挿絵からすると魔法についての覚書のようなのだが、秘密保持のためか暗号で書かれていた。私には不要なのでキミにやろう」


スッ、と机を滑らせてこちらへ本をよこされる。


「……ご友人の遺品ですが、いいのですか? それにご遺族とか……」

「ヤツは天涯孤独の身だ。仲のいいパーティはいたが……みな黒森に命を奪われている」


ジェレマイアの怒涛どとうの攻撃を思い出す。

もしかして彼は、あのためだけに戦い続けていたのでは……。


「繰り返すが、ヤツと私とでは術の使い方がまったく違う。

 キミが役立ててくれたほうがいいだろう」

「……しかし」


「キミは恐らく、かなりの使い手になるだろう。

 もしかするとジェレマイアの域すらも……。

 そうしてキミが、その力を今回のように人々のためにふるってくれれば。

 そのための手助けだと思ってくれ」


別に、ここでの防衛戦は世のため人のために参加したわけではないのだが……。


正直、まれびと狩りを行うこの世界の人々にあまりいい感情を抱けない。

個人レベルではいいやつ、信頼できるやつもいるのはわかっているけど。


まあ、能力を期待されているのも確かだし先人の知恵を得られるのも魅力的だ。


「わかりました。ありがたく頂いておきます」

「うむ」


こうして、ジェレマイアの赤表紙本を譲り受けた。

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