第57話 「バフェットの指輪」
起きたら、目の前は真っ暗だった。
背中が冷たい、まるで石畳の上に転がされているようだ。
げし、と脇腹に軽く衝撃。
視界はゼロだが、明らかに靴で蹴られたのはわかるぞ。
「……起きろよ、まれびと」
気だるそうな、しゃべること自体が面倒くさそうな低い声音。
この声には聞き覚えがある。
「……なんでオマエら、あんな場所にいたんだよ」
「とりあえず、話がしたいなら拘束を解いてくれないか」
えーっ……という呟き。
「助けてやったんだから感謝しろよ」とペシペシ肩を叩かれた。意味がわからん。
足音がし、なにかを揺する音。イリムやカシスのうめき声。
音から察するに、彼女らは優しく起こされたようだ。
俺は足蹴だった。
男女差別だった。
抗議しよう。
「おい……ユーミル、だったか。なんで俺だけキックなのよ」
「……なんでアンタ、私の名前知ってるのさ。
……うわ、まれびとでストーカーかよ……救いようないなぁ」
抗議は無視された。
「あっれ……よく見たらカシスじゃん。おひさ」
「……あのね、ユーミル。さすがに昔組んだ仲でもこれは怒るよ」
「だーかーらー。……ああ、めんどくせ」
パチン、と指を鳴らす音。
たちまち目隠しと、拘束が解ける。
周囲を素早く確認する。
どうやらここは地下下水道内の、いずこかに設けられた小部屋らしい。
拘束の下手人である少女、魔法使いのユーミルを見ると、相変わらずの紫ローブで、暗闇にいると亡霊のようだ。
肩から垂れる左右のおさげを、両手でイジイジしながら「助けてやったのに礼もなしかよ」と聞こえるように呟いている。
「なんだかわかりませんがありがとうございます!」とイリム。
「……わっ、子どものほうが礼儀正しいよ。情けねーな大人ふたりは。
まっ、この子に免じて説明してあげようではないか」
「はあ」
なんだかな。
「カシス、その階段の先……ラトウィッジの屋敷だぞ」
「えっ!」
「……多重結界、さっきの階段から先……そゆこと」
「……そっか、ありがとね」
カシスがみなに説明する。
「ゴメン、調査役の私のミスだわ。壁に細工や魔法陣がないから油断した。
まさかよりにもよってラトウィッジのトコだったなんて」
「その屋敷だとなにが問題なんだ?」
まあ、家宅侵入罪にはなるか。
「……名門の、お偉い、クソ金持ちの魔術師の家だよ……」
「そうね、200年は続いているとかいう名門よ」
ユーミルとカシスの言葉を聞くに、相手をするには分が悪いのだろう。
「……あと、そうだなぁ……専門は死霊術だね」
そうなの?というカシスの声に、情報代こんど奢れよ、とユーミル。
「一般ぴーぽーには知られてないけど……。
……街の有力者はだいたい」
「なんで捕まらないんだ?」
「……法律ちゃんと守ってるからだよ……」
ふぅん……そっか、いや?
「墓場からここまでゾンビを追ってきて、それが階段登っていったんだが」
「……へえ」
そうなの? と彼女はイリムに尋ねる。
再確認は大事だが、あんまり信用されていないようでちょっとムカつく。
依頼を請けた経緯や、尾行の説明をするイリム。
「……ふうん……でもさ、ただ散歩させてた、って言われたらどうする?」
確かに。
墓場を歩いていたからイコールそこの墓地から盗まれた、とは証明できない。
地面から這い出てくる現場を押さえたわけではない。
「……それに墓泥棒だけじゃ大した罪にはならないし……罰金ぐらいじゃね?」
「おかしくないか?」
お貴族様にはコネとお金があるんだよ、と返された。
「……でも、そう……うーん、でもなー……」
ローブの少女はぶつぶつと独り言を呟き始めた。
なんか、外界を完全にシャットアウトしているような。
「あれはユーミルが考え込んでいるときのクセだから。しばらくほっとこ」
「そうか」
「ところで、アンタさっきまれびとって言われてたよね」
「ああ」
「師匠から言ったんですか」
「なわけない」
「……ふつうにバレたでしょ。私も、初対面で言われてびっくりしたもの」
なんか、見分け方があるんだろうか。
だとすれば恐ろしいことだが。
俺が怖い顔をしていたからか、
カシスは「安心して。普通じゃ絶対使えない方法らしいから」と。
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「……よし。オマエら協力しろ」
唐突だった。
意味がわからない。
「きちんと説明して、ユーミル」
「ほいさ」
ユーミルの説明をまとめる。
彼女はあの屋敷に用があるらしく、中に入りたい。
俺たちもあの屋敷が怪しいので、中に入りたい。
ただの墓泥棒程度では罰金ぐらいだが、俺たちの依頼にあった貴族の遺体。
これはまずい。
貴族のご子息を盗んだとなると、しかもそれが死霊術にまつわる家であると。
これがセットになるとかなりの問題で、いくらお偉方でもお縄につかねばならない。
「潜入して、貴族の遺体を抑えて、それを外部に証明すれば。私たちの勝ちになる」
もちろん、もう一回はきちんと墓泥棒の現場を押さえたいところだが、遺体というのはナマモノだ。
こんなん息子じゃねえ! となるタイムリミット前に回収したい。
そこは大丈夫だろーけどなぁ……とユーミルは呟くが、DNA鑑定もない世界では信用ならない。
「……そうそう、侵入するにはこのままじゃ無理がある……」
「なんで?」
「……代を重ねた死霊術師の、本拠地の結界……無効化できるわけないじゃん」
「じゃあどうするんですか?そうか、強行突破ですね!」
「できればそれは避けたいけど」
相変わらずイリムは突撃派で、カシスは慎重派だ。
「ラトウィッジの多重結界は……とっても強固、私じゃムリ。
…………だから、無効化できるヤツに協力してもらう……」
と、ユーミルは俺の手をとった。
「――そうか、俺か」
なんだか知らんが俺の力があれば、多重なんちゃら結界をぶち破れるということか。精霊術には、隠された未知の力がまだまだあるのだな。
「どうやればいい……ついに、
「…………。」
「称号また増えちゃうじゃん、やっべ。
【
「……なあカシス。まれびとってのはアホばっかなのか」
「いえ、こいつがガキ臭いだけよ」
ぐいっ、とユーミルが俺の手を引っ張り、その指にはまっている指輪を指す。
「……この指輪……誰に貰った? あとその子の腕のベルトも」
子どもじゃないですよーと抗議するイリムを無視し、なおもにらむユーミル。
「ああ、この『
「そう、『矢避け』『
……一ツ星がこんなの買えるわけがない」
「えっ?」
「そもそも店にもなかなかないよ、このクラスは」
「……その、ちょっと待ってくれ。コレは、『矢避け』だけじゃないんだな?
『防護』だのなんちゃらの治癒だのってのも?」
「……そう……例えばさ、さっきの『
「えっ、そうなの」とカシス。
彼女は真っ先に倒れていた。
「……初回で、一発で堕とすつもりだった……あれが防げる『防護』はなかなかない。『矢避け』に『防護』がセットなんて……キミたち上級冒険者かよ……」
そうか、自分では気合で耐えたつもりだったが。
あれは指輪の助けがあったのか。
「一度きりのなんちゃらは?」
「……すごい大怪我を治す、それやると壊れるけど。
……この術式の構成密度だと……うわ、内臓ひとついけるよ……すっげ」
「……いや、マジで?」
「マジ」
正常な思考がフリーズする。
内臓ひとつって、そんな無茶苦茶な。
カシスもぶつぶつと独り言と呟き、うわぁ……とため息をついた。
「アンタ、たぶんそれルクス金貨1000枚は下らない」
ちょっと頭がクラクラしてきた
今この指にはめられている物には、それだけの価値があるのか。
イリムも、じっ……と腕に巻かれたベルトを見ている。
「ユーミルさんの目から見て、これをくれた人にはどういう意図があると思います?」
「……着けた対象に絶対に死んでほしくない」
「そうですか」
「…………。」
ゴブリン退治を終えたあと、アルマはこの指輪を渡してくれた。
……もうだいぶ昔のことのように思う。
あの時彼女はなんと言っていたか。
……覚えていない。
「……術式の文法も近代のものだし、遺跡からの出土品じゃない。……これをくれたのは?」
「アルマっていう知り合いの錬金術師だ」
「ビンゴじゃん。……錬金術師……もしアルマってのがアルマーニュ・ペルト・フラメルならやべーなぁ……どう?」
「いや、フルネームは覚えてない」
「……しょぼいなー」
フラメル家もしらねーのかよ、とユーミルの小言が飛ぶ。
「……まぁ、その指輪の作成者ならあの結界も問題ない……
だから呼んでおいてよ」
いろいろと頭がついていかない。
なぜ、こんな高価なものをくれたのか。彼女は何者なのか。
……会っておくべきだ。
連絡手段はない。
だが、たぶん大丈夫だろう。
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