黒森攻防戦

第46話 「黒森と闇生み」


俺たちは今、壁に取り付くように設けられた砦の、頂上にいる。

右を見ても、左を見ても、果てしなく茶色の壁が続いている。


まるで万里の長城だ。


壁は土や岩でできた巨大なもので高さは10メートル、厚みは10メートルほど。

それが延々えんえん続いているものだから最初地平線にコレが見えた時はギョッとした。


明らかに自然の造形ではないものが、左右にひたすら伸びている。

大地の緑と空の青の境界にひたすら伸びる茶色の線。

切り取ったらモダンアートのようである。


そして、壁のむこうはそれ以上に異様な光景が広がっていた。


まず、壁からすぐに深い堀……というよりほとんど谷だ。

長さは50メートルほど、こちらからは緩やかに傾斜した坂となっており、

むこう側は垂直に切り立った崖、深さは20メートルほど。


断面図がみれればキレイな直角三角形をしているだろう。

これも自然物ではなく、壁にそってどこまでも続いている。


壁、谷、そしてその先は文字通り真っ黒な森が広がっていた。


「あれが……黒森か」


大陸の中央、各国を分断するかのように十字にのたくる黒い墨。

地図でみても異様だった。

たまに聞いても呪いの森だの死の世界だの、見たほうが早いだの。


確かに、眺めているだけで吐き気のような不快感がある。


「ほんと……黒森見るのは3度目だけど、何回見てもおぞましいわね」

「なんだか、体がぞくぞくします……」


珍しくイリムが元気がない。


「あれが、この大陸……というかこの世界の人類にとって最大の障害その2。

 入ると死ぬ、魔物は湧く、大蜘蛛【闇生み】の領域よ」


ある日突然、ぽつんと。

この大陸の中央にしみのようにそいつは現れたそうだ。


たちまち濁流のように闇と、真っ黒な木々が四方八方に拡散し進路にある命あるものはすべて呑まれた。


そうして森の爆発が収まったころ大陸の中央には黒々とした十字が刻まれていた。


「入ると死ぬ……って具体的には?」

「……あ、ちょうどいいっちゃ可愛そうだけど、アレ見て」


カシスの指差す先に、森へむかってフラフラと歩む男の姿が。


森のすぐ手前、というところまで近づいた瞬間、

数十数百の黒い糸が男に迫り、巻き取られ、そのままズルズルと森の中に呑み込まれていった。


「……え、いや……マジか」

唖然とする。


「森の中に張りめぐらされた糸、アレに触れると例外なく呪い死ぬ。

 これが森のそこら中から飛んでくる。

 今のところ、防御策はない」


「絵本で読んだことはありますが、ほんとにそのまんまなんですね……」


「……さっきの人は……なんで?」

「心が折れたか、ただの自殺か。どうせ死ぬならってああいうことするヤツもいる」


カシスはたいして動じていないが、俺にはちょっとショックがでかい。


「……あんな森、焼き払っちまえばいいんじゃないか?」

攻撃魔法なり、燃えた油なりで。


「そうやって黒森にちょっかい出すとね、糸がこっちに殺到してくる。

 その後焼き払ったエリアの倍以上森が侵食してくる……森自体に防衛本能があるのか、ボス蜘蛛の命令なのか」


無茶苦茶だ。

そんなのに対抗策があるのだろうか……と足元に広がる壁と谷を眺める。

これで、森を監視しいざ魔物が湧いたら叩く。

それしか打つ手がないのか。


「そういえば、魔物はよく平気だな」

「あー、それも知らないか。 ……私、解説役じゃないんだけどなぁ」

「ではカシスさん、続きは私が」


こほん、と咳払いひとつ。


「森からでてくる魔物、ゴブリンとかオークとかトロールとかクモとか。

 みなさん共通点があります」

「ふむ」


「普通より強い。体中にびっしり網目模様があるせいで、黒く見える」

「スパイダー○ンの、網目多すぎバージョンみたいな」

「へえ」


強い個体か……。


「例えばトロールなんかは、どうなるの?」

「強いといっても、5割増しぐらいかな。

 アンタの『火弾』12発、フルヒットならたぶん倒せる」


トロールは火に弱いので、大物の中では俺が得意とする相手だ。

だいたい『火弾』6発か、近い時は『火葬インシネレイト』で沈む。


逆に岩トロールはひどい目にあった。

炎がほとんど効かないので、散々熱した挙げ句川に誘導して倒した。

イリムの槍もあまり効いていなかったし、かなりの強敵だった。


「火が効くほうのトロールか」

「というか黒森産の魔物はだいたい火に弱い。言ったでしょ、アンタ向きだって」


今年の魔物の湧き具合はここ20年で一番だという。

何度か、壁を越えられそうになったそうで国や国民の危機感は強い。


「……しかし、この壁と谷、ものすごい公共事業だな」

「ああ、コレ。人が造ったものじゃないわ。ひとりで造ったモノだって」


「うん?」

左右を見る。視界の果てまで壁が続く。それに沿って谷が続く、視界の果てまで。


「無理だろ?」


「やー、私も話に聞いただけなんだけど、エルフの女の子がひとりでやってるって。なんでもいにしえの……なんとかエルフで、アンタと同じ精霊術師だって」

「…………。」


地図を見るに、黒森はとても広大だ。

もし仮に、ここのように壁や谷を作る場合、どれだけの規模の術が行使されているのか。

まったく想像できない。


「イリムは土の精霊術が使えるけど……コレの真似はできる?」

「落とし穴ぐらいなら……がんばれば」


ようはMAXおかしいぶっ飛んだ存在ということか。


自分の精霊術と比較しても、頭がクラクラしてきた。

まあ、そんな超絶チートと張り合っても仕方がない。


「そろそろ降りましょ、なんか下で騒ぎが起きてるみたいだし」

カシスがカツカツと砦の階段を降りていく。


風も寒くなってきたし、確かに下の広場がずいぶん騒がしい。

「俺たちも降りるか」

「はい」

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