第47話 「トカゲとヒューマン」
壁に貼り付く砦の外階段を降りていくと、騒ぎの中心が見えてきた。
人だかりが輪になって、ふたりの男を囲んでいる。
男の脇には枯れかけた木と、うずくまる人影。
「や、……あー、アンタは見ないほうがいいかも」
苦虫を噛み潰したような顔でカシスが言う。
視線の先、うずくまる人影。
まったく微動だにしない。
「もしかして……」
「まあ、そうね」
気づいたら階段を駆け下りていた。イリムも後に続く。
人混みをかき分け、すすみ、輪の内側に飛び出た。
にらみあうふたりの男。
足元には誰かの死体。
……いや、あれはおそらく……。
「吊るした罪人を下ろすたあ、お前もやつらと同じまれびとかぁ!!」
口角をあげ、ツバを撒き散らしながら男が吠える。
対するトカゲ人は、さも面倒くさいモノを観察するように男を眺める。
「リザードマンのまれびとがいるかよ、聞いたこともねえ」
「じゃあ、なんでそいつの縄を切りやがった!?」
「だーからぁ、さっきから言ってるだろ。胸糞わりぃって」
ヘラヘラとした態度で、トカゲ人……リザードマンがくるくると両の手に握った長剣を回す。曲芸のように操る長剣が、ピタ、と一時停止したかのように固まる。
まるで慣性などこの世に存在しないかのように。
剣のさす先には、うずくまる死体の姿。
「吊るして、晒して、石投げて。
雑魚が優越感に浸ってるさまは気持ちがわりいって言ってるだろ」
「俺の村は【氷の魔女】にやられた……!
コイツらにはいくら復讐してもしたりねえ!!」
「あー……マジで腕以上に頭もわりいのね」
リザードマンのその言葉は、対する青年のなにかに触れたようだ。
獣のような絶叫を上げながら、手にした長剣を大上段に振り下ろす。
リザードマンは、右の長剣で華麗に攻撃を受け流し、左の長剣の柄で、男の後頭部を殴りつけた。あ……と男は声を漏らすと、その場にどさりと倒れ込む。
「他になんか、意見あるやついるか?」
ぐるりと周囲を見渡すリザードマン。
にらんでいる者もいれば、やっぱあいつ強えなと感嘆している者、目を伏せる者、さまざまだ。
だが彼に意見する者はひとりもいなかった。
「じゃ、とりあえず神サマ判定な」
そう言って彼は、うずくまる死体の上に手を掲げる。
「『葬送』」
リザードマンが何事か呟くと、死体が光輝きながら分解されていく。まるで、光の糸となってほどけるように。
ぱさっ、と。死体の衣服だけが地面に残された。
「んー、やっぱこいつもか。不思議なもんだなー。
こいつら何者なんだろな?」
顎に手をあて、悩むリザードマン。
見世物は終わったとばかりに、だんだんと人の輪が散っていく。
「ザリードゥ?」と後ろからイリムの声。
ああ、どこかで会ったことがあると思ったら、彼か。
辺境の街で、イリムをこてんぱんにした傭兵だ。
彼女が手合わせを願い、二十本中一本しか取らせなかった男だ。
「おお、嬢ちゃんじゃねえか」
リザードマンの青年、ザリードゥが手をふる。
スタスタとこちらまで歩み寄ると、ずいっと大きな手を差し出してきた。
「お久しぶりです!」とイリムが元気よく手を握る。
「えーと、アンタは確か師匠サン、だっけ?」
「ああ」
「人間はほんといろいろ変な名前が多いよなぁ!」
「いや、名前じゃ……まあいいか」
ザリードゥは、身長2メートルほどの大柄な
手入れされた革鎧や部分鎧、2本の長剣は彼の傭兵としての経験を物語り、こうして目の前で見ると実際以上に彼が大きく見える。
いわゆる強者の「圧」を感じるのだが、気圧されるようなものではなく、むしろ不思議と安心感が湧いてくる。あったかい優しいクマが友達にいる、というのがたとえとして近いかな。
「イリムと師匠もやっぱここに来たか。今の王国で名前を売るならやっぱここしかねぇしな!」
「【槍のイリム】で宣伝する所存です」
「おお、いいねいいね」
ザリードゥはなんだか嬉しそうだ。
「師匠サンは確か、炎使いなんだろ?ここにはサイコーじゃねえか」
「火に弱い……んだよな?」
「ああ、森ゴブリン、森トロール、みんな炎が弱点だ。
いくつかある設置兵器もだいたい炎絡みだ」
それは助かる。
というか、設置兵器……いわゆる、
「……て、ザリードゥ。アンタだったの」
「ようカシス! 珍しいなお前が戦場働きとは」
「私は前線にはでない。後方支援のつもりよ」
「手先だけは器用だもんな」
勝手知ったるといった風なカシスとザリードゥ。
「えーと、知り合い?」
「前に王都で何回か、同じパーティで依頼を請けたことがある」
「こいつ超優秀だろ? ここまでの盗賊はなかなかいないぜ」
「ちょっと……やめてよ」
カシスは褒められて満更でもないようだ。
しかし、依頼を請けた……か。
「ザリードゥは傭兵だと思ってたけど、冒険者のパーティとも組むのか?」
「俺っちは冒険者の資格も取ってるぜ、ほれ」
と懐から銀色の金属板。二ツ星の証明書。
なんと中堅の冒険者でもあったのだ。
「ザリードゥの実力ならがんばれば三ツ星もいけそうだけど……やっぱ今でも傭兵稼業と半々なんだ」
「まぁーな。遺跡や洞窟はあんま好きじゃねーし」
「アンタでかいからね」
カシスが他の冒険者とここまで気軽に話しているのは初めて見た。
王国のギルドでも、彼女の知り合いはそこそこいたが、だいたい反応はそっけなかった。
……そういえば、彼に注目したさっきの件。
あれは、どうなんだろう。
少し探りを入れてみるか。
「さっきの騒ぎ……大丈夫なのか?
吊るされたまれびと……を勝手に降ろして」
「んー、死んだあとのことはこの国の法に規定はねえ。
だから何しようと別にいいんじゃねえの?」
彼はさっき、胸糞が悪いと言った。
吊るされた遺体に対してのさらなる暴力が。
彼も、もしかして……。
ぐい、とカシスが俺の肩を引く。
「ザリードゥ、なんなら私たちと同じエリア組まない?
アンタが前線だと、すごく助かるし」
「おお、それはいいですね!
私の成長も見てほしいです!」
「オイオイ! 女子ふたりに頼まれちゃ、断りようがねぇな」
ザリードゥはカラカラと、いーぜOKだと笑っている。
じゃあ決まり。また後でね……とカシスに引かれザリードゥと別れる。
ずいぶん強引だが、これはなにか話があるということだろう。
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