第44話 「荒野の3人」
次の朝、依頼の張り出された掲示板をイリムと確かめる。
どうやら依頼の大半は、王都の北にある砦の防衛任務だった。
お国からの依頼で、報酬もいい。
乗り合いの馬車もでていて、その運賃も無料である。
そういえば、辺境の街でも、中級以上の冒険者や傭兵はだいたいそこに行っているという話だった。黒森からの防衛だとかなんとか。
「この、砦の防衛依頼って、カシス的には?」
「あー……私にはむいてないけど、アンタ向きの仕事ではある」
「ほう」
「【黒森】は私も一度は見てみたいですね。
入ると死んじゃうって本当ですか?」
「えっ、なにそれ」
呪いの森か……怪談や学校の七不思議みたいだな。
「……そうね。この世界で生きるのなら、アレは一度見ておいたほうがいいか」
カシスはうーんと唸ったあと、「ただ、今のままじゃだめ」と俺を指差した。
「レベルアップが必要ね」
カシスによると、北の砦の防衛戦では以下の2点が大事らしい。
大群との距離を開けた防衛戦になるので、それ用の攻撃術。
今のままでもできなくはないが、鍛えれば鍛えるだけ生き残る確率が上がる。
あと、矢がすごい飛んでくるので対策が必要。
『
やはり範囲攻撃か、または術の手数を増やすか。
並列想起の装填数は伸び悩んでいた。
『
8発を同時に……というとどうしてもイメージが崩れる。
いまいちしっくりこないのだ。
そんなことを考えながら夕刻、街の外れにある河原で訓練を続けていた。
お昼のネコ探しの依頼は、イリムのおかげで楽勝だったな……。
そのイリムは槍と精霊術の同時訓練。
土精に頼んで、しばらく自分を河原の石で四方八方から攻撃してほしい、と。そのうえで次々飛来する石つぶてをすべて器用に避けたり弾き飛ばしたりしていた。
すげえな。動きはほとんどニンジャだよ。
『矢避け』だけに頼るなと言われたが、アレなら問題なさそうだ。
あと土精はすごく器用だね。火精ちゃんはそんな細かい命令たぶんムリだ。
焼き払え!とかできるだけ速く疾走れ!とかは大得意。
「どんな感じ?」とカシスが土手の上から声をかけてきた。
彼女は、ててて、と駆け下りてくる。
「相談ってなに?」
カシスに精霊術のアイディアがなにかないか聞く。
範囲か、手数か。
それと一度に並べられる数が伸び悩んでいることも。
「それ、私の専門外じゃない?」
「いやいや、現代人というだけで知識の広さが違うんだ。
俺の知らない分野とか、JKしか知らない分野とか、なんでもいい」
「んーーー」とおとがいに手をあて探偵風に悩むカシス。
「爆発は? やったことないよね」
「『大火球』でやればできるだろうが、今はまだ爆発系は怖い」
威力の加減がわからないので、仲間や自分を傷つける可能性がある。
広い場所でいろいろ試して、完全にモノにしてからだ。
「
一度にたくさん術を並べるやつ」
「ああ」
「男の子はそういう、技に名前つけるの好きだよね」
「大好きです」
なおもカシスは悩む。
「ならべるイメージが8発……8ねえ。
……たこ焼きは6個と8個がある」
「……たこやきを投げつけるのか」
いやまあ、アツアツが飛んできて破裂したら大変なことになるが。
「装填が6発って西部劇の銃みたいな?あのカチャカチャやってる」
「リボルバーには男の子のロマンが詰まっているんだ」
「いやしらんし」
やはり、女性にはむかない頼みだったか……たこやきが8個ってのはなるほどと思ったが、攻撃には使えない。
「あ、アレは? なんていうんだっけ……両手に銃もってパンパンやるじゃん」
「二丁拳銃?」
「そうそれ」
……言われて、なるほど。西部劇の鉄板だ。
いやFPSでもだいぶお世話になった。アキンボはよく対戦で嫌われていたね。
一度にふたつ、
しかし二丁拳銃というイメージは非常に強固だ。
……直感だが、これはいける。
「ありがとう、カシス」
「えっ、こんな簡単なのでいいの?」
カシスは驚いていたが、一度に倍増やすなんてとても思いつかない。ふつうは少しずつだ。
やはり、たまには人に聞かないとな。
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主に
そうして2週間がたった。
河原の水面にむけ、装填した『火弾』を素早く放つ。
12本の火線が鋭く走り、着弾。次々に水蒸気が吹き上がる。
「おおー、ガンマン……というよりガトリング?」
カシスがパチパチと手を叩く。
さすがに『火弾』でやると少し時間がかかるが、そこはこれまで通り『火矢』と使い分けよう。
イリムも、例の訓練のおかげか、体の動きが一段とおかしくなっていた。
防御の訓練もしてもらっているのだが、本気で動く彼女には絶対勝てない。
つまり、イリムクラスの戦士とは近づいて戦ってはいけないということだ。
「もうイリムちゃんは、上級入りかけなんじゃないかな」
カシスもたまにイリムと模擬稽古をしているのだが、明らかに数段イリムのほうが上だとか。
「でも、師匠みたいに精霊術をいくつも並べる、ってのができません」
イリムは、並列想起はできなかった。
槍をふたつ同時に構える、というイメージがイリムの中ではすごい違和感があるという。
概要は何度も教えたのだが、例えば銃の弾倉みたいに、とは説明できない。
弓に例えようにも、弓はふつう一度に1本しかつがえられない。
ここは古代インドの王国じゃねぇんだ。
だが、新たに防御の術は習得した。
矢ぶすま対策には十分だろう。
これで、砦に行く準備は整った。
ギルドで依頼を請け、指定された乗り合い馬車へ。
山や洞窟に行くわけではないので、荷物もそれほどかさ張らない。
カシスは新たに小型のバックラーを購入していた。
彼女も『矢避け』は所持しているが、盾はあるに越したことはない、と。
「というか、普段の依頼でもソレ、あったほうが安全じゃないか?」
「……重いし邪魔だし、持ち歩くのはね。
それに盾は普段から持ち歩いてる」
「……どこに?」
「まあアンタには言ってもいいか」
ひょい、とカシスが左手を突き出す。
銀色の細やかな装飾の指輪が、薬指でキラリと輝く。
「アンタが買ってた盾のコインの指輪版で、魔力が充填されれば何度でも使える。
身軽だし、盾を持ってないのを装えるし、すっごい便利。私の切り札ね」
「……おいくら万円すんの、それ」
「さあ? 遺跡で見つけた一品物だからすごいんじゃない」
はえー……そうか。
危険なばかりで得がないと敬遠していたが、遺跡に潜るのはそういうリターンもあるのね。
「師匠、王都に戻ったら地下遺跡、もっと潜ってみましょう!」
「いや、嫌だよ」
「ええーっ……」
「表層はすでに探索済みでスッカラカンだし、中層以降は帰ってこない奴ばかりなんだろ」
王都は古代の地下遺跡の上にあり、街の下はいわばダンジョンになっている。表層は下水道や通路、街の一部になっている箇所もある。
そこから下は広大な
この前は、カタコンベ産と思われるスケさんが上まで湧いてきたので、それの撃退依頼を受けた。
あんなのがウヨウヨいる場所は、強い弱いを抜きにして単純に怖い。
リアル鬼ごっこならぬリアルお化け屋敷である。
クリプトでダンスはしたくない。
さらに深層もあるらしいが、ここまで探索する冒険者は非常にまれだ。
すべて上級で固めたパーティが、いくつも呑まれているという。
不思議のダンジョンや世界樹のようでワクワクはするのだが……。
今の実力で行くべき場所じゃない。
憧れは止められねぇ、とイリムが特攻してしまわないかが心配だ。
後で釘を差しておこう。
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