第38話 「この街を清潔にいたしましょう」

図書館だったら今日行ってもいいだろう、と皆でむかう。

ギルドのある広場を東に横切りそこから大通りに入る。


「そういえば……俺、本読めないぞ」

「えっ、そうなの!」

「あー、師匠はですねー」


最初の街でのひと月。

イリムや宿の親父に教わったのだが、結果はひどいものだった。


単語や、看板程度ならなんとかならなくもない。

料理のメニューは大丈夫。

だがそれだけだ。


まとまった文章になるとアウトである。


「……私も、最初に困ったのがソレだわ。

 じゃあ図書館は私とイリムちゃんで」


カシスがイリムの手をつなぎ、頭をぐりぐりなでる。


「師匠はどうします?」

「そうね。適当に観光でもするよ。終わったらさっきのギルド?」

「秘密の話をするんだからギルドはないでしょ。

 ……そうね、そこの宿」


とカシスが路地に一本入った先にある緑の看板を指差す。

酒、食事、宿としか書いていない。

なんとシンプルな。


「用事が終わったらそこに集合。マスターには羽休めがしたい、と言えば私がいなくてもいれてくれる」

「わかった」


テクテクと先を行くイリムとカシスの後ろ姿。

こうしてみると本当に仲のいい姉妹にみえる。


さて、久しぶりにひとりの自由行動だ。


------------


イリムもいない、カシスもいない。

女性陣の監視の目がない。


とすると男の俺としては、ちょっと気になるお店などはあるっちゃある。

だが、こういう中世世界のああいうお店はたぶん病気の温床だ。


そんなんで旅に支障がでたり、最悪ゲームオーバーしたら洒落にならん。


それにカシスは勘がいい、イリムは鼻がいい。

彼女らに蔑んだ目でしばらく見られるかと思うと……恐ろしい。

……人によっては興奮するのだろうが、俺はあいにくノーマルだ。


そうだ、酒場にウィスキーを売りつけにでも……と、路地へ入った先で、少女がガラの悪い青年ふたりに追いかけられていた。


「――待てっ!」

「止まれよッ!!この異端者が!」


異端者、というワードにびくっと反応する。

あの追いかけられている紫のローブ姿の少女は、もしかして。


気づけば、とっさに精霊術を発動させていた。

強烈な熱風が青年ふたりに浴びせられる。


「ぎゃあああ!!」「目が、目がぁあああ!!」


たまらずのたうち回る二人組。

街道で盗賊に襲われた時などで、対人戦闘は避けられないが相手が明らかに格下の場合、殺さずにすむ手が欲しくて開発していた。ほかの術と区別がつくよう、名前は『ドライヤー』とした。まさかこんなに早く役に立つとは。


「…………。」

「大丈夫か!」


少女に呼びかける。『ドライヤー』の熱風目潰し攻撃は、本気で目を焼くような温度ではない。あくまで時間稼ぎや不意打ちの術だ。

つまりいつまでもじっとはしていられない。


「……ふーん、いいじゃん……」


少女は呟くとこちらの手を引いて路地をさらに曲がる。


「なんだ!?」

「ほんとの追っ手がいる。……協力しろよ」


「まだいるのか!?

 というか、なんで追われている!?」


異端者、と叫び追われていた少女。

彼女は異世界人で、まれびと狩りから逃げていたのだと思ったのだが……。


背中に大きな鉄の円盾を背負い、紫のローブ、白磁のような肌。

髪は透き通るような薄い紫色で、おさげがふたつ、肩から垂れている。

澄んだ空の青を封じ込めたような瞳が印象的だが、なんとなく死んだ目である。


うーん、日本人では、ないな。

外人のまれびとさんか?

しかし背中の盾といい、彼女の口にした「ほんとの追っ手」といい、どうも何か違うような。


彼女に手を引かれ、路地をいくつも曲がり、ぽっかり壁面に空いた階段を駆け下りる。暗くて見づらい。『灯火』を前方に配置する。


「……おおー、やるではないか。

 『鬼火ウィスプ』の手間が省けた」


階段を下りきると、両手に通路がどこまでも伸びている。

中央にはチロチロと小さな水の流れ。


「ここは?」

「……よし、あそこの影に隠れよう」


俺の質問を無視し、少女は手を引く。

ちょっとイライラしてきたぞ。


通路の右手の先に窪みがあり、そこには木製の腐りかけた扉が。

少女は迷わず扉を開け、俺を連れてその先へ。

そこは細長い小部屋だった。


「……さっきの術、まだ使える?」

「ああ。だが、君がなんで、なにに追われているのか教えないと協力できない」


彼女が凶悪逃亡犯で、追いかけてくるのが街の衛兵かもしれない。

悪事の片棒を担ぐつもりはない。


「……ぐちゃぐちゃうるさいなぁ……キミはまれびとでしょ。

 敵が誰だろうか、そんなに気になる?」

「――――――!?」


言葉が、詰まる。


「……そうだ、協力しないとまれびとだってバラしちゃうよ。

 その代わり、助けてくれれば絶対誰にも言わない。

 ……魔法で約束してあげる」


なんでわかったんだ、とか。いろいろ言いたいことはある。

だがやはり、これは確かめないと。


「敵は誰で、アンタはなんなのか。それを知らないと協力はできない」

「……ふーん、偉いね……じゃ、いっか」


「アイツらは、教会の異端狩り。有罪だろうが無罪だろうが気に食わない人を魔女認定して処刑しちゃう。……私をさっき助けちゃったのを、チンピラどもが吐いてるだろうね。だからキミも魔女認定」


おめでとう、パチパチ、と手を叩く少女。


「……特にまれびとには容赦ない。

 ひとりの人間ってここまでされても生きているんだ、って感動するくらい限界ギリギリまで痛めつける。……彼らのあの技術は正直すごい」


「アンタは?」

「善き魔女だった親友を奴らに殺された、善き魔女だよ」

「……。」


判断材料は少ない。

彼女の言葉を信じていいのか、異端狩りとはなんなのか。

だが、時間はないようだ。

階段を駆け下りる足音がここまで聞こえてきた。


「……どうする?敵は手練で中級クラスの二人組だよ」

「さっきので目潰しはやる。後はアンタがどうにかしろ」


「……まぁー、それなら十分かなぁ……」


ローブの少女がけだるげに言うやいなや、正面の扉が蹴り開けられる。

白い装束姿の人物二人が、白銀に光る立派な長剣を構え、こちらへ走る。


想起した『ドライヤー』を彼らに吹き付ける……が、効果が鈍い。

装束のせいか、他の要因か。

たたらを踏ませ、数瞬の隙を生み出したにすぎない。


だが、それで十分だった。


となりの少女が突き出した右腕、そのローブの隙間から幾本もの鎖が伸び、白装束をぐるぐるに拘束していた。見れば、鎖の先端にはトラバサミがあり、痛々しくも相手の肩や腹に噛み付いている。


ふたりが、転び、もがく。

が、あの怪我で苦悶の声ひとつあげない。

かえって不気味だった。


「……上出来。やるじゃん、まれびと」


気付くと、彼らの上、2メートルほどの場所に大きな刃物が浮かんでいる。

半円型の、重厚な刃。

やめっ……と俺の呟きすら断つように、巨大な刃物が振り下ろされる。


------------


戦いは終わった。

街の地下……ここはどこなのか。


「……ここは古代都市の遺構で、下水道だったり通路だったり。

 ……正直でかすぎ」


声にでていたようだ。

疲労がすごい。


直接ではないとはいえ、やはり人間の敵はキツイ。

今後もできる限り避けたいものだ。


「じーーーーっ」

と少女に見られているが、疲れで反応するのも億劫だ。


「……シルシもない、魔力も走ってない。……変なの。

 ……ねえ、なんで魔法が使えるの?」

「…………。」


「……わっ、無視だよ無視」

「あのさ」


うん?という顔の少女。

表情は終始無表情で、いかにもクール系の魔法少女といった雰囲気だが。


「さっきの、友達の話」

「うん」


「友達が無実の罪でこいつらに殺された。

 アンタも特に悪いことはしてないのにこいつらに追われている。

 ……それに嘘はないな」

「ないよ」


じーっ、とにらむ。


「……なにか確信が欲しいなら、魔法で約束してもいい」

「例えば?」


「『誓約ゲッシュ』って魔法がある。

 ……さっきの私の話はほんと。特に友達のコト疑われるのは最悪……。

 そのうえで、


 私はキミがまれびとだってバラさない。

 キミは私が異端狩りに追われていることをバラさない。


 ……そういう『誓約』で契りを結ぶ」


指切りげんまんの強力バージョンか。

まれびとのことをバラさないというのは助かるが……。


「まあいいか。やってくれ」

「おーけー」


少女は俺の両手を掴むと、先ほどの文言を唱えるように口にし最後に「ここに誓約は完了した」と宣言した。

その瞬間、心臓をぐっ、と鷲掴みにされたような痛みが走る。


「――ぐっ!?」

「……おー、ちゃんとおーけーしてたか……」


嘘ついてたら死んじゃってたな、とずいぶん物騒なことを呟く。

なんて無茶苦茶な……。


王都は兵士の巡回がしっかりしていて、魔物も容易には入ってこれず、治安はいいと思っていた。だが初日でコレだ。

むしろ田舎より危険な街なのでは……。


「……ところでキミは、火が使えるみたいだけど」

「ああ」

「……この死体燃やしてくれない?」

「断る」


そっかー、まれびとはやっぱなー、と呟きながら少女が左腕を振る。

するとタールのような水たまりが出現し、どぷんと死体が地面に呑み込まれた。


「証拠隠滅か」

「こいつら、すごいしつこい」


なんだかな。

だがまあ、そうだな。

異端狩り……とかいう連中。

まれびと狩りを熱心に行っていると言っていた。

こいつらのことも調べておくべきだろう。


------------


階段を登り、街に出る。

ローブの少女は「うおっ、眩しっ」と呟き目をしょぼしょぼさせている。


「ところで、アンタ名前は?」

「最初に言ったじゃん」


……そうだっけ。

悪いが記憶にない。


「……めんどくさいから、こんどもし関わりがあったらで。

 ……それまでに思い出せよ」


ベシベシとこちらの背中を叩き、少女は路地のむこうに消えていった。

なんだかな。


思い出せないし、まあいいか。


-------------


カシスに指定された緑の看板を見つけ、扉をくぐる。

すでに店内ではふたりが待っていた。


店はカウンターが6席、テーブル席がひとつの狭いもので、上の客室も3部屋ほどしかないそうだ。

「さっそく、上がりましょ」とカシスに誘われ、2階の客室へ。


客室はベッドが2つ、イスが2つ。

典型的な安宿だ。


「夜はどうするんだ?」

「私とイリムちゃんが右のベッド、アンタが左ね」


まあ妥当か。

カシスがパラパラとメモを広げ、図書館での調査報告を始めた。

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