第34話 「初回ガチャ」

 事件は、街からの調査隊を待たず解決した。

 死体が生きてりゃ、そりゃそうだ。


 踊る白馬亭の亭主はものすごい速度ですっ飛んでいき、泣きながら戻ってきた。

 息子は、街の教会に移すという。


 結局動機は、駆け落ちの完全完遂のためらしい。


 亭主の息子にかける情熱はすさまじいものがあり、たとえ通常の駆け落ちをしても必ず突き止められる。財力や権力もちょっとした村長程度にはあり、まったくありえない話ではないそうだ。


 それで思いついて実行したのが死亡偽装。

 あら不思議、魔法で死体が消えました。

 やったのは宿泊していた怪しい怪しい錬金術師です。


「えっと、なに。この世界って魔女狩りとかあるの?」

「街と街と間の民度や文化はわりとひどいよ、この世界」


 魔法使いはなにするかわかんねーべさ! ってか。

 冒険者も利用すると思うのだが、内心では……とか今回のような事件時には……って感じか。俺も気をつけよう。


 アルマもかるい尋問が終わったら出てこれるそうだ。

 三ツ星カードを俺に貸したのがちょっとまずくて、それで怒られているとか。


「ちょっといい? 話がある」とカシス。

「ああ」


 と、イリムがずいと前にでて「……師匠は殺しちゃダメですよ」と物騒なことをカシスに言う。ええっ、なにそれ!怖い!


 あはははと笑うカシス。

「大丈夫、ちょーっとお話があるだけだから」イリムの頭をぐりぐりなでる。


「じゃ、2階で」



 カシスの部屋は俺とイリムが泊まった部屋とほとんど同じで、違いはベッド数だけだった。ベッドはひとつで、そのぶんスペースがある。

 窓も広く開放的だ。風の通りもいい。


 その風に髪を揺らしながらカシスは「で、見てのとおりのJKでございます」

 と、なんでもないことのように言う。


「はあ……つうかやっぱ日本人かよ」

「最初にホイホイ身元を明かすほうがバカだと思わない?」


 イラッときたが、まあ当たり前か。

 それぞれの身のうえ話をなんとなく始める。


 俺の方はかすかに残るパーソナルな記憶以外は、この世界に飛ばされてからの話がメインだ。


 特に、竜骨との出会い。イリムは俺がまれびとだと知っていること。

 この2点は驚かれた。


「えっ、竜に会って魔法もらってって……それどんなチートよ。ズルくない?」

「そう言われると身も蓋もないのだが、俺もそれなりには苦労しとるのよ」


 特に、気をつけないとこの力は自分や自分の大切な仲間を犠牲にする可能性が高い。

 ある日ポンと不思議な力、制御や扱いも自己流で少しずつ 少しずつ、順番に慎重に。神経が摩耗し、体力もなぜか削られ……正直辞めたくなるときもある。


 火精の励起れいき時など元気が良すぎると、体の内側から焼き殺されるんじゃ、と感じたことも何度もある。

 それでも、ちょっとずつ自分のこの唯一の武器は鍛え上げねばならない。


 そうしなければ、どこかで絶対後悔するという妙な確信もある。


「で、その村で会ったのがイリムちゃんで今は秘密も共有してて……ってそれもチートよ。ズルくない? 初回ガチャでイリムちゃん引くなんて、そっちのがチートね」


「そのぶん村の初期配置がひどかったんだよ」


 最初に戦ったのが人間で、その次はでかい狼だの森のクマさんだ。

 なぜにスライムやゴブリンでは……いや、初のゴブリン退治はひどかったし、ゴブリンもダメだ。


「ま、それはいいわ。私もイリムちゃんに巡り会えたし」


 カシスは2年前の高校入学式のその日にトラックに轢かれて飛ばされたそうだ。

 なんというテンプレ。あるいは佐賀でアイドルになる可能性もあったわけだ。


「アイドルになる可能性もあったわけだ」

 口に出ていた。


「えっ、気持ち悪い。日本のおっさんはすぐJKをそういう目で見るよねー」

 ……おうふ。これまたキツイぜ。この年齢の女子は以下略。


「で、そんなJK好きのおっさんに朗報。アンタとイリムちゃんのパーティに、正式に加盟してあげる」


 ずいっとカシスは銀製の金属板を差し出す。

 星がふたつ穿たれた、二ツ星の証明書。


 なんと、パイセン冒険者だったのか。


「……正直、ソロでできることは限界があるから、そろそろパーティがほしかったのよ。同郷人てのも懐かしいし、裏切る心配もないし、なによりイリムちゃんがかわいいからね」


 裏切る心配がないというのは、同じ秘密を持った者同士だからだろう。

 こちらがバラしたらあちらにバラされる。だから秘密は守ろうね。うん、この世で一番安心できる約束だろう。

 俺にはイリムとの約束のほうが気が楽だが。

 しかし、


「この世界には冒険者ギルドっつー仲間を集めるにはうってつけの組織があるじゃないか……」


 といいかけて、彼女がさっと顔を伏せたのに気がついた。


 ……カシスも、ここに飛ばされて、まれびとがひどい目にあうのを見たはずだ。

 そして、それを踏まえて生きるすべを獲得したのだ。でなければここでこうして会うこともなかった。わざわざ思い返したくもない記憶をほじくり返すのは野暮だ。


「……いや、悪い」

「……いいけど。それより、イリムちゃんがあなたの秘密を知ってて、受け入れているというのは本当に本当なんでしょうね?」


 念を押すな、そりゃそうか。

 2年この世界に揉まれているんだ。当たり前だ。俺とは年季が違う。


「そうだな、じゃあ証明しよう。

 ……イリムを呼んでくるよ」

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