第33話 「少女探偵団」


 事件現場である客室へイリムを呼んできた。


「師匠、カシスさん! どうですか?」

「これから犯人逮捕よ、そのために助っ人がいるの」

「おおお! なんと、誰ですか!」

「逃げ出した首吊り死体よ」

「なんと! 犯人はゾンビ、あるいは吸血鬼、あるいは死霊術師ネクロマンサーですか! いや、リッチの可能性も……」


 それもう30代から60代、男性あるいは女性レベルだな。


「アンタは来れる?」

 窓枠に手をかけたカシスが問いかける。どうやらここから飛び降りるようだ。


「やってやれないことはないが、怪我をする可能性も十分ある」

「じゃ、そこでお留守番ね」


 ひゅん、と軽やかに飛び降りた彼女は猫のようなしなやかさで着地する。そのすぐ後にイリムが続く。


 飛び降りたカシスは地面を軽く調査し、「アタリ、たぶんまだ村にいる」とポケットから布地を取り出す。


「あいつからもらったハンカチ。まだあいつの匂いが残っているはず。イリムちゃん、お願い」

「まかせてください!」


 ふたりの少女探偵団が、イリムを先頭に歩きだす。

 事件の解決は目前だった。


 ◇◇◇


 まったくどうかしている。

 先頭をすすむイリムちゃんの後を追いながら今日何度目か、そう思う。


 無視をすればよかった、自分には関係がない。

 知らない女の子が冤罪で、かわいそう。

 そんなのはこの世界ではありふれている。


 なにより、ここに来てしまっただけで罪になる人もいるのだから。


 自分は、自分のことを多少なり頭がいい、要領がいい、と自負している、

 そうでなくてはこの人殺しどもの世界で2年。

 生き抜いていくことはできなかった。


 でも、初めてまともに生きている同胞をみて、懐かしい顔立ちをみて、そいつがあろうことか「仲間」までいて。うらやましい、と思ってしまった。


 単独ソロで、フリーで、できるだけ同じパーティにはひと月と居ないよう。

 影のように、駒のようになることで生きてきた私には、ちょっと信じられない。


 イリムちゃんの様子や、実際に彼女と話してみてわかった。

 嘘じゃなく、本当の仲間なのだ。


 もしかしたら……私も……いや、イリムちゃんが超絶かわいいのもあるというか、理由の半分以上はそれなんだけど。現にこうして目の前をテクテク元気に歩く彼女の後をついて行くだけでもなぜか幸せな気持ちになる。


 こんなのは、この2年間なかったことだ。


「カシスさん。この家です」

 びしっとこちらを上目遣いでみる彼女もまた、いい。


「じゃあ、最初はノックで礼儀正しく。イリムちゃんはレディだもんね」

「そうですよ! なのに師匠は私をいつも子ども扱いしてですね」

「ふーん」


 そういえばアイツは、何者なのだろう。

 魔法を使った時はこの嘘つき野郎!と思ったが、それ以外はどう見ても、どう考えても日本人なのだ。結局我慢ができず(密室殺人というシチュエーションはダメだ)飛び出してしまった。


「カシスさん、だめですねー。返事がありません」

「じゃあ鍵を開けるから、そしたら突入ね」


 懐から解錠セットを取り出す。

 こんなボロ民家の鍵、10秒もかからないだろう。

 ……お、3秒。記録更新。


 ほんと、鍵はいいもの付けないと。


 愛用のレイピアを引き抜き、滑るように室内へ。


 二部屋しかない典型的な農家の家。

 その奥のベッドには、昨日取引した行商人兼、宿の跡取り息子兼、首吊り男がうずくまっていた。


「どうも、2階からの飛び降りはどうだった?」

「…………ぐっ」

「もしかしてカミサマってのはたまーには仕事するのかも」


 苦渋に顔を歪める男。イリムちゃんも後ろからやってきて「ゾンビにしては顔色がいいですね……」だって。

 ちょっとアホの子属性もあるのかな。


 と、そのイリムちゃんの背後から、包丁を持った女が足音も気配も殺さずゆっくり近づいている。


「あんた……彼を見逃さないと、この子をころして……ッツ!?」


 滑らせたレイピアを女の眼球ギリギリ、ちょい触れるぐらいで突きつける。


「その前にアンタが死ぬ」

「オイてめえ!!サーシャに手を出してみろ!!そんときゃ親父の力も使ってなぁあ!!」


「…………へえ。その親父さんから逃げ出してきたんじゃないの? アンタ頭大丈夫? 足と一緒に頭のネジまで折れたのかしら」


「ああああぁ!?」


 男は懐から短剣を引き抜き、こちらへ投じる。練度は初級未満。そんなんじゃ、女と逃げてもこの世界じゃ生き残れない。

 おとなしく宿の跡継ぎになるほうがはるかに安全だよ。


 言ってもわかんないか。しょうがないね。


 迫る短剣を左手で掴み、そのまま投げ返す。

 練度は中級、ここまで至るのには相当かかった。


 狙いは右手首の腱。当然のように命中する。

 汚らしい悲鳴が響き渡る。


「人に刃物を投げるってのはね、投げ返されることもあるんだよ」


 くるりと、レイピアを突きつけたままの女にも。


「それはこっちも同じ。アンタはどうするの?」


 女は数秒固まったあと、こちらも同じく泣き崩れた。うるさいことこの上ない。

 けど、これでアラーム代わりに人が集まってくるか。


「イリムちゃん、大丈夫だった? 怖くなかった?」


 機に乗じて頭をなでる。

 うぉぉぉおおお……これはちょっと、いい。すごくいい。


「カシスさんも師匠みたいに頭をなでるんですね」

「ちょっとまって、イリムちゃんアイツに触られてるの」

「まあ、わりに」


 どうする、消すか。

 いやいや同郷人にそれはダメか。

 日本人には日本の法で対応する。

 それが私の中での最後のルールだ。


 忠告して、それでも変化がないようなら仕方がない。

 それでいこう。


「えーとカシスさん」

「なあに、イリムちゃん」


「……師匠は殺しちゃダメですよ」

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