第32話 「密室の定義」

 まずは現場だ、とJKもといカシスは調査を始める。

 その間、助手……の俺は他の客から証言を集めた。


 イリムは事件現場の入り口に立ち、さながら門番だ。

「私はいわばシーフなの。黒幕が魔法使いだとヤバイのよ」だと。


 まあイリムさんがいれば安心だ。

 あとその場合は黒幕をぶっ倒して引き渡し、事件解決となる。

 ……そっちのほうが楽だな。


 証言は、あまりめぼしいものは手に入らなかった。

 ひたすら一人息子を奪われた悲しみと怒りを述べる亭主には少し、うんざりしてしまったし。彼の立場からすれば当たり前の感情だろうが、その矛先が無実のアルマであるのは、ね。


 それと、商人から護衛の依頼のキャンセルを言い渡された。

 今日発つことができないとなると予定がだいぶ狂い、いろいろと調整があるそうだ。

 道程の半分として、金貨2枚は支払うというので了承した。


 2階に上がり、事件現場に戻る。入り口の門番はイリムと、もうひとり自警団も増えていた。現場保全的にはまあ、そうなるよね。


「どうよ、助手」

「……ええとだな」


 なんだかJK……カシスは、ちょっといきいきとしてるというか、なんというか。


「君はアレか、薬で小さくされたとかそういうヤツか」


「そうね。だからもし事件を説明するパートになったらアンタがやってね。

 女子供だといろいろうるさい奴もいるから」


 眠りの師匠……か。ふむ、悪くねえな。


 証言を簡潔シンプルに伝える。

 それと、俺の昨日の行動も逐一聞かれる。



「被害者は、この宿の息子で行商人……てか、昨日の私の取引相手。

 商売上手でおごり好き。でもって来年には宿を継ぐ予定だった」


「宿の亭主はみてのとおりね。えばり散らしてこの集落のボス。恨みはいくらでも買いそう。でも息子さんを溺愛してたのは本当みたい、と」


「ほかの証言はほぼなし。で、なに? 1階に引っ掛け棒を取りに行ったとき、小さな悲鳴?」

「ああ、かなりかすかというか、遠くなのかな? ギャッ、て感じ」

「ふーん」


「ところで、この部屋の調査は?」

「だいたいは」


 カシスの調査によると、この血溜まりの血は本物だと。


「人間のもの?」

「それね、科学が使えてやっとなの」

「そうか。吸血鬼でもいれば一発でわかるんだろうな」

「喧嘩売ってる?」

「いえいえ」


「この血は首吊りの前から、後から?」

「うーん、見えない、じゃないかな」

「見えない?」

「のぞき窓が小さくてさ、首吊り死体の足元ぐらいは見えなかった」

「ちょっと、ドアのむこうから覗いてくれる?」


 廊下にでて、のぞき窓から部屋を覗く。


「やっぱ狭いな、これ」

「私の体、どこまで見える?」


 いつのまにか、血溜まりの真ん中に立っているカシス。

 つい昨夜まで死体がぶら下がっていた場所に立つのは、けっこう怖くない?


「ちょっと、私の体、どこまで見えるの?」


 ん、アレ、………なんか。

 せまいのぞき窓で、視界のむこうにはJKで、そのセリフは。


「ちょっとエロいな」

「……はあ?……ってそうか、なるほど。次言ったら殺す」

「はいはい……ええと、膝下がギリギリ……だな」

「そう」


「血は見えるところもあるけど、昨日のあの状況じゃあどちらともいえない。

 ロウソクで薄暗かったし」

「違う。ロウソクで明るかったのよ。ロープが見えなきゃ意味がない」

「?」

「ちょっと、そのままドアを開けてみて」


 言われたとおりにドアを開ける。

 カシスが部屋の中央で、小さな木箱に乗ったまま立っていた。


「トリックは陳腐ね。あとは証拠探し……あるいは逃げ出した死体をとっ捕まえる」


 -------------


「つまり、首に縄を掛けてなんらかの台座に乗って、首吊り死体に偽装してた?」

「そ、ワトソン君にしては理解がよろしい。ま、こんなトリック、ホームズが呼ばれたら憤死するわね」


「んー、でもヘビを送り込んで、よっしゃ噛みつけとか、あれはギリギリでは」

「うるさい」


「第一、昨日目を覚ましたのがアンタだけ、ってのはまずおかしい。なんらかのかるい睡眠薬をアンタ以外に飲ませたか、全員に飲ませたうえでアンタにだけ解毒剤を飲ませたか」


「俺だけ……ああ、ウィスキーか」

「しかも奢ったのは死体さんにして宿の息子。細工するのは容易ね」


 ちょっと下に行ってくる、とカシスは階下に消えた。1分ほどすると戻ってきて、部屋に入ると懐からくだんのウィスキーを取り出す。この世界の名前ではアクア・ヴィテだっけ。

 てか、


「借りてきたのか」

「そう、一時的に借りてきたの」

「許可は?」

「非効率的ね」

「……。」


 ああそうか……シーフとか言うてたもんね。

 きゅぽ、とカシスが瓶の栓を抜く。


「くっさ!!」

 まあ、そうなるのね。


「この強烈な悪臭なら、薬を混ぜてもなかなか気づかないか」

「いや、あのね。それはそれでわりに繊細な味わいが……」


 JKに大人の味わいを説いてもしょうがないか。

 そもそもほんとに飲酒ダメゼッタイだし。


「これが証拠その1。中身を調べて解毒剤があれば、かなりいい。すり替えがあるかもしれないし、ないかもしれないけど、そんな余裕があったかはちょっと」


「これでアンタだけを起こし、目撃者をふたりにする。隙をみて逃げ出す手段にしては不確定要素が多すぎるけど、一種の賭けだったのか、なにか確信があったのか。結果的にアンタが下に降り引っ掛け棒を取りにいき、亭主は腰が抜けて朦朧せんもう状態。逃げ出すチャンスが生まれた」


 カツカツと宿の奥へすすむカシス。


「部屋のロウソクはロープを目撃者に見せ、首吊りを確信させること。ばらまいた血とあわせて黒魔術的な演出にもなるし一石二鳥」


「そして死体は、ここの窓から飛び降りた」

 カーテンをさっ、と彼女が引くと、半開きの窓が。


「……ん、よし」

「なんだ」

「手すりに擦り後がある。アタリね」


 俺にはまったく見分けがつかないが、すごいな『調査』スキル。


「今は外出禁止だけど、本体押さえちゃえばOKでしょ、イリムちゃん呼んできて」

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