第31話 「事件発生」


「……なんだ」

 尋常でない声で飛び起きたが、いまだ頭は半分夢の中だ。

 もしかして夢の中での悲鳴で起きただけ……か。


「誰かっ……ああ、そんな! 誰かっ!!」

 夢では、なかったようだ。


 むかいのベッドで寝ているイリムの顔をぺちぺち叩いて半覚醒させたあと廊下へ急ぐ。……が、ドアに手応え。そうだ、カギがあるんだな。

 内側からかんぬきを外し、廊下へでる。

 ふたつ隣の部屋の前で、亭主が腰を抜かし倒れていた。


「――あ、あああああああ……息子、息子が……」

「なにがあった!」


 亭主はぶつぶつ呟くばかりでらちが開かない。

 ドアにはのぞき窓があったので急いで中を覗いた。


 ロウソクの明かりに照らされて、男性が立っていた。

 いや、首には縄が巻かれ、それが天井に伸びている。

 かなり狭いのぞき窓なので全身は見えないが、これは……。


 思わず目をそむける。

 だが、この世界で大量の死と触れてきたからか、それほど動じていない自分がいる。


 ドアに力を入れる。だが開かない。


「亭主。カギはありますか」

「ああ……息子……跡取り……」

「おい、あんた!! この扉を開けるにはどうすりゃいい!!」

「……あ、ああ。…………カウンターの下に、引掛け棒がある……それを……」

「わかった!」


 急いで1階へ走る。

 カウンター……裏……これか。

 薄くて長い、みるからな棒を引っ掴む。


「?」


 今なにか……悲鳴のような……?

 いや気のせいか、急いで2階へ駆け上がる。


 2階の廊下では、まだ店主が腰を抜かし、ブツブツと呟いている。

 くそっ、なんで他に誰も起きてこない?


「亭主! これか、どう使えばいい!?」

「……ああ……あ、扉の、右に入れて、……あああああ」


 要領を得ないが、一度自分の部屋でかんぬきの位置は見ているのでなんとかなる。

 再度のぞき窓を覗く。


 死体がいない。


「――ハァ!? どうなってんだよ!!」

 縄が切れて倒れたのか、あるいは。


「おい! 誰か起きてこいよ!!」

 大声で叫びながら引っ掛け棒を差し込み、幾度目かの挑戦でかんぬきを引き上げる。


 マジで……冗談抜きに……と祈るような思いで扉を開く。


 そこには当然のごとく、死体なんて影もカタチもなく消えていた。


 亭主は今度こそ発狂したかのごとく大声をあげる。

 さすがに、というか。

 ようやく、というか。


 次々と他の客が飛び出してくる。


「師匠! いったいなにが……ってうわ、血だらけですね」

 ざわざわと人だかりができる。彼らの視線は、さきほどまで男が吊られていた部屋の中へ。


 ロウソクが数本、部屋の中を薄暗く照らし、部屋の中央には大きな血溜まり。

 そしてそれに浸るように1本のロープと血に濡れた魔法カイロ。


「息子が……息子が……消えた、消えた……いや……」

 ぎょろりと、獰猛な目つきで亭主はひとりの女性をにらむ。


「魔女だ! 魔女に消されたんだ!!」


 彼が選んだイケニエ羊は、アルマだった。


 ------------


 早朝。

 今俺たちはくだんの事件現場にいる。

 非常にまずい事態になった。


 あのあと、駆けつけた自警団によって一時的にみな軟禁状態。

 近くの街から本格的な衛兵や調査官、神官が到着するまではこのままだ。


 しかもそのうえ、アルマは部屋でほぼ監禁状態だ。


 どうやらこの「踊る白馬亭」のある集落では、ここの亭主が一番の有力者であり、彼の発言は絶対のようだ。


 彼が「息子が殺され魔女に消された。こんなことができるのは魔法だけだ。魔女は今、こいつしかいない」と言えば、みな従うしかない。


 血に浮かんだアルマの魔法カイロも、呪いのアイテム扱いだった。


 まさか、魔女裁判のようなものがある……とは思いたくはない。それにアルマの錬金術があれば、最悪実力行使はできると思う。

 幸い、彼女は武装解除されていない。


 彼女の持ち物に触れようとした自警団にはっきりと「それに触れたら呪われますよ」と警告したからだ。その時の声は、ちょっと普段のアルマからは想像できないぐらい冷え切ったものだった。


 だが、その発言は自警団の心象をかなり悪くしている。

 彼女だったら、もうすこしクールに弁明して……いや、過ぎたことはいい。


 第2発見者で、腰を抜かした亭主の代わりに扉の解除など率先して行ったおかげで俺は亭主から一定の信用を得ていた。

 それを利用して、半ば強引に事件現場を調べさせてもらっている。


 息子さんの死体は必ず見つけます……せめてきちんとお墓に入れるように……この三ツ星冒険者である私が、と。

 今、俺の手にはアルマから受け取った彼女の三ツ星証明書がある。


 金の光沢、みっつの星。

 監禁される直前、押し付けるように手渡された。


 コレを利用して、助けてくれと。

 彼女には世話になった。借りをいつか返したいと思っていた。

 それが今だ。


 …………しかし、


「ミステリーに魔法とか反則だろ。探偵の出番がねえじゃねえか」


 そうなのだ。仮にこの事件に魔法が使われていた場合、どうしようもない。

 本当に魔法で死体を転送なり消去されていた場合、どうしようもない。

 そんなのは、だって……


「ノックス先生が知ったら憤死するわね」


 振り返ると、JKが扉の脇で腕を組んでいた。

 えっ……オマエ……その、


「アンタがワトソンで、私がホームズ。それでOK?」

「……ええと」

「仲間を助けたいんでしょ?それに、アンタ調査とか観察のスキルは持ってるの?」

「いや……ない」

「じゃ、決定」


「――私が協力してあげる」

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