魔法使い殺人事件

第30話 「踊る白馬亭の夜」

 カランコロン……と扉に据え付けられたベルが転がるような音を鳴らす。

 店内は冒険者の宿より広めで、すこし開放的に感じる。

 旅人や行商人がメインなのだろう。


 そして俺の目の前にはJKがいた。


 女子高生である。

 だってブレザーにスカートに、Vネックのカーディガン羽織ってたらそりゃJKしかいない。


 ファンタジー世界ド定番の暖色系、木のぬくもり全開の宿にそんなのがいたら違和感MAXである。あまりの事態に脳がフリーズし5秒ほど固まる。


「……アンタ、なに? なに人の顔じろじろ見てんのよ」

 JKにガンを飛ばされた。


 ついでに彼女は腰に装備したレイピアに手を掛け引き抜きかけている。

 警戒態勢だ。

 もしくは変質者扱いだ。


「えーと……生き別れた妹にそっくりだったので……」

「……うそくさ」


 彼女はスタスタと宿の端、小さめのテーブル席に腰掛けた。

 むかいには行商人風の男性で、なにかの商談を取りまとめている。


「師匠? 妹さんがいたんですか」

「いやいねえよ」

「なんと!」


 商人に促されカウンター席につく。

 いや……でも……どう見ても……。


 チラチラとJKのほうを見てしまう。

 やはり、この世界にたまたまよく似た服があるだとか、そういうレベルではない。


 顔立ちも日本人そっくりだし(たまに街や村でもアジア系の顔立ちは少ないながらいたが)それがたまたまセットというのもありえない。


 黒髪ロングで腰まであり、前髪もけっこう長い。

 大和やまとなでしこに見えなくもないが、目つきはキツかったな。


「彼女が気になりますか?」

「ああ……って、」


 左の席から突然声をかけられた。

 イリムは右だ……誰だと振り返る。


 アルマがにこにこと座っていた。


「うおっ!」

「師匠さんはいつも驚いていますね」


「おお、アルマさん。久しぶりです!」

 イリムが満面の笑みで席から飛び降り、駆けつけ、アルマの手をブンブンと握る。


 この人は距離感とか気配のなさとかいろいろおかしいし、さらには神出鬼没まで追加された。腕はまず間違いないのだが、ちょいと変な人だと思う。


「王都への用事があるので、こちらへ寄ったのですけど」

「奇遇だね」

「しかし、あちらの女性がずいぶん気になるようですが……」


 これはどうしようか。

 アルマは俺がまれびとであることは、もしかしたら気づいているかもしれない。

 以前別れるとき、「どうか、バレないように」と警告してきた。


 可能性は高い。

 が、絶対でもない。


 もしアルマと戦闘になった場合、まずどうあっても勝てない。

 ここは黙っておくのが賢明だ。


「えーと……生き別れた妹にそっくりだったので……」

「妹さんはいらっしゃらないのでは?」


 意外に地獄耳だった。


「好みの女性だったので、つい」

「そうですか」

「ええっ!!」イリムがうるさい。


 しかし、本当に異世界人、つまりまれびとの場合接触はしておきたい。

 好きとは違うが、興味があるのは間違いない。


 と、またJKのほうをちらりと見ると、なんとこちらへ歩いてきているではないか。

 しかも明らかにご機嫌が悪そうだ。


「さっきからなんなの、チラチラチラチラ……気づかないとでも思ってる?」

「いやーそのね……なんつーか」

 アルマがいる手前、というか宿の食堂では直接聞けない。


「こちらの殿方が、あなたに好意を抱いているそうですわ」

「ぐは!」


 アルマさん……なんつー……。

 絶対狙ってやってるだろ!


「はぁー、パス。私おっさんには興味ないから」

「俺だってJKなんてお断りだわ!」


 まったく、この年代の女子は年上ならすぐおっさん呼ばわりしやがるからな。

 オマエとそこまで離れてないわ。


「…………。」

「なんだよ」


 JKはこちらをしばらく観察した後「……バカなのか、装ってるのか」と呟き、「いいわ。許したげる」と。


「ところで、そこのかわいい獣人の女の子はアンタのなに?

 まさか奴隷じゃないでしょうね」

「師匠はそんなひどいことしませんよー!」

「そうだそうだ!」


 JKにものすごく冷ややかな目でにらまれる。


「なに、師匠って……そういうプレイ? キモ」

「おうふ」

 精神ダメージでMPが減った!

 明日使える呪文の使用回数に響くなこれは……。


「師匠はですね、精霊術の師匠なんです。

 それ以外はすべてにおいて私のほうが上の存在ですが」とイリム。

「えっお前そんなふうに思ってたの」

「先日の件で特に」


 ああ、あのときの醜態はまあ、しょうがないか。

 とりあえず反論はやめる。


「……精霊術……アンタが?」

「人間だれしも取り柄はあるもんさ。のび君は射撃だったり、ああいう感じで」

「…………。」


 ん、アレ?

 今喋ってて気がついたけど、こういうあちらの世界ワードを使えばそれなりにさぐりを入れられるのでは?

 まあ、JKがのび君知らん可能性もあるけど。


「アンタ、つまり魔法使い?」

「そういうことになるな。ポッター君には敵わないが」


 あちらは即死魔法使えるし、いろいろ多芸だ。

 たまに音割れもする。

 アレには勝てない。


「じゃあさ、なんか使ってみせてよ」

「なんかって……」


 確か、チラと聞いたのだが街の中で魔法を使うのは基本、禁止だったはず。

 ここは街道の集落で、旅の宿だが……。


 コトリ、とアルマがカウンターにロウソクを置いた。


「これに試すぐらいなら大丈夫ですよ。わりとゆるいルールなんです」

「ふうん」


 そういえばアルマも初対面のとき、紅茶でヤケドしかけたイリムに氷をだしてたな。

「じゃあ、いくぞ」


 わざとロウソクの上、10cmあたりに焔を出現させ、フラフラと漂わせたあと着火した。ポッ、とささやかな明かりが灯される。


「あとは『火矢』とか炎を吹き出す『火葬インシネレイト』とかが使える」


「部屋の温度を上げたりとかは?

 やってみせてよ、少し寒いからこの宿」

「……うーん」


 たぶん、できるだろう。

 だが少しでも熱量をミスると大惨事になる。


「調整が難しいし、怖い。それに俺はエアコンじゃない」

「そう」


 興味をなくしたようにJKはくるりと反転し、自分の席へと戻っていく。

 取り付く島もなさそうだ。


「フラれちゃいましたね」

 クスクスと楽しそうに笑うアルマ。この人絶対、性格悪いわ。


「ところでエアコン、ってなんですの?」

「俺の村に伝わる暖房器具で、暖炉を効率化したものだ」

「それは、見てみたいですわね」

「みたらブッ飛ぶと思うよ」


 しかし、残念だな。

 やはりというか話してみてわかったが、彼女はほぼほぼ確実にまれびとだ。

 しかも日本人だ。


 理屈ではなく直感だが、まず間違いない。


 それはむこうも気づいていると思うのだが……まあ彼女なりの方針なりポリシーなりがあるのだろう。おっさんと長々話したくないという理由かもしれんが……。

 あっ、またMP減ったわ。


 まあ、イリムあたりに頼んで名前ぐらいは教えてもらおう。

 どこか、なにかの縁がまたあるかもしれないし。


 と、左のアルマを見るとなにやらカウンター上で小瓶や鉱石、器具を並べなにかの作業をしている。おお、なんか錬金術師ぽいぞ。


 しばらく見ていると、丸い金属の容器に薬剤やらなにやらを詰め、パチンと蓋をした。とたん、周囲の気温がぐっ、と上昇する。


「これをさきほどの彼女に、イリムちゃん。きっと喜ぶはずですわ」

「おおっ! 魔道具アーティファクトですね!」

「そこまでたいそうなものではないですし即興の試作品です」

「では!」


 イリムはてててててっ、とJKのもとへ。

 なんだかんだと話しているようだが、内容は聞き取れない。


 しかし、こうしてみてわかったが彼女は、イリムに対しては態度がだいぶ柔らかい。

 やはりサバサバ系女子でもあの可愛らしさには逆らえないのだろう。

 いいぞイリム、そのまま陥落させるのだ!


 しかし、しばらくするとしょげた様子でイリムが帰ってきた。

 手にはアルマの魔法カイロ。


「知らない人から魔法の道具は受け取れないそうです」

「そりゃそうか」


 所持したら剥がれない呪いのアイテムかもしれないし、最悪爆発する……ぐらいは警戒するか。


「あと師匠のことをいろいろ聞かれました」

「へえ」

 やっぱむこうも気づいている?


「ほんとに奴隷じゃないのか、とか。

 なにかされたらすぐに言いなさい、とか。

 あのおっさんが嫌になったら私のところに来なさい、とか」

「ははは、あやつめいいよる」


 でもまあ、イリムには心をひらいているようだ。

 そこを突破口に、と思ったのもつかの間、彼女は2階へと上がってしまった。


「私たちもそろそろ……」


「ちょっといいですか?」と男性の声。

 みると、さきほどJKと商談をしていた行商人だ。


「そちらの……魔法の温石ですか?それを買い取らせてはもらえないか」

「よいですけど、そんなに長持ちしませんわよ。せいぜい一晩持つぐらいか、そこらです」


「十分です。恥ずかしながら寒さに弱くて……金貨2枚でどうですか?」

「では」


 と、なんとアルマはこの取引だけで俺たちの護衛依頼の半分近くを稼いでしまった。


「そうだ、冒険者さん。さきほどは残念でしたね」

「あん?」

「目当ての女性に振り向いてもらえない……男はそんなことの連続です」

「はあ」

「マスター、この傷心の男性にとっておきのアクア・ヴィテを」


 男はカウンターに金貨1枚を置いた。

 すると亭主はなにやらぶつぶつ言いながら棚から瓶を取り出し、透明のグラスに注ぐ。


「ヤツのおごり、踊る白馬亭自慢の一杯だ」

 トン、と置かれた酒は琥珀色に輝き、木のような、焦げたような、潮風のような香りがあたりに漂う。


「旨そうですね、どうもありがとう」

「いえ」


「うっ……臭いです!」

「私もこの香りはちょっと……」


 イリムとアルマが少し離れる。

「ハハハ、女性には苦手な方が多いのですが……」


 男は、これでぐっすり眠れます、と2階へ上がっていく。


 行商って儲かるんだな……一晩のぬくもりのために2万円払っているようなもんだ。

 あるいは中身の解析でもするのか。

 それと俺に1万円、ほいと気まぐれに。


 では、私もお先に……とアルマももう寝るようだ。

 この酒の匂いが苦手というのもあるか。


 ひとくち、注ぐように呑む。

 これは……すごいな。ほぼほぼウィスキーだ。

 確かにこの世界でこれは金貨の価値がある。


 イリムから臭い臭い文句を言われながらも一杯をじっくり愉しんだ。


 その後、俺たちも半日歩きづめだったし、それからほどなくして2階へ引き上げた。

 疲れからか、ほどよい酔いからか、すぐに睡魔に誘われ、眠りの世界をむさぼる。


 深夜、宿の亭主の叫び声で叩き起こされるまでは。

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