interval 「王都へ」


 とりあえずの方針として、情報を集めるため王都へ向かうことにした。

 それに、冒険者の初級認定のためギルドを訪れなければならない。


 まれびと狩りがあった翌日に街を去るのはマズイだろう。

 用心するに越したことはない。


 とりあえず3日後とさだめ、準備に取り掛かる。

 幸い、資金には余裕がある。


 ひと月冒険者生活をしてわかったが、村などからの討伐依頼はだいたい金貨3~6枚分。分というのは、ほとんど支払いは銀貨が多いからだ。

 硬貨の価値はだいたい……


 ルクス金貨=10万円ちょい

 西方金貨=1万円

 西方銀貨=100円


 銀貨が100円というのは日本人にはありがたい。

 カンデラ銀貨という1000円に相当する硬貨もあるのだが、こちらはお目にかかったことがない。2千円札みたいなものか。


 ちなみに治癒魔法が込められたスクロールは金貨20枚ぐらいする。

 本当にただの『治癒ヒール』で、一人分、大怪我や骨折は治せない。


 ……カジルさんがくれた回復の太枝は最低40万はするわけだ。


「師匠、これで全部ですか?」

「そうね」


 食料、寝具、その他アイテム……準備は整った。

 あとは、ひと月お世話になった親父さんに報告だな。


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「そうか……ようやく、だな」

「ああ」


 明日行くよ、と告げると親父さんは1枚の依頼書を差し出した。

 イリムが「商人の護衛の依頼、目的地は王都まで。報酬ひとり金貨5枚」と読みあげる。


「旅のついでに護衛を請けるのは冒険者の基本だ」

「だが、一ツ星に認定されないと護衛の依頼は……」


 親父さんはにやりと笑った。

「ギルドはともかく、冒険者の宿なんてのはそこまでうるさくねぇよ。

 宿が依頼人に保証すりゃあ、こういうこともできるのさ」


「親父さん、ありがとうございます!

 ……師匠、当然請けますよね!」


 翌日、餞別だ、と親父さんからワインを貰った。

 ラベルのあるきちんとしたもので、この世界では上等ものにしかラベルはない。

 礼はまたこの街に寄ったときにたっぷりしてくれ、だとさ。


 -------------


 商人の護衛はかんたんなもので、彼のすすむ荷馬車の脇を囲うように歩くだけ。

 障害があれば排除する。


「あんたらが【樹海抜け】かい?」


 同伴の一ツ星冒険者からそう声を掛けられた。

 どうやら、あの街の冒険者たちからそういう渾名あだながつけられていたそうで。


「私は【槍のイリム】です!どうぞよろしく」


 とイリムが手を差し出す。

 相手は不思議な顔でとりあえず彼女の手を握った。

 そっちの渾名は広まっていないらしい。


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 野宿の夜。

 街道脇の大きな岩の影にて焚き火を囲い白湯さゆを飲んでいるとイリムから唐突に聞かれた。「師匠が元いた世界についていろいろ聞いていいですか」と、ささやくような声で。


 つい、とすこし離れたもうひとつの焚き火の輪を見やる。

 距離も離れているし、まあ大丈夫か。


「……俺の知ってる範囲ならね」

 最先端の技術を教えろと言われてもムリだし。


「師匠がいた世界と、この世界でなにか違いはありますか?」

「たくさんありすぎて困るな」

「たくさんですか」


「まず……そうだな。

 イリムみたいな獣人が存在しない。

 文明を営んでいる生き物がフツーの人間しかいない」


「エルフやドワーフも?」

「いない……つーか、エルフがこの世界にいるの今初めて知ったよ」

「いないのにエルフやドワーフがわかるんですか?」

「うーん……」


 もしかして俺の知ってるエルフと、ぜんぜん違う生命体かもしれないのか。

 エルフがムキムキの脳筋種族で、ドワーフがへろへろの軟体生物だとか。

 確かめてみよう。


「エルフは、ものすごく長生きで耳が尖ってる。魔法とか得意。

 ドワーフは、頑固で力持ち。鍛冶とか得意」

「ちゃんと知ってるじゃないですか」


 ほう……この世界でもそういう存在か。


「俺の世界では、彼らは物語の住人なんだよ。

 実際にはいないけど、お話の中にだけいる」

「…………?」

「イリムも知らないか?

 お伽噺とぎばなしとかで、実際にはいないけどお話の中にだけいる存在」

「……お伽噺はぜんぶ本当にあったことでしょう?」

「ふむ」


「例えば、師匠に精霊術を授けた【竜骨】ですが、彼は実在します。

 で、彼は土竜さま、水竜さまと激しい戦いを繰り広げ、肉体を滅ぼされ、大樹海に封印されます。これは実際あったことだと教わりました」


 なるほど、この世界ではお話、お伽噺はイコール歴史なのか。

 ファンタジーな世界だから、わざわざファンタジーを生み出す必要がないのか。


「ところで、成人でも人間より小さくて、すばしっこかったり隠れるのが得意な種族はいる?」

「うーん……エルフは成長を好きな時点で止められるので、そういうかたもいるでしょうね」

「ふむ」


 指輪を運ぶ種族はいないのか。


「あと、モンスターや魔法が存在しない」

「えええっ!!」


 これはかなり驚きなのか。


「魔物がいないのなら、かなり楽勝な世界ですね!」

「うーん」


 たぶん、魔物がいないぶん人間同士の殺し合いが多いんじゃねーかな。

 子どもに聞かせるような話じゃないし、これは黙っておこう。


 ------------


 そんなこんな野宿を繰り返し5日目、ようやく旅籠はたごに到着した。

 ここが街と王都との中間で、つまり中継地点だ。


 宿の名前は「踊る白馬亭」


 久しぶりのベッド、まともな料理。

 それらを期待しつつ俺たちは宿の扉を押し開けた。

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