第26話 「行きて帰りし」


「おう、お前ら!

 アルマから連絡があったぞ。よくこんな依頼で……って、どうした?」


 体をくの字に丸め、

 腹をさすりながら店に入った俺に宿の親父さんが怪訝な表情をする。


「さすがにどこか怪我があったか。だが、アルマの回復なら……」

「いえ、これはちゃうんです」


「師匠はときどき、とても子どもっぽくて困りますね」

 後ろからイリムの声。


「オマエだって子どもじゃん」

「なにおう!」

「あー、痴話喧嘩をしに来たのか、報酬を受け取りに来たのか、どっちだお前ら」


 親父にピシャリと言われイリムが「ちちち……そんなんじゃありません!」

 と全否定。

 そうだな、両方大人になろう。冷静になろう。


 カウンターに座り、タバコは……元々吸わねえしこの世界にあるか知らん。

 まあいい。


「親父……依頼の件、完了してきた。

 それからバーボンを頼む、連れはミルクで」


 親父さんはたっぷり3秒ほどフリーズした後、


「ばー……なんだって?

 あとミルクなんて腐りやすいモン、うちみたいな安宿じゃ置いてねぇよ。

 バカかお前」とぬかしおった。


「……なんだか、言っている意味はわかりませんがまた子ども扱いしましたね!」

 とイリム。すげえな、そんなこともわかるのか。


「まー、依頼の完了は確認済みだ。アルマから追加の連絡もある」

 さすが親父さんは大人だ。切り替えが早い。


「……追加の連絡?」

「依頼の内容、それから報酬の不備だ」


 親父さんの説明によると、依頼書の正確性はアバウトで多少のズレは許されるが、あまりにも内容とかけ離れている場合は問題となるそうだ。しかも、故意に脅威を低く申請し、報酬を安く値切ろうというケースはかなり悪質とされる。


 村からの依頼でゴブリン退治に行ったらトロールもいた。

 この場合は村人がたんに知らなかった場合が多いが、きちんと調べると実は襲撃の痕が村にあって……という場合もあるそうだ。


 今回のゴブリン退治だと、どうやら数が申告の3倍ほどだったそうで、これは村の被害や襲撃数を領主がごまかした可能性が高いそうだ。

 それで、アルマがギルドに通告、領主には直に話をしにいったと。


 結果、依頼書の不備が認められ、領主には厳重注意のうえペナルティ。

 俺らには追加の報酬ということらしい。


「ほれ、一人あたりの本来の報酬額5ルクス、それに違約金兼口止め料として2ルクス。あわせて7ルクスだ」


 ごとり、と音を立ててカウンターに置かれる14枚のルクス金貨。

 通常の金貨よりだいぶサイズがでかい。


「おおーっ! 報酬がいっきに7倍に!!」

「……口止め料?」


「あそこの領主さまはこれが初犯だ。次やったらバラすぞ……というわけさ」

「なるほど」


「しかし、正規の目安だとゴブリンの数は3倍なのに、報酬は5倍になるのか?」

 30匹の群れだと1ルクス。

 90匹……もいたのかあそこ、だと5ルクス。


「お前ら、津波ウェーブ喰らっただろ?

 ゴブリンはな、数が一定数を越えてかつ指導者がいると、大群で突撃してくることがある。それこそ個を顧みずにな」


 広場での、あの凄まじい突撃を思い出す。

 確かに津波さながらだった。


「群れの規模が60を越えだすと、あれの可能性がある。

 あれを洞窟でやられると、中堅のパーティでも呑まれることがある」


 特に、大規模火力がない、戦士や盗賊ばかりのパーティだと絶望的だそうだ。

 ゆえに津波が予想される依頼には中級以上の「魔法職スペルユーザー」が必須だと。上級の術師がひとりいれば、だいたいなんとかなるそうだが……。


「手紙によると、お前さんもだいぶ貢献したそうだな。

 イリムちゃんも前衛として申し分ないとあるぞ。

 『戦力として中級は確実』だと。あのアルマにしてはべた褒めじゃないか」


「そりゃあ……そうでしょう!」

 イリムがへへん! とふんぞり返る。


「……だがやっぱあいつ、チクチクと小言が多いなぁ。駆け出し相手に……。

 こういう細々したとこはとにかく仕事を繰り返せば嫌でも身につくんだよ」


「そりゃそうか」

「がーん」


「まあこんなの気にするな。今日は儂のおごりだ!」

 と親父さんはエールを注ぎだす。


「おいおい……真っ昼間だぜ」


「この宿では駆け出しが初めての依頼から帰ってこれたら必ずこうしてるんだよ。

 これは伝統で、しきたりだ」

 どん、と有無を言わさぬ雰囲気で大ジョッキサイズのエールが置かれる。


「いいですね、いいですね! とっても冒険者っぽい感じですね!」

 とイリムは嬉しそうだ。


 まあ俺も、こうして祝われるのは悪くない。

 それに親父さんはおごりと言った。


 呑まないという選択肢は無いやろ!


 ------------


 それからひと月ほど。

 いくつかの依頼を請け、仕事を順調にこなしていった。

 だんだんと最初のようなヘマは少なくなっていった。


 アルマの推薦もあり、俺たちはもう一ツ星の資格があるそうだが、ギルドのないこの街ではその手続ができない。そろそろ、南西にある王都とやらに行かねば。

 だが、だんだんとこの街にも愛着がわきつつあり、いつ行こうかと悩んでいた。


 そうして悩んでいる間にも依頼は来る。

 ゴブリン、コボルト、たまにトロールにも出くわした。


 王国の端っこと揶揄やゆされるこの街にも、いやだからこそ依頼は絶えない。

 中堅とされる冒険者パーティも、まだ街に帰ってこない。


 すると自然、この周囲の安全は俺たちにかかっている! と変な正義感もでてくる。実際には衛兵も領主の私兵も、たまに傭兵もいるというのに。


 傭兵といえば、先日すごいヤツがいた。


 トカゲ族……いわゆるリザードマンの戦士で、長剣2本をまるで短剣のように操る凄腕だ。その技術と剛力、くわえて長身から【短剣2爪のザリードゥ】と呼ばれている。


 森をでて初めて見る獣人族にイリムは興奮し、ぜひ手合わせをという流れになった。


 獣人は脳筋が多いらしい。


 そうして、イリムはコテンパンにやられた。

 二十本中とれたのは一本だけだった。


「嬢ちゃん、年はいくつだ?」とザリードゥ。


 仰向けに転がされたイリムは「……16です」と答え、彼は「これからガンガン伸びるころだな」と、にかりと笑った。


 彼は、これから北西の砦に向かうという。

 そこは、この街の中堅冒険者が出払っているという場所でもある。


「じゃーな、イリム。またどっかで再戦しようぜ」

 彼はプラプラとした大股の足取りで、街を去っていった。


 残されたイリム。

 プルプルと震えているが、まさか……泣いてないよね?

 イリムの顔をのぞき込む。

 はじけるような笑顔だった。


「師匠! 世界は広いですね!!

 またひとつ目標ができました!!」


 やはり、獣人は脳筋が多いらしい。

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