第27話 「夜の宴」

 ※すこしキツイ展開がありますが、次話ですぐ救いがあります。


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 今日は気分を変えて、いつもの宿ではなく街の表通りの大衆食堂にいる。

 店内は広く、ごちゃごちゃとした熱気が新鮮だ。


 イリムは濃いめのエールをちびちびいっている。

 こちらは同じくエールで合わせたあとは、興味本位で蒸留酒を頼んでみた。ドワーフの水というらしい。


 ドワーフがいるのか、という興味とこのファンタジー世界にまともな蒸留酒があるのか? という冷やかしからである。結果は驚き半分、落胆半分。


 ゲテモノのような味でもなく、さりとてドワーフ製というほど特別な味でもない。

 普通に買える1000円前後のウォッカといったところ。時代を考えるとものすごいのだが……。


 冷えていないのもいただけないなと思ったら、冷やしたやつは別料金のようだ。

 冷やすアイディアもあるようだし、このレベルが大衆食堂で呑めるのなら、もっと上級品もあるはずだろう。

 冒険してたらそのうちお目にかかるのかな。ちょっと楽しみが増えた。


「師匠、なにさっきからブツブツぶつぶつ呟いてんですか?」

「えっ」

「だからぁ、この世界だとか1000円だとかウォッカだとか……なんの話です?」


「うん、あんまり気にしないでくれ。酔っぱらいの戯言だ」

「そうですかぁ?」

「そうですよ」


 と答えたとたん、バーン!! と突然イリムが机を叩いた。

 びっくりして酒を吹き出す。

 ついでにまわりの客の視線も集まるが、一瞬でまた別の喧騒けんそうにかき消される。


「師匠、また嘘ついてますね!」

 ……うーん……その、まあ……。


「なにか、隠し事があるでしょう!

 村にいた間も、旅の間も、冒険中も、ずっと……なにか、なにか……壁を感じていました」


 イリムは顔を伏せて言った。


「師匠……師匠の記憶喪失は嘘ですね」

「……その……」


「ほら、それです。

 師匠は記憶喪失のことを聞くと、いっつもその顔をします」

「……そっか」


 そっか。

 まぁそうだろうな。


 イリムとはこの世界に来てからずーっと行動を共にしている。

 会わなかった日はない。

 彼女にはバレバレなのだ。


「……師匠の故郷で、なにがあったんですか?」


 故郷は別になんともないだろうが……いや、そうだな。

 いい加減、この少女に嘘をつき続けるのはだいぶ前から嫌になってきている。


 だから、

 ……言ってしまってもいいだろう。


 自分が何者なのかを。

 どこから来たのかを。


 この少女が一人前の冒険者である【槍のイリム】に成長するまで、妹に出会えるよう。せめてそれまでは彼女と旅を続けていたい。


 そのためには、信頼関係というやつが一番重要だ。


「イリム」

 少女の瞳を真っ直ぐと見据える。


「イリムの言う通りだ。隠してたことがある」

「…………。」


「言っても信じてもらえないかもしれないし、イリムにまた馬鹿にされるかもしれないけど……」

 まあいいか。


「――――俺は違う世界から


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 俺の言葉は、食堂の扉をけたたましく開ける音と、男の声にかき消された。


「おーいぃ! まれびと狩りだ!!

 表でさっそくはじめてるぞ!!!」


 途端、周囲の冒険者たちがざわつき出す。


「おいやべぇな先月もあったばっかだろ!」

「早く行こうぜオイ!」


 ばたばたと通りに向かう者、

 彼らの後からふらふらとダルそうについていく者。


「またかよ」

「飽きねえなあいつらも」


 苦笑や冷笑まじりに座り続ける者。


 様々であったが、自分は、見に行かなければならない気がした。

 なにか致命的に聞き逃してはならないセリフがあった気がした。


「イリム。少し待ってて。ここで、待ってて」

 ふらふらと人の波にのって表へでる。



 綺麗な通りだ。夜でも街灯が灯り、白い石畳を照らしている。

 その石畳の上を、周囲の人々に蹴られながらなにかこの世界には似合わないモノが転がされている。

 蹴る。蹴る。転ぶ。立ち上がる。殴られる。また転ぶ。みんなで蹴る。蹴る。


 彼はTシャツを着ていた。そう、とても馴染みのある服装だ。

 彼のあのTシャツは自分も見たことがある。そう、とあるありふれたブランドのマーク。その絵柄も、布地も、徐々に赤に染まっていく。凄まじい量の血を鼻から口から流しているのに、周りの人は気にしないのだろうか。


 人々は、口々に異邦人いほうじんだとか、侵略者だとか、世界の異物だとかわめいている。お前らのせいだとか子供を返せだとか死んでしまえだとか叫んでいる。泣いたり怒ったり笑ったりしながらの合唱は、だんだんと同じ言葉に収束していった。


 誰かひとりが刃物を使いだすと、すぐにみんなで使いだした。

 幾人もの刃物が彼に殺到し、あっ、という間に彼は死んでしまった。

 周りの合唱の言葉どおりに。



 頭が痛い、じくじくする。

 熱をもって膨張している。


 つまり、そうか、そうなのか。

 そういうことか?



「これでまた世界が守られたな!」晴れ晴れとした青年の顔。


「侵略者どもが! 何度来たって私たちは負けないよ!」正義に燃える女の顔。


「……すぐに死んじまって、こんなんじゃすまないよォ」なおも死体を刃物でもってたがやす老婆の顔。



 つまり。

 この世界では、この異世界では、


 周りのすべての顔がこちらを見ている気がする。

 顔の言葉は、すべて自分に向けて言っているのだろうか。


「ほかの世界からきたヤツは殺してやる」と。


 ぶるぶると足が震え後ずさる。

 とん、となにか小さくて暖かくて、優しいものにぶつかった。

 振り返ると、見上げてきた顔はイリムだった。

 待ってろって言ったのに……。


 彼女の顔も、いつも見てきた太陽のような笑顔ではなく、恐怖に染まったものだった。


「…………師匠……あなたも、そう、なの?」


 耐えられなかった。




 走って、走って、走った。

 どこをどう走ったのか、気付けば街のはずれの川辺りまで来ていた。

 とにかくここから逃げたかった。

 こんな世界から逃げだしたかった。


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 ※この物語はたまにシリアス、たまにダーク。

 そして最後はハッピーエンドです。

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