第25話 「アフターセッション」


 今晩は村に泊まり、明日の朝出立だ……ということでみなで宿の2階にいる。

 小川に面した宿屋には小さなサウナ風呂が併設してあり、すでに冒険の汚れは落としている。


 村の小さな酒場は村人たちでごった返していたのでちょっと遠慮した。

 アルマも「こういう酒場ではよく絡まれるので嫌いです」と。

 そりゃあそうだろうね。


 宿の狭い寝室は、ベッドが4つ。

 中央にテーブルと椅子。


 そのテーブルにワインやハム、チーズを広げささやかな祝杯をあげる。


 アルマがワインを優雅に傾け音もなくひとくち呑む。

 そうして「おふたりとも、三度目になりますが合格です」と口にした。


「……合格、というと?」

「冒険者としてですよ。すぐにでも一ツ星はとれるでしょう。

 なんならギルドに推薦状を書いてもいいです」

「おおお」


 三ツ星のアルマにこうして認められるのは素直に嬉しい。

 チーズとワインもより旨く感じるってもんだ。


「イリムちゃんは、不満そうですわね」

「…………。」


 言われてイリムをみると、たしかにそんな感じだ。

 ほほをぷくっと膨らませ、いまにもぶーたれそうな。


「……私と師匠の実力なら、二ツ星だって。

 私は槍の中級免許皆伝ももらっているんですよ」

「冒険者としてはまだまだです」


 ……確かに、今回。

 こうして初めて依頼をやってみていろいろ反省がある。


 死体にびっくりして声を上げてしまったり、

 敵地で目をつぶるという愚行を犯し、当然のようにその隙を突かれたり、

 怪我と大群のプレッシャーで集中がさだまらず、並列想起ができなかったり。


 だが、それでもこうして無事に生還できた。

 ならば、経験として生かしていくことができる。


「まあそう落ち込まずに。

 今晩は私の奢りです。ワインも上等、チーズもよし。

 新人ふたりの門出を祝いましょう」


 くいっ、とコップを掲げる。

 乾杯の文化……そういえば獣人村ではなかったな。


 こちらもコップを掲げると、イリムも真似をする。


「ふたつの有望な星に!」

「生きて帰れてよかった!」

「…えーと、なんかおめでとうございます!」


 三者三様、杯を掲げ、一気に中身を呑み干す。

 なんにしても、本当に、

 ……生きて帰れてよかった。


 ------------


 次の日の朝。

「急用ができたのでここで別れます」とアルマさん。


「ずいぶん唐突だな」


「今回の依頼、内容と報酬に問題があったので、

 その件についてこちらの領主とお話が。

 すでにギルドにも連絡を飛ばしてあります」


「……てことは完了報告も?」

「ですね、宿の親父さんを尋ねれば、とりあえず報酬はもらえます」


「その後は?」

「別件でそこから西に。いろいろと必要なものができたので」

「そうか」


 ここでアルマとはお別れか。

 次会うことはあるのだろうか。


「アルマさん! ありがとうございました!」

 とイリムがぺこりと頭を下げる。


 そうだな。

 彼女には何度も助けてもらった。

 というか彼女がいないと死んでいた場面はたくさんある。


 プロの冒険者としての手並みも十分見せてもらった。

 だから言うべきことはそれだろう。


「アルマ、ありがとう。」

「まあ、おふたりで精進なさってください。

 ……すぐにでも、追いついてほしいところですけど」


 彼女の癖なのか、後半の呟きはまたよく聞き取れなかった。


「そうそう、これをおふたりに」

 と指輪とベルトを手渡された。


「これは?」

「下級の『矢避けアヴォイド』の加護が込められています。

 ふたりとも、飛び道具の備えが疎かなので」


 矢避け……山の老師のスキルだったか?

 いやあれは風避けか。

 いずれにしろ魔法の品で、それはとても高価なはずだ。


「わあ、魔法の装備ですか!

 アルマさん、ありがとうございます!」

 とキャッキャと飛び跳ねるイリム。


 いや、しかし。


「あくまで下級です。過信はしないように。

 生き残る確率がすこし上がればいいなというお守りぐらいに思ってくださいね」

「はい!」


 どうして。


 顔にでていたのだろう。

 アルマはまっすぐに俺を見る。


「あなたたちに死なれると、私が損をするんですよね。

 そのためにいくらか出費するのは当たり前です」

「でも……」


「んーまあ、全部私の都合でやっているんですよ。

 だからあなたが遠慮することはないですわ」

「…………。」


「それと最後に……師匠さん」

「なんだ」


「どうか、バレないように」

「……えっ」


「じゃあまたいつか」


 カッポカッポと、御者のいない不思議な馬車に揺られ彼女は街道をすすんでいった。


 ------------


 イリムとふたり、街道を歩く。

 そうだ、歩くというこれが本来の旅なのだ。



「うううう!! スカスカです!!!」と指輪と格闘するイリム。


 見ると、小さな彼女の指には大人用の指輪は合わないようだ。

 意匠も男性用に感じるし……。

 だからそれを見越してアルマはベルトをくれたのだろう。

 ベルトなら好きな箇所に装着できる。


 それを説明するとイリムは「乙女は指輪がいいんです」だと。

 ……諦めるまで好きにさせるか。


 さきほどのアルマの言葉が気になるが、彼女の性格上ただのカマかけということも大いにある。

 だが、とりあえず忠告は守っておこう。



 野宿をし、次の朝。

 気がつくと左手の中指に指輪がはめられていた。


 イリムをみると、左腕にぐるぐるっとベルトが巻かれている。

 ……おお、追放されし堕天使感あるな。


 試しにポイッと石を放るとイリムの手前で、くいっと石が逸れた。


「すげえな」

「なにすんですか!」


 とイリムがこちらへ石を振りかぶるが、すんでのところで彼女を抑える。


「消費型かもしれないし、無駄遣いはできない……だろ? だから大切に扱おう」

「……なるほど、師匠はさすが頭がいいですね」


 にこりと笑うイリム。

 そうかわかってくれたか。

 直後、容赦なく腹パンをかまされた。

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