第24話 「太鼓の音が聞こえる」
気づくと、脇腹に刃が刺さっていた。
目を開けると、体のほとんどを焼かれたゴブリンがこちらへ倒れ込んでいる。
彼の手には小さな短剣が握られていた。
「――がっ!」
「師匠!」
「……まったく」
アルマがゴブリンを蹴り飛ばし、素早く俺の腹に刺さった短剣を抜く。
痛みに声が漏れるが、なんとか大声にならぬよう耐える。
「……毒はない。深さ、位置は問題ない」
ドドドド……と地響きのような音がする。
四方八方から。
「この部屋自体が罠ですか。……なかなかやりますね」
刺された腹を押さえ、気合で一気に傷口を焼く。
一度やったことのクセに、痛みは二度目も変わらなかった。
「師匠さん。その状態で精霊術は使えますよね?」
当たり前ですよね?
といったふうにアルマが聞いてくる。
「……ああ」
大丈夫だ。
なにしろ、この世界で初めて精霊術を使った時は、これ以上の大怪我だったのだ。
「ではあちらの窪みに」
アルマが指示する場所は、広間の端、3箇所ある出入り口をすべて見渡せる絶好のポイント……ではなく、その反対のささやかな窪みだった。
なぜ最高の場所ではなくこちらなのか。
考える余裕はない。
イリムの肩を借り、大急ぎで指示された窪みへ走る。
太鼓を鳴らすかのように、地響きがどんどん大きくなる。
「先ほどと同じです。私が右側、師匠さんが左側。漏れがあるなと感じたらそちらのサポートもします。イリムさんは好きなタイミングで飛び込んでください」
「はい!」
「あとは、最初の作戦通りに」
「わかった」
右の扉が蹴り開けられ、ゴブリンが溢れ出す。
左の入り口側、そこからもゴブリンが溢れ出す。
3箇所目はここからは見えない。しかしゴブリンが溢れ出しているはずだ。
足音と絶叫が鳴り響く。
広間に飛び込んだゴブリン達は、一目散に窪みへと殺到する。
俺たちとは反対側の窪みへと。
そこには、怯えて抱き合う俺たちの姿が見えた。
「……?」
なんだあれ、誰だ……?
その反対側の抱き合う俺たちに、もみくちゃにゴブリンが殺到し、刹那、膨らむように彼らは弾け飛んだ。
爆発の後、数を減らし混乱したゴブリンたちに、ひたすら『火矢』を叩き込む。
今できる最速で、ひたすら術を投げつける。
ややあってイリムが掛け声とともに飛び出し、間近に迫る敵をすんでで食い止める。
狭い窪地を利用し、常に1対2にまで抑えるようイリムが立ち回る。
彼女は的確に、次々とゴブリンを刈り取るが、だんだんと疲労がでてきた。
このままではまずい。
しかし、狭いこの場所で、彼女の肩越しに『火矢』を放つのは危険だ。
そこまでの自信はない。
「師匠! 私が合図したらアレを! 突き出して思い切りやってください!!」
アレって……突き出す……そうか!
イリムの意図を察し、火精を思い切り
「今です!!」
イリムが素早くしゃがむ。
その、さきほどまでイリムがいた場所に黒杖を突き出し、その先端を起点に火精を思い切り解放する。
「くらぇえええええええええええええ!!!」
ために溜めた『
まだだ、まだ、数が……できる限り……!!
気がつくと炎は収まり、目がチカチカとする。
限界まで放出した炎の力は、広間の反対まで至り壁を黒々と焼いていた。
だが、そこまでして。
そこまでしてもゴブリン達はぞくそくと穴から湧いてくる。
『火矢』をさらに並べる。
6発では足りない。さらに、さらに。
矢は、一本として形をなすことはなかった。
想像が、集中が、まったく足りていない。
イリムは槍をぐいと構え、さらに一歩前へでる。
確かにイリムなら、ゴブリンに引けを取ることはない。
1対3でも、なんなら1対6でも問題はない。
だが、あの、津波のようにせまる群れに飲み込まれたら。
いくら彼女でも。
「合格です」
後ろからそんな声がする。
いやに冷静で、この場にそぐわない。
テクテクと優雅に前に出た彼女は大声で宣言した。
「引いてください!」
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イリムが即座に後方へ飛ぶ。
アルマが両の手でなにかを投じる。
刹那、彼女より前にいるものすべてが炎の波に飲み込まれていた。
草原を焼き尽くす
広間に、咽るような空気が満ちている。
焦げて、粘つき、喉にまとわりつく。
「まったくこれでは割に合いませんわ」とアルマ。
「…………。」
「これが3ルクスの依頼……まんまと騙されましたわね」
「……あの、」
終わった、のだろうか。
あの大群は、すべて。
30どころではない、その倍以上……あるいは……。
「いえ、この群れの長がまだですが……このぶんだと逃げられていますね」
「なんと!」
「よほど度胸のある場合は別ですが……とそうでした。
師匠さん、刺された傷口を見せてください」
「……ああ」
普段なら照れがあるだろうが、今はまったくそんな気にはならなかった。
素直に脇腹を見せる。
「うーん、とっさに焼いて止血は悪くはないのですが、あとの治療が手間ですね。
コレ、刺し傷は塞がっているんですよね?」
「ああ」
「じゃあコレを飲んで」
と、小瓶を渡される。
一息に飲むと、すぐさまじわじわと脇腹が熱をもち、痛みが引いていく。
これは、回復魔法をかけられたときのあの感覚だ。
気づくと痛みは完全に引いている。
「これは……回復薬?
悪いな、一応俺たちも買ってあるから、後で返すよ」
「……そんなものよりずっとしますから、別の形で返してもらいますよ」
返答は呟くようで、よく聞き取れなかった。
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洞窟を出ると、すでに辺りは暗くなりかけていた。
あの後、洞窟の残りを探索したがほとんどもぬけの殻だった。
恐るべきことに、あの広間の襲撃に群れのすべてが一丸となって参加していたのだ。
何匹かはビビって隠れたりしそうなものだが。
「ゴブリンにはですね」
「ああ」
「まれに高い統率力を有した個体が生まれます」
「それが、今回の」
「でしょうね」
広間での戦いが敗色濃厚となるや、一目散に逃げたのだろうと。
そうして、この入り口の罠に掛かって死んだのだと。
「―――。」群れの長の、虚ろな瞳と目が合う。
アルマが仕掛けた罠は人間でいう首の高さに張られ、通りかかるものの首を無慈悲に切断した。通常のサイズのゴブリンなら高すぎる位置だが、彼にはちょうどよかったらしい。
入り口で作業していたのは罠の解除ではなく設置だったのだ。
最初から最後まで彼女は徹底していた。
それでいて余裕もある。
……これが上位の冒険者というやつか。
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