第23話 「ゴブリンの洞窟」

 次の日。

 馬車に揺られ揺られて目的の村へとたどり着いた。

 裏手には深い森が広がり、そのむこうに大きな山がひとつ。


 独立峰の足元に広がる広大な森。

 富士山を思い出す景色だ。


「さすがにあの山までは……」

「襲撃の頻度や位置を考えるとありえません」

「そか」


 あそこまで探索するのはさすがにないか。

 よかった。


 馬車を宿に横付けし、

 村で休憩がてら作戦会議を行う。


「まず、隊列を決めます」

「はい!」


「森では鼻や耳のいいイリムさんが先頭、ついで私、最後が師匠さん。

 特にイリムさんはその鼻で奴らの居場所を辿れると最高です」

「まかせてくださいよ!」


「森に罠がある可能性もあるでしょうが、イリムさんなら嗅覚で感知できるはず」

 へえ、野生のイノシシ並だな。


「奴らのねぐら……恐らく洞窟でしょう。

 そこから先は私が先頭で、罠や策に警戒、イリムさんは後ろで、敵が現れたらすぐに先頭を交代で。師匠さんと私はできるだけ横並びで、彼女をサポート」

「ちょっといいか」

「はい」


「イリムがキツそうだったら状況に応じて前衛を一部引き受けたい。

 一応、防御はそこそこできる」

「……どの程度です?」


「樹海抜けではそうしてた」

「いいでしょう」


「最後に、これが最も重要ですね。

 ……私が引け! と叫んだら、なにがなんでも私より後ろに下がってください。

 できるだけ速く、早く」

「……わかった」

「わかりました」


 最後の説明だけ、声の調子が違かった。

 自然俺もイリムも素直に了解する。


「では、行きましょうか」



 森をさまよって1時間ほど。

 あっさりとイリムが匂いを見つけた。


「人と魔物と獣が混じったような……これはちょっとひどいですね」

「垢だらけの着古した布、乾いた糞便の匂いは?」


「やー、あえて言わなかったんだけどしますよ、します!」

「当たりです」


 さらに1時間ほど森をすすむと、イリムが歩を止める。

「じっと動かないのが2匹。たぶん見張りですね。

 ……待っててください」


 彼女は姿を消し、しばらくすると戻ってきた。

 槍は血に濡れている。

 プレデターかよ。


 その暗殺者について行くと、急な斜面の途中に小さな穴が空いていた。

 とても何十匹と潜んでいるようにはみえないが……。


「では、隊列交代ですね」

 アルマは腰に小さなカンテラを着け、指でカツンと弾く。

 とたんに中から明かりが漏れる。


 そうか、明かりか。

 急いで火精を励起れいきし、小さな『灯火』を発生させる。

 イリムは『暗視』マンなので問題なし。


「ここから先は常に集中して、警戒を」



 ちょっとすすむと、止まって、ちょっとすすむと、止まって。

 止まるごとにアルマはしゃがみ込んだり、妙な粉を振りかけたり。


 恐らく、罠の解除などだろう。

 入り口でもなにやらゴソゴソ作業していたし、まるで罠の道だ。


 しかし、いくらなんでも。


「多いね」

「ですね」


 これだけ罠を仕掛けても大丈夫ということは、群れの仲間への周知が徹底しているということだ。

 と思って次の曲がり角をすすむと突然串刺しになったゴブリンの死体が。


「うわぁ!」

「ちょっと、声は控えて」


 俺の口を塞ぎ、固まるアルマ……20秒ほどそうしていたが、ほっとしたように手を離す。


「次からは、気をつけて」

「……すいません」


 死体を調べながらアルマは「だいぶ時間が経ってる……群れへの警告でしょうねこれは」と。


 注意喚起を守れない個体もいる、と。

 そこらへんはゴブリンらしくて安心した。


「そろそろ、相手と出くわすかもしれません」とイリム。

 この悪臭のなか、なんとか相手の匂いを嗅ぎ分けているようだ。


 気を引き締める。



 無理やりはめ込むように扉がある。

 恐らく、襲撃した村の玄関を拝借したのだろう。

 その扉のむこうからは俺でもわかるぐらい、複数のわめき声がする。


「んーーー……12かそこら。本丸ではないですが、最初の集団戦ですね」


 アルマはどうしてわかるのだろう。

 扉越しではイリムも正確な人数はわからないのに。


「扉を開け、すぐさま私と師匠さんで攻撃。私は右側をやります。

 その後イリムさんが突撃ですね」


 こっからは隠密終了か。

 火精を励起し、『火矢』を装填する。


 扉を開け、滑るようにふたり飛び出す。

 左側……5体のゴブリンが車座に座り、2体が棒立ち。

 座っている5体を目掛け、矢継ぎ早に『火矢』を繰り出す。


「ギャッ!!」「グギィ!!」「グゲッ!!」


 3本命中、3本ハズレ。座っているから楽だと過信したが、そのぶん的も小さく半分も外した。


 アルマが担当する右からも悲鳴と、強烈な擦過さっか音。

 その脇を抜けて、イリムが弾丸のように飛び出した。


 左側、俺の担当するエリアに駆けると残った4匹を一振りごとに刈り取っていく。

 右側、アルマの担当するエリアを見ると、一匹残らず氷の刃に切り裂かれ動くものはない。


 ……楽勝、というやつか。

 だが、高揚感は薄い。


 魔物とはいえ人型のものがこれだけあたりに転がっていると、正直気が滅入る。

 だがここは死地だ。冷静にならねば。


 目をつぶり、口で深呼吸する。


 ―――その隙を、突かれてしまった。

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