第16話 「旅立ち」

 日の出に白み始めた村に帰還すると、そこら中から大歓声を受けた。

 助け出した子どもたちの家族からはもちろん、以前面会を拒絶されたあの殺されてしまった少女の両親からも。


「村のためにありがとう」と静かに手を握られたときは不覚にも涙がこぼれてしまった。


 村の広場でひとしきり歓待を受けたあと、みな大急ぎで村中へ散った。

 周辺の村々も集まって、今夜は祭りを開くそうだ。

 さぞや盛大なものになるだろう。


 ウサギ獣人であり治療師であるトビンさんに連れられ、4人で治療を受けた。

 特にガルムさんの怪我がひどいらしく、石弓の矢が左腕の骨を砕いており、しばらくは安静。


 治療の奇跡をもってしても完治に一週間ほどかかるのだとか。

 ……元の世界基準だと、超早いけどね。


 俺とイリムは軽傷と判断されサクサクッと治癒された。



 イリムとふたり、丘から村を眺める。


「相変わらずすごいね、奇跡ってやつは」

「…………。」

「かさぶたになってるから痒くてしかたないけど、昨日の今日でコレだぜ」

「…………師匠」

「うん?」

「師匠はいつ、発ちますか?」

「……まあ、夕方前には……タイムリミットなので」


「……そうですか。行き先は?」

「とりあえず、地図はもらったので、北西にまっすぐ……かな」


「師匠……ほんとうに故郷のことは思い出せませんか?」

「……残念ながら」


 いい加減、この少女に嘘をつき続けるのは嫌になってきているが。


「……たぶん師匠の故郷はずっと遠いところなんでしょうね」

「…………かもな」


 自分の名前すら思い出せないけど。


 いろいろ世話になった人んとこ回ってくるわ、とイリムと別れる。

 アルバイトに通った果樹園や、もちろん自警団の詰め所。

 先々で今夜の祭りは楽しみだなと言われた。


 最後に、荷物をまとめるため宿の自室へ。

 アライグマの女将さんと娘さんは、大量の揚げ菓子とツマミを作るのに大忙しだ。

 赤酒ベリーワインも大量に用意しなければならないだろう。


 荷物をまとめがてら、世話になったみんなにむけ短い手紙を書いた。



 俺が去ったあと、ガルムさんが真相を話したあと。

 この村の人たちにどう思われるか。

 あれだけ良くしてくれたみなに、嫌われ冷たい態度で追い出されるその光景は死んでも見たくない。


 だから、その前に猶予をくれたガルムさんにも礼を綴っておく。

 宿の女将さん、娘さん。毎日うまい定食と快適な部屋をありがとう。

 自警団のみんな、よく顔をあわせたやつもいれば、そうでないやつも。

 今後もこの村を守ってくれよ。


 そして……カジルさん。

 カジルさんは俺にこの異世界で生き抜き戦う力と、特に気概みたいなものをくれた。訓練初日に腐ってた俺に、カジルさんは明日も来いと言ってくれた。その後も根気よく訓練に付き合ってくれた。

 彼が教えてくれた防御の技は、何度俺の命を救ってくれたか。


 そしてなによりイリム。

 彼女は初日からぴょこぴょこ俺についてきては、元気と明るさを振りまいてくれた。わけもわからず飛ばされて、困惑してた俺にとってこいつの存在がいちばん助かったのかもしれない。


 つれづれと綴った短い手紙は、いつのまにかそう短いものではなくなっていた。

 時刻は、すでに昼を過ぎている。


 村人の目を盗み、何食わぬ顔で大滑車まで歩む。

 途中、老猫人に「ずいぶん大きな荷物じゃの」と聞かれ「いえ祭りの準備です」と答えたときは焦ったが。


 いつも下へ訓練にいくときのように、滑車から伸びるロープをしっかりと体に巻く。発車のレバーを握ったところで、ふと村を眺める。


 ざあっと樹上に広がる家々。

 一面敷き詰めるように葉っぱがしげり、それを地面にして家が建っている。

 ほんとうに、変な村だ。


 もう見ることもないであろうその光景を目に焼き付けながら、ぐいと思い切りレバーを倒した。


 ------------


 そうして地上に降り立ち、これから旅のスタートだぜ……と無理やり元気を振り絞ったその正面にはイリムが突っ立っていた。


「なにしてんの、イリム」

「…………えっと、ですね」


「今日はさすがに訓練はないぞ」

「ええええーーっ!」

 相変わらずうるせえな。


「師匠」

「なによ」

「もしかしてバカなんですか」

「キミよりはマシだよ」


 つか、もしかして……。


「竜骨の眷属のうんたらで絶対許さん対象は俺だけでなく、イリムもなのか?」

「……追放……の逆ですね」

「ほう」


「村の、巫女さまの話は覚えていますか」

 うーん、ちょっとまってね……。


「水や土の精霊に頼んで、雨乞いやらいろいろお願いする」

「はい」

「すんごい偉いしマジ尊いけど、制限ばっかで窮屈」

「一部意味がわかりませんけど、正解です」


 なるほど。

 わかってきたな。


「もしかして、……イリムは条件引っかかっちゃてるのか」

「はい、その……いろいろと。

 特に土精さまと交霊できるのがマズいですねー」


 精霊術を教えてくれと言ったのはイリムなのだが……。


「……で、窮屈なのは嫌だから逃げる、と」

「それだけではないですよ!」


 とたんに真剣な目でこちらを睨むイリム。


「師匠」

「なんだよ」

「荷物の中身を見せてください」


 イリムにいわれるまま、バッグパックの中身をあたりに広げる。

 うーん、こうしてみると明らかに少ないね。

 イリムはぷるぷると震えている。


「……方位はどうやって知るんですか」

「切り株をみて……はこの森じゃ無理か」

 アマギリの芽も生えてないだろうし。


火口ほくち箱は……ああいや、いいです」

「それはバッチリよ! 火精ちゃんの力で―――」

「だから、言わなくてもいいです」

「…………。」


 その後も、アレもそれもコレもと、足りないものだらけだった。

 いや……キミの言いたいことはわかるよ、そんな責めんなよ。


「サバイバルとか、旅とかな。ぶっちゃけ初心者なんで」


 はぁー、とイリムの深いため息が大樹海の底に響き渡った。


「これも理由のひとつです」

「すまんね」


「それと、何度もいいましたが私は外の世界を見てみたいんですよ。

 大樹海の外も、その先も。

 ……来年か、再来年には村を出るつもりだったのでそれが少し早くなっただけです」


「ミレイちゃんは?」

「……ミレイも、来年の終わりにはもう大人の仲間入りです。

 私がいなくても……いやむしろ……私がいると……」


 イリムが言い淀む。

 なぜ言葉が止まったのか、俺にはわからない。

 だからゆっくりと彼女の言葉を待った。


「本当は、一年前。成人したらすぐ旅立つつもりでした。

 けど、ちょうどそのころ村で人攫いが始まって……」


「カジルとガルムと村長に止められて……大人になったばかりのはずの私は、

 ずいぶんひどい言葉をみんなに吐きました……当然ミレイにも……」


「でもみんな許してくれて……カジルなんかはそれまで以上に訓練に付き合ってくれるようになって……」


「でも、もう。

 ミレイを、村を脅かす存在を、みんなで取り除きました。

 ……むしろ、今日じゃないと私は出発できないんです」


 唐突に滑車が軋む音がした。

 誰かが下に降りてきているのだ。


「マズい! ひとまず隠れないと……って、イリム?」


 イリムは、はるか頭上に視線をやっている。

 彼女の視力からすれば、誰が降りてきているのかわかるのだろう。


「ミレイです」


 地面に降り立ったミレイちゃんに、まっすぐとイリムは向き合った。


「お姉ちゃん!」

「……なんですか」


「今日……その……」

「ええ、旅立ちです」


「お祭りの後でも……明日でもいいんじゃない……?」

「うーん、それはちょっとまずいというか……。

 ごめんねミレイ。お姉ちゃんもう決めたから」


 きっぱりと、そう告げるイリムは、いつものイリムよりはるかに大人びてみえた。

 たぶん、妹のミレイちゃんの前で精一杯そう振舞っているのだろうが。


「そっか……そうだよね。お姉ちゃんはほんとは一年前に旅に出てるはずで……それを私が邪魔をして……」

「ミレイ!」


 イリムがミレイちゃんに駆け寄り、正面から抱きしめる。


「……お、お姉ちゃ……」

「……ごめんねっ! あのときひどいこと言って! それを今まで謝れなくてっ!!」

「……それは……でも……」


 そうしてしばらく抱き合っていた姉妹を、俺は静かに眺めていた。

 彼女たちにしかわからない気持ちがあるのだろう。時間があるのだろう。そして当然、それを俺が邪魔するべきではない。


 しばらく……本当にしばらく。

 じゅうぶんな時間をかけた後、ミレイちゃんのほうから「ん……許す」と。


「それで、お姉ちゃんは、冒険にでるの」

「そうですね」


「こんな田舎の村だけで終わるなんてイヤだ。

 世界は広い、ここは狭い、私はいつか旅に出る。

 仲間もできて、恋もして。

 強くもなって、ドラゴンだって倒してみせる!

 ……お姉ちゃんの口癖だったもんね」


「あー……ちょっと恥ずかしいですけど、まあそうです」

「わかった」


 ぐい、とミレイちゃんが姉を引き剥がした。

「行ってきなよ」

「……ん」

「すぐに追いかけるから」

「えっ」


 ときょとんとするイリム。


「ミレイも村を出るんですか?」

「そりゃ、あんだけ子供のときからさんざん、村の外がいい世界が見たいとお姉ちゃんに聞かせ続けられたらね。妹の私は影響されるよ」


「で……でも外は危険で」

「昨日の今日でじゅうぶんわかったよ」

「……だったら」

「でも、私も見てみたいの」

「…………。」


 ミレイちゃんの目は真剣だ。

 彼女をダークでディッセンバーなお年頃だと馬鹿にしていたのがはるか昔のようだ。


「わかった。でもこれだけは守って」

「うん」

「カジルがいいと認めるまで。最低限それだけの力を身に着けてから。

 それまでは絶対に旅立つのは許さない」

「わかった」


 そう告げると、ミレイちゃんはてくてくと歩き出した。

 大滑車へと。

 村へ帰る道へと。


「もう……いいのか」

「師匠。さすがにそろそろ出発しないとガルムがですね、チクリやがってる頃ですよ」


 へへへと笑うイリム。

 確かにそれはまずいが、しかし。


「ミレイ!」とイリムの声。


 大滑車のレバーに手を掛けたミレイちゃんがびくりと固まる。


「いつか村を出たら、森を出たら!

【槍のイリム】という高名な戦士なり冒険者なりを探しなさい!」

「…………!」

「そうしたら私に必ず会えますから!!」


「……うん、……それまでお姉ちゃん……さようなら……」


 泣きながら、ミレイちゃんは滑車のレバーを押し倒した。

 するすると、彼女は樹上へと引っ張られていく。


 しばらくふたりで、滑りゆくミレイちゃんを眺める。

 と、イリムが強く俺の背中を叩き宣言した。


「師匠、行きましょう! 待ちに待った冒険のはじまりです!」

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