第17話 「サバイバル道中」

 あれから、……そう、あれから。


 村をでて、ミレイちゃんと別れ、ひたすら北西へすすむ。

 方角はイリムの持ってきた不思議なアイテムでわかる。……わかるのだが。


「ちょっとそれ見せてくれない?」

「どうぞ」


 手のひらサイズの透明な球体の中を、ふわふわと白いものが飛んでいる。

 俺にはたんぽぽの綿毛にしか見えない。


「これは……なにさ」

「……師匠はなにも知らないんですね」


 イリムの説明によると、これは白虫球といって、この白い綿毛(なんと虫だそうだ)を閉じ込めて方向を知るアイテムだとか。この世界には【黒森】と呼ばれる森があり、この綿毛はなにがなんでも常にその黒森の中心から離れようとする性質があるのだとか。


 地図でみると大樹海は大陸の南東に位置しており【黒森】は大陸の中央。あいだには王国の領土が広がっている。つまり、この綿毛が球体に貼り付くまさにその反対へすすめば、大樹海を抜けられるわけだ。


「この、まんなかの黒いやつが黒森なんだよね」

「そうです」


 大陸図のほぼ中央にべちゃりと、真っ黒なアメーバがひし形にのたくったような。

 最初は巨大な湖かなにかだと思ったものだ。


 ふむ。

 こんな、大陸の真ん中でデデンとこれだけ広大で、しかも縦横に伸び切った森があったら正直邪魔だろうに。

 よく見ると街道をぶった切るように森が伸びている箇所もある。


 でもまあ、ヨーロッパもアメリカも元は森だらけだったというし、これから人類に切り開かれていくのだろう。

 ……てことは森の外の世界も、中世ファンタジーな文明なのかな。


 しばらく歩いた歩いたところでイリムが「そろそろ野宿の準備をしましょう」と提案してきた。



「焚き火ぐらい別にいいじゃん。秒で点けられるんだし」

「いえ! 冒険最初の焚き火だからこそ、由緒正しき火打ち石でですね!」


 変なとこにこだわるな。

 まあイリムがいいならいいよ。


 火口箱を取り出したイリムは、得意げに着火の準備を始める。

 すでに集めておいた枯れ枝のしたになにやらおが屑を載せて……っていいや。

 あんまり興味がない。


「そういえばここまで、獣には会わなかったな」

「あぁー……そうなりますか」


 カンカンと鉄片と石を打ち合わせていたイリムは、にまっと笑いながらこちらを眺める。


「あれはですね、なんと……私のおかげなんですよ!」

「……はい?」

 意味がわからん。


「ただの獣は、必要以上に危険な狩りは犯しません。

 厄介な相手だな、とか、強そうだな、とか。

 とにかく分が悪そうな相手にはわざわざ戦いを仕掛けません」

「ふーん」

「だから、森をすすみながらしっかりと気を飛ばしていれば下手な獣は寄り付かないんですよ」


 つまりアレか。

 常時殺気立っていれば、虫よけならぬ獣よけになるのか。


「すごいね」と素直な感想を述べると「どんなもんです」とドヤ顔イリムさん。

 その顔を照らすように、ぱっ、と焚き火の炎があがる。

 この旅初めてのBONFIRE LITだな。


 初日は豪勢にいきましょう、とイリムは鍋に次々と食材を放り込んでいく。

 とっておきのタヌキの干し肉ですと取り出したときには思わずストップをかけたが、どうやらタヌキがまずいのは時期と部位によるそうで、こいつは大丈夫なときのとっておきの肉だそうだ。事実放り込んでしばらくすると肉のいい香りが広がる。


 そして「豪勢といえばやっぱりコレですよ!」とイリムは赤酒ベリーワインを取り出した。クミン村特産の(……というか酒はこれか、ハチミツ酒しかないのだが)赤い実もぎもぎから作る濃いめの果実酒だ。

 旅立ちを祝う祝杯にはふさわしいだろう。だが、


「さすがに野宿で酒はマズくないか?」

「大丈夫ですよ!

 村からそう遠くないこのあたりの獣はまだまだ楽勝です!」

「……うーん」

「この先、これだけ気楽に野宿できる場所はありませんよ?」

「…………。」

「昨日は戦いにつぐ戦い。今日は冒険初めての野宿。

 ……どこかで気を抜いておかないと、確実に潰れます」


 まあ、それは一理あるのかな。

 こちらの表情から察したのか、イリムは勢いよく赤酒の栓を抜いた。


「今夜は村でもお祭りです。

 私たちも楽しみましょう!」


 食べて、呑んで、互いに村での思い出を語り合った。

 イリムの話のほとんどは、妹のミレイのことだった。

 そこに育ての親の白猫村長や、兄貴分のカジルさんが混じり。

 ガルムさんとは子供のころからあんな感じだったそうだ。


 途中でふと、疑問に思った。

 ここまで村や妹のことを楽しそうに語る彼女は、どうして村の外に出たがっているのか。それを聞こうとしてイリムを見ると、すでに静かに寝息を立てている。


 丸まるイリムを毛布でくるみ、俺はさてどうするか……まあ、見張りだよな。



 大樹海を強行軍で進み、迷い、何体かの獣を倒し、狩って食べ、7日ほどすぎた。

 獲物の解体や調理はイリムが担当してくれたのは助かった。

 自分にはそちらのノウハウは全くない。

 無人島や山奥でサバイバルゼロ円生活してるような野蛮人ではないのだ。


「イリムは獣をさばいて食うのは抵抗ないんだな、ケモノなのに」

「ないですよ? これらは糧、われわれは狩猟者ですから」


 犬っぽい意見だな。

 でも3日前に倒した狼はさばかなかったし、やっぱ犬ルールなんだろう。


 そういえば前から聞こうと思っていて聞きそびれたのだが、彼女は犬の獣人でいいのだろうか。村を出た直後だと両親や妹を思い出させるような質問は避けてたのだが、そろそろいいだろう。


「ところで、イリムはいわゆる犬の獣人でいいの?」

「えっ」


 まずったかな。


「いえ、ハーフですよ」

「ええっ!」


 この世界、ケモノとヒトで子ども産まれるのか……。

 自分にその属性はないので素直にドン引きである。


 イリムはかわいいと思うし村を出ることになったキッカケというか責任というかで、守ってやらねばとは思うがそういうのではない。

 不意に飛びかかるように抱きついてきてドキッとしたりその満面の笑みでほっこりしたりするが、断じてそういうのではない。

 クォーター、そういうのもあるのか! とかもない。


「犬人と、キツネ人のハーフです」

「あっそう」


 まあなんだ、そうか。

 フツーだな。


「興味ありげに質問したわりにはお塩な対応ですね」

「いや、びっくりすると表情筋が固まる体質なんだ。だからすごいびっくりしてる顔だよこれは」

「師匠、バカにしてますよね?」


 しかしそうか……ハーフか。

 そのわりにはケモミミにキツネみたいなしっぽ以外はふつうの女の子だが。

 たぶんどこかの先祖にヒトが混じっているんだろう。

 そいつは勇者だな。

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