第13話 「シンボルエンカウント」


 枝葉の洞窟をしばらくすすむと、先頭をいくカジルさんが足を止めた。

「この先、いる」


 ガルムさんがすかさず前にでて、鼻をすんすんと利かす。

「建物がある。外に見張りは3人。中はわからん。

 ……どうする?」


「外は俺が仕留める。中は……臨機応変にいくしかあるまい」

「つまり?」とイリムが口を挟む。


「できるだけ素早く子どもを確保。できるだけ素早く敵を排除。できるだけ子どもを優先」

「なるほど」


 スッ、と本当に音もなくカジルさんが歩をすすめ、滑るようにトンネルの奥に消えていった。


 しばらく……1分ほどしてガルムさんが「合図だ」と腰を上げる。

 俺にはわからないが、イリムも耳をぴくりとさせたところをみるに、人間には聞き取れないんだろうな。


 10メートルほどすすむと、視界がぱあっとひらけ、はるか下方に苔と根上りで埋め尽くされた地面がみえた。今まで通ってきた枝葉の洞窟から、小さな吊橋が伸び、大樹の幹に小屋が張り付いている。


「こんなところにこそこそ隠れてやがったか」

 ガルムさんが唸る。


 ……よくこんな場所に……サイズもふつうの一軒家はあるし……ようやるわ。

 こんな労力をかけるほど、獣人の子どもは実入りがいいのかね。


 と、その小屋の入り口で屈んでいるカジルさんに気づき、みなで慎重に吊橋を渡る。


「カジルさん、見張りは」と俺が聞くとカジルさんは血に濡れた槍でくいっと下を指した。

 あっ……そう。


「入り口は正面のここしかない。しかしここから全員突入は上手くない手だ」

「どうします?」と聞くと「3方から攻める」と答えが返ってきた。


 計画はこうだ。

 身軽なカジルさんとイリムがそれぞれ小屋を登り、一番人質がいる可能性が高い2階部分からカジルさん、

 玄関からもっとも遠い場所からイリムが侵入。

 なにか騒ぎが起きたとたんにガルムさんが正面から突撃。

 俺は彼のうしろに付いて、揺動ようどう&護衛。


「下手に攻撃されるほうが邪魔だ。手練の後ろにさらに味方がいる。敵にそう思わせる。それがオマエの役目だ」


 ガルムさんに釘を刺される。

 このひとはほんと……どストレートだね。

 まあもう慣れたけどさ。


「それと」

「はい」

「子どもを守るときは、自由に動いていい」

「……わかりました」


 ぐっ、と黒杖を握る。

 ミリでも信用されたなら十分だ。


 しーんと、時間が過ぎる。

 ふたりが屋根に消えてからしばらくたつが、意外なほどステルスが成功しているのだろうか。


 ……意外といえば、ずいぶん頭が冷静だな。これから突撃だというのに。


 この世界にきて、いや、まえの世界から数えても産まれて初めての実戦では。

 俺はパニックになりまともに戦えやしなかった。

 少女ひとりすら守れやしなかった。

 なにが自警団だ。


 今は、あのときにくらべ頭もマトモだ。

 棒術での防御もマトモになってきたとイリムに言われた。

 いざとなれば……いや、これは最後の手だが、精霊術を使うのに躊躇ためらいはない。


 そう決意したところで、目の前の小屋中から男たちの怒声と子どもの悲鳴が鳴り響いた。


「ウグルゥゥゥゥゥアアアアアアアアアアア!!!」


 まさしく獣の咆哮をあげながらガルムさんがドアを蹴破る。

 気圧されながら彼のあとに続くと、すでに目の前では男がひとり切り伏せられていた。

 肩口から股下まで、まさに一直線。

 袈裟けさに両断された人体がごとりと床に散る。


 ガルムさんは血に濡れた長剣を肩に担ぐと、再度盛大な咆哮をあげた。

 正面からその迫力に気圧されたのか、部屋にいた3人の男は体を硬直させる。


 なん……だ、コレ?

 背後にいる俺でさえ、ビリビリと威圧される。

 一緒に連れていた火精たちも、心なしか怯えているようだ。

 ただの雄叫びとは思えない。


 ……2、3秒固まっていたのか。

 気がつくと部屋に立っているのは俺とガルムさんだけだ。


「次いくぞ」

「あ、はい」


 けたたましく次のドアを蹴破り廊下をすすむガルムさんに必死に付いていく。

 正直、部屋の状態は直視できなかった。


 廊下をすすみ、曲がり角に差し掛かったところでガルムさんが「下がれ!!」と俺の体を突き返す。

 瞬間、彼と俺のいた空間にタタタッ、と連続してなにかが通り過ぎる。

 壁をみると、太く黒い棒……矢か?


「石弓だ」

「いしゆ……クロスボウか」

「オマエら人間のオハコだな」

「へえ」


 飛び道具大好きなのはこっちの人類も同じなのね。


 どうするか、こちらも『飛び道具』を使うべきか。

 使うべきは今でいいのか?


 と、上階からはカジルさんのものであろう戦闘音、廊下のむこうからはイリムの裂帛の叫びが聞こえてきた。ふたりともまだ無事なことに安堵すると同時に、今このときも戦っているということで、すぐにでも助けに行くべきだ。

 ―――よし、やるか……と決意を固めたところで、ガルムさんがすっと身をかがめた。


「俺が突っ込む。いいと言うまで顔を出すなよ」

「へっ」


 と俺の返事を待たず、ガルムさんは曲がり角のむこうへ身を滑らせる。


「オイ!でたぞっ!!」「そんな!」


 あえて咆哮なしの突撃に虚を突かれたか、敵はそんなマヌケな声をあげた。

 それでも何人かは対応できたのか、クロスボウの発射音が複数と、外れた太矢がこちらの壁に突き刺さる。

 直後、三度目の咆哮があがり激しい剣戟音が響きわたる。


「クソッ!」


 すべて外れたのか、どうなのか。

 廊下の先の様子が気になるが、俺の力量だと顔を出した瞬間頭を吹き飛ばされてもおかしくない。

 ぐっと耐える。


 秒か、分か。

 しばらくして「でてこい」というガルムさんの声で曲がり角から飛び出す。

 廊下は……暴風が通り過ぎたあとのようだった。


 バリケードは蹴り壊されあたりに木片が散り、それ以上に数えるのも億劫なほど幾人もの死体が散っている。

 靴を濡らさずにガルムさんに近づくのは不可能だったので、構わず歩をすすめる。


「5人、2階に行って、2人、奥に行った」

 見ると、彼の左腕と左肩には太矢が突き刺さっていた。


「――大丈夫ですか!」

「問題ない。右ならまだ振れる」

「しかし……」

「俺は上に行く。オマエはイリムを援護しろ」


 返答を待たず、彼は階段を素早く登っていく。


 その背中に「すぐに追いつきます!」と叫びながら、俺は廊下の突き当りへ駆けてった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る