第12話 「襲撃」

 見回りの夜。

 そろそろ交代かなと曇りの夜空を眺めていたら、

「ピィィィイイイイイイッツツ!!」と村中に警告の笛が鳴り響いた。


 ――体に緊張が走る。

 とっさに黒杖こくじょうを握りしめ、笛の音の方向へ走った。


 息を切らせながら走った先で、イリムが崩れるように地べたに腰を下ろしていた。

 彼女の視線のさきには彼女の家があり、その入り口のドアは無残に破壊されていた。


「――イリム! 大丈夫か!!」

 嫌な予感を振り払うように彼女に駆け寄る。


「ミレイが……ミレイが……」

 と顔をぐしゅぐしゅに濡らしてイリムが俺にしがみつく。

 彼女の頭を撫でながら状況を整理する。

 ……そうか、たぶん……ミレイちゃんが……。


 ドアを失った玄関から、カジルさんが出てきた。背中に白猫村長を背負って。

 村長は肩から出血しており、巻いたばかりであろう布がみるみる紅で染まっていく。だが、命に関わる傷ではないだろう。

 

 ……こういう事態でも冷静に判断できてきた自分にすこし驚く。


「……イリム……すまんのう……儂ではミレイを守れなんだ……」

 ぽん、と村長がイリムの肩に手を置く。


 それがきっかけになったのか、イリムはぐい、と涙を袖で拭うと立ち上がった。

「私が助けます。……今すぐ、後を追いましょう」


 カジルさんは村長を仲間に託し、ガルムさんと一緒に現場の調査をしている。

 鼻のきく狼人であるガルムさんは適任であろうが、なかなか苦戦しているようだ。


「……やつら、匂い消しの……」「……小賢しい真似を……」

 渋い顔で言い合っている声がこちらまで聞こえてくる。


 追跡はとても高度な技術だ。

 鼻が利くガルムさんやカジルさんでも難しいとなると……。


「師匠」とイリムの静かな声。

 見れば彼女は、手に松明たいまつの燃えさしを握っていた。

 ずいぶんと小さい。


「恐らく、奴らのです」

 そうか。

『暗視』なんて持たない人間が夜間に移動するさいどうしたって光源は必要になる。

 今夜のような曇り空の日は特に。


「これで、奴らの後を読めますか?」

「……?」

「師匠には火精さまの気配がわかるんですよね?」


 言われて、なるほどと納得する。

 この村で松明なんて必要なのは俺ぐらいだ。

 俺以外の松明の通り道があれば、それは俺以外の人間の通り道というわけだ。


 精霊を『視る』モードに切り替える。

 うっすらと、北の路地へと続く松明の痕跡が感じられた。


「こっちだ」と指をさす。すぐにでも追わなかれば。

 歩きだそうとイリムの手を引くが、ぐい、と彼女に引き返される。


「師匠」

「なんだ?」

「師匠に、言っていなかったことがあります」

「それは今する話なのか?

 そんなことより、ミレイちゃんのほうが心配だろ」


「男の精霊術師は、この村では禁忌です」



 …………。

 まあ、なんとなく予想してたことではあるけど。


「そうか」

「だからこの先、私たちだけで追跡します」

「……わかった」


 戦力として二人しかいないのは不安だったが、火精の気配を根拠に追跡する以上、他の人は呼べない。

 そして今は、アジトを見つける数少ないチャンスである。



 追跡を始めて木々の丘をふたつ越えただろうか。

 この樹上世界では大樹のひとつひとつが丘をなし、それが延々続いている。

 曇りで月明かりに乏しく、遠くまで見ることはかなわないが……。

 そして追跡はイリムの『枝読み』頼り。

 自分の正確な位置はほとんどわからない。


 しかしこの精霊を『視る』モードは、気休め程度の暗視効果もあるようだ。

 おかげで一度も足元を踏み外すことなくここまでこれた。


「師匠……コレって……」

「ああ」


 樹上の丘の中腹に、葉っぱで巧妙に隠された横穴がある。

 トトロに出てきた枝のトンネルみたいだ、と場違いな感想が浮かぶ。

 周囲に人の気配はない……かな。


「おい」


 と後ろから声を掛けられたと同時に、口をふさがれた。

 ……振り返るとカジルさんだった。


 暴れる意思がないのをジェスチャーで伝えるとあっさり解放してくれたが、その眼は厳しい。

「どうやってここまで追跡してこれた?」

 まっすぐに、正面から俺を見る。


「あの村で人間はおまえだけだ。そしてあれだけ長く村にいれば匂いは覚える。

 あの現場からこつ然といなくなったおまえの匂いを辿った。

 そうしてひとつまえの丘でおまえたちを補足してみたら、追跡を主導していたのはおまえだった」


「あの、それはですね」

「イリムは黙っていろ」


 ……これは、正直にいうべきか。

 客観的にみれば、俺が人攫いの仲間で、イリムを騙してアジトまで引き込んでいるようにもみえなくもない。

 カジルさんにそう疑われるのはイヤだしな。


「殺されるほどの罪じゃないんだろ?」とイリムに聞いてみる。


 イリムは「ええ……でも……」と歯切れが悪い。

 まあいい、もう決めた。


 カジルさんに自分が火の精霊術を使えること、人攫いたちの松明の残り香を辿ってここまできたことを説明した。

 彼はしばらく、ううむ……と唸っていたが、簡潔かんけつに「腹の傷はそれで焼いたのか?」と聞いてきた。


「そうです」

「そうか。どうりで受け答えがおかしかったわけだ」


 バサバサっと、カジルさんの後ろからガルムさんが現れる。


「カジル、状況は?」と問われたカジルさんが眉間を押さえたまま横穴を指差すと、ガルムさんが獰猛に口を開いて答えた。

「いよいよやったな。今晩、奴らにケリをつける」


 殺気をみなぎらせ嬉々とした様子のガルムさんとは対照的に、カジルさんは元気がない。


 しばらくして、そうだな、今考えることではないか……と呟いたカジルさんは

「他に何が使える?」と俺に小声で聞いてきた。


「小さいのと大きいのを撃てます」

「人を殺せるぐらいか」

「……はい」

「絶対にこの先使うな」

「…………。」


 はい、とは言えなかった。

 イリムやカジルさんはもちろん、村の誰かがピンチになったら躊躇ためらいなく使うつもりだ。あの日、血を流して死んだ少女の虚ろな瞳と、竜の爺さんの蔑むような嗤い声が蘇る。

 あんな思いはもうたくさんだ。

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