第11話 「師匠と弟子」
なにかが地面にうぞうぞ……。
そりゃこんな大自然真っ只中の森の中なら、ミミズだってオケラだっているんじゃないの。つーか俺は虫類は大っ嫌いなのでそういう話題はNGなんだが。
「今まで何度も大樹海の下に降りてきて、こんなものを見たのは初めてです」
あっそう。
そりゃあ意識をきちんと向ければ足元は生命だらけだろうさ。
考えたくもないけどね。
美味しい野菜がとれる畑にはミミズが盛りだくさんってのはあえてシャットアウトすべき情報なのです。
「……師匠。これが精霊さんなのですか?」と彼女が地面を指差す。
……イリムが指差す地面を睨むが、特になにも見えないのだが……。
「地面にうぞうぞ、白い毛玉がたくさん見えますが、師匠には見えませんか?」
「……いや、全然」
「そうですか」
イリムはしばらく地面を眺めていたが
「今日はひどく疲れたので寝ます。それと今日のことは絶対秘密に」
と、テクテクと大滑車のロープへと歩いていった。
するすると樹上へと引き上げられていくイリムを眺めながら、なんとなく彼女が見たものの察しがついていた。
次の日。
イリムと一緒にまたもや大樹海の底にいる。
「イリム。今日も同じものが見える?」
「はい。見えますね」
よし。つまり昨日のはショックによる白昼夢ではなかったようだ。
「たぶんイリムもわかっていると思うけど……」
「土の精霊さまですね」
「……そうだな。俺が見えるのは火の精霊だけだから、イリムの見てるものはわからないけど」
恐らく、見える精霊には個人差があるのだろう。
「……で、師匠。ここからどうやって精霊術を使うんですか?」
これは、自分の感覚をそのまま伝えるしかないだろう。
「まず、精霊に念というか命令を送って、自分の近くに来てもらう。
こっちにこいって感じだな」
むむむむーとイリムが唸る。
とにかく唸る。すっごい唸る。
「だめですね」
「全然だめ?」
「なんというか……逆に反発されている気がします」
ふーむ。
火精の場合はそれでうまくいくんだけど……精霊ごとにいろいろ違うのかもな。
「じゃあ自由にやってみてくれ」
「ええっ! ずいぶん投げやりですね!」
「これも修行だと思いたまえ」
ええーっと返すイリムだが、俺のときなんか死にかけで放り出されてノーヒントだったんだぞ。だからキミも頑張りたまえ。
うーん、うーんといろいろ試していたようだが、結局この日はなにもなかった。
さらに次の日。
昨日と同じようにうんうん唸るイリムを見てるとさすがに不憫になってくる。
「ちょっとイリム、
……うまくいかないようならやっぱり止めてもいいんじゃないか?」
人には得手不得手がある。やはりイリムは戦士型で、こういうのは向いていないんだろう。しかし彼女は無視してひたすら唸っている。……うーむ。
「……あのさイリム、」
「ちょっと師匠黙ってて」とそっけなく返される。
……まあ、気の済むまでやらせるか。
俺は俺で、いろいろ練習しないといけないし。
カジルさんとの訓練は2日に1回にシフトしているが、基礎練習はちゃんと毎日やっている。サクッと殺されるのは嫌だからね。やはり防御は大事。
森の下に降りての訓練では攻撃手段である精霊術がメインだ。
『火矢』を何度か奔らせた後、とりあえずこの術に関してはこれで完成としておく。
とっさに放つ飛び道具としては十分だ。
あとは、この樹海にいるという大型の獣にも効くように『もっと威力がある術』と
多数の敵に囲まれたときに対処できる『範囲攻撃』だ。
どちらも候補は考えてある。
『火矢』にもっと力を込めれば、ときたま発動する的を貫くほどの威力になるはずで、これはとりあえず『
範囲攻撃は、『火矢』を複数矢継ぎ早に放つか、同時展開するか。こちらのほうが難度が高そうだ。名前はとりあえず保留。
今日はそうだな……『火弾』の練習をしよう。
いつここで猛獣に襲われるかもわからんし、早いほうがいいだろう。
さらにさらに次の日。『火弾』の練習に四苦八苦していると、
「師匠ーーーーっ! できました!!」との大声とともに腰にどーーーんと衝撃が走った。
「ぐふっ」
腰……腰が……まだなったことないけどこれはギックリ腰なみの痛みなのでは……と涙をちょちょ切れさせながら振り返ると、
「見てください!」とイリムがふんぞり返っていた。
なんやねん。喧嘩売ってんのか?
「ほらほら師匠!
ついに土精さまがこちらに来てくれましたよ!……見えませんか?」
そういうことか。
でもならタックルはせんでもいいのでは……。
言われてイリムを『視る』が、やはり土精の姿を確認することはできない。
「俺には視えないが……イリムからは視えるんだろ?」
「はい」
「やったじゃん」
「……はい!」
心底嬉しそうに返事をするイリムをみて俺も嬉しくなる。
「……で、ここからどうすればいいんですかね?」
「うーむ」
とりあえずなにかしらの術を使ってもらうといいんだが。
「イリムはどういう術が使いたいんだ?
もちろん燃やすとかじゃなくて土の精霊にできそうなことでな」
俺も、火精に水を出せとかの無茶は試したことがない。
「…………槍、ですかね。石の槍をドスンとぶっ放してみたいです」
わりと即答だね。前から考えていたのだろう。
自分に槍の才能はないと言った彼女だが、やはり槍に執着があるのかな。
「じゃあ早速試してみようか」
俺が使える『火矢』は炎をシュッと投げつけるイメージだ。
同じように石を投げつけるイメージなら最初はうまくいくだろう。
それをイリムに伝えると「ただの投石じゃないですか?」
とあからさまに不満顔をされるが「だんだん大きくするんだよ、まずは小石から」と返す。
しぶしぶイリムは練習に入る……が、しばらく見ていても特に何も起こらない。
……さらにしばらく見ていても特に何も起こらない。
むむむむむッ!、と顔を真っ赤にして唸っているだけだ。
「えーと、なにがうまくいかない?」
師匠としてサポートしないとな……と助け舟をだす。
唸りながらイリムは「石をパッと呼び出してって頼んでいるんですが、でてきてくれないんです!」と叫ぶが、……ふむ。
「足元に地面や石ころがあるんだから、それ使えばいいんじゃないか?」
言われてイリムは3秒ほどポカーンとしていたが「なるほど!」と彼女が言うのと足元の石が浮き上がるのは同時だった。
おおっ、ちょっとすごい。超能力みたいだ。
「おおおーーーっ!!」と叫ぶイリムに「それを投げつけてみて」と言うと、浮遊した石はくるくる回転しながら近くの木の幹に当たり、コン、と乾いた音をたてまた地面へと落ちていった。
たぶんイリムがふつうに手で投げつけたほうがマシな感じだったが、初めて術で起こしたいわば「奇跡」にイリムは表情をほころばせる。
そのあと、
ひたすらにイリムは『投石』の練習をし、俺もひたすらに『火弾』の練習をした。
イリムの石はだんだんと速さを増していき、俺の弾もだんだんと安定してきた。
発動の遅さが気になるが、発動自体に失敗することは少なくなってきた。
でかい獣に遭遇しても、そいつが30メートルほど離れていればたぶんなんとかなる……といいな。
夜。
黒杖をつきながら村の外周を見回る。
あれから目立った襲撃はないが子供が2人ほど行方不明になっているそうだ。
ふだんの村であれば、迷子や数日程度の家出で片付けられることも多く、実際その通りのことがほとんどで親もたいして心配しない。
獣人はそんなにヤワじゃないのだ。
しかし今は違う。
明確な害意をも持った連中が森のどこかに潜んでいるのだから。
はりきって見回りをするが、奴らを見かけることはなかった。
巨大な木々の足元。
スカーン、スコーン、とイリムの放った石が倒木に突き刺さる音が響く。
昨日、「石を尖らせてみれば?」というアドバイスが効いたようだ。
いちおう師匠らしいことができてすこし嬉しい。
「うーーーーーーーん」と唸るイリム。
「どうしたよ」
「えぇとですね……そうですね……」
となにか悩んでいるふうなイリムはスパッと「こんなので攻撃といえるのでしょうか」だと。
「こんなのとはいうが、刺さったら痛いだろ」
「いえ、私やカジルなら簡単に弾き返せます。
師匠の『火矢』に比べて、威力に不満があります」
そうか。
人に使うぶんにはイリムの『投石』ぐらいのほうがいいかな、と思っていたが、
それぐらいだとこの世界の住人には通用しないのか。
「『火矢』はかなり力を抑えても、イメージの問題なのか簡単に人を殺してしまうぐらいの火力がある。
でも、これぐらいでやっと実戦レベルの術なのか?」
と言うとイリムはきょとんとして、
「師匠は戦いで相手に手加減をするんですか? それで勝てるならいいですけど」
と至極当たり前のことを至極当然のように口にした。
…………。
まあ、そうなるか。
あの日の樹上でのことが頭をよぎる。少女を抱えた人攫いを追いかけて、少女を殺されて、自分も殺されかけて。
もしあそこで『火矢』を使えると仮定しよう。
たぶん、俺は相手を殺さない威力でなんとか術を使おうと思うだろう。
その結果、たぶん恐らく『火矢』を使える前となにも変わらず少女は殺されるだろう。
そうだな。
ここは、この世界では、もしかしたら元の世界でも、
…………割り切らなきゃいけないことなのだろう。
「イリム」
「なんですか?」
「いくつか、威力をあげる方法がある」
それからイリムに、前々から思いついてついてはいたが、あえて伝えなかったアイディアを教える。
弾体にライフル銃のように回転を加え、威力と安定を増すこと。
質量=破壊力、単純に弾丸のサイズを増やすこと。
「それと、硬い鎧なんかには尖った弾体でいいが、生身の相手には先端をむしろ平らにして、そこに十字の刻みか、単純に凹みをいれろ。弾体が裂けて威力が増す」
これは前の世界でダムダム弾やホローポイント弾といわれていたものの流用だ。
「……えっと」
「十字と凹み、どちらかやりやすいほうでいいぞ」
「……わかりました。
突然いろいろいわれたのでびっくりしましたが、ひとつずつ練習してみます」
確かに、いままでちょこちょこ思い出して言わなかったことをいっきに伝えたのでイリムもすこし混乱しているのだろう。
しかもそのアイディアは、元の世界の先人たちの発明だ。
中世ケモノ村の彼女が一度に理解するのは難しいと思う。
しばらくイリムの『投石』の練習を眺める。
どうやらまずは石のサイズを上げることから試しているようだ。
できそうなことから手を付ける。
この子はやはり優秀だな。
自分も負けないよう精霊術の訓練をしよう。
そろそろ手をつけていなかった範囲攻撃を試してみるか。
『火矢』の多重展開か、連続発射あたりだが……。
そういえば、イリムに精霊術を開眼させたとき、火球を何十個も同時に生成できたな。あれはかなり無茶をやって発動させたものだし、『大火球』のあとは気絶すらしたので今はまだまだ論外の術だ。
だが、今の俺でも同時に2、3個ぐらいなら戦闘中でも術を扱えないだろうか。
まずは同時にふたつ……そうだな、
それから10日後の見回りの夜、……またしても誘拐が起こってしまった。
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