第10話 「さらなる強さときっかけを」

「私に精霊術を教えて下さい」


 イリムから唐突にそう言われ、思わず「ええっ?」と口にしていた。

 なんだろう、魔法少女にでも憧れているのか。


「教えるっていっても……そもそもなんで精霊術が使いたいのさ?」

「……私が、弱いからです」


 どこがよ? と口にでかかるが、そういえばカジルさんに勝ったことが一度もないことを思い出す。俺にとってイリムがはるかに強いように、イリムにとってはカジルさんははるかに強いのだろう。


「カジルさんが目標なのか?」

「……それもありますが、私は外の世界を見てみたい。この大樹海だけじゃなく、この世界のいろいろを。そのためには今の私じゃダメなんです」


「イリムは槍の腕があるから、それ1本で鍛えたほうがいいと思うけど」

「……私に槍の才能はないですよ。ここ半年、全く成長していません」


 それはスランプというやつじゃ……と思ったが、雑魚もいいとこの俺の見立てなんて意味ないか。なにより、とても真剣なイリムの瞳にやられたな。


「わかった」

 気づけば、そう口にしていた。


「……ほんとにいいんですか」

「ああ」

「一子相伝で、一生に一回なんですよ?」

「それをわざわざ俺に説明したうえで頼んできただろ」


 そういうところが信用できるのだ。


 ありがとうございます!と元気な声で頭を下げるイリム。

「これで今日からあなたは私の師匠ですね!」


 ……うん?

「なんでさ」

「……これから教えを乞う私が弟子で、教えを授ける師が旅人さんですよね?」


 ふーむ。まあそうなるのか。でも……。

「突然師匠ってのはなんかなぁ」


 そもそも『火矢』とその他こまごまとした術しか使えないのに師匠なんてのは恥ずかしい。もっと超絶レベルアップしてからにしてくれないか。


「だめですか?」

「……うーん」

「あと旅人さん、って言うよりは師匠!

 のほうが言いやすいから私も助かるんですよね。字数的に」

 ずいぶん軽い理由だね!


「……じゃあそれでいいよ」

「では決まりですね!」

 楽しそうにはしゃぐイリム。


 ―――でだ。

「具体的にどう伝授するのか俺はわからんのだが、どうしたらいいかね」と一番大事なことを聞いてみる。

 とたん、イリムはその大きな瞳をまるっとさせ、ぽかんとした顔をする。


「えええええぇぇぇーーーーっ!?」とイリムの叫び声。こいつうるせえな。

「なにも知らないんですか!?」

「うん」

「それじゃ師匠じゃないじゃないですか!」

「困ったね」


 なおもえええぇーーっとした表情で口をパクパクさせているイリムを見ているのは面白いが、約束した以上なにもできないのは不甲斐ない。

 まあ……すこしだけ心当たりはあるのだが。


「イリム。こっちにきて目をつぶってくれないか」

 ちょいちょいと指で地面を指す。


「なにか変なことをするわけじゃないですよね」

「ちゃうわ」

 俺はロリコンでもケモナーでもないのでな。


 渋々とイリムが俺の目の前まできて、目をつぶる。

 俺は彼女の頭に手を乗せる。

「ひゃっ」とイリムが声をあげるが「静かに。とりあえず集中してくれ」というとすぐに真剣な様子になった。

 さて、


 自分があの老人から力を授けられたときのことを思い出す。

 今のイリムのように、頭に手を乗せられ、なにごとか呟いていた。

 しかしその文言は残念ながら覚えてない。

 なので思いついたことを試してみる。


 こちらも目を閉じ、その状態で周囲の精霊を『視る』モードに意識を切り替える。

 びくっ、とイリムの頭が跳ねるのを手のひらで感じる。


 そのまま、視認した火精を励起れいきし、自分たちの周囲にいくつもの火球を生成する。

 生成のたびに、イリムが反応しているのがわかるが……これで正解なのだろうか?


「イリム、せーので目を開けてみてくれ」

「……えっ、……わかりました!」


 合図をかけイリムと同時に目を開ける。

 周囲には何十個もの火球がふわふわと漂っていて、さらにその周囲には励起れいきされた火精が踊っている。


「見えるか!」

「なにがです!」

「浮いてる火の玉のまわりに、なんか見えないか!?」


 今まで使役したことがないほど一度に大量の精霊を扱っているせいか、心臓がバクバクし、口調も早口になる。


「何も見えませんよ!」

「マジか!」


 老人のマネごとをしつつ、元々知っていた数少ないオカルト知識である類感るいかん呪術のまねごとと、とにかくできる限り大きな力に無理やり触れさせることでなんとかならんかなと思ったのだが、なんとかならなかったようだ。

 でもここまで試したのならMAXまでやってみよう。


 周囲に浮かぶを火球をさらにさらに巨大化させ、それを操り次々にひとつに集める。


「――ッッッツツ!」


 一部の火精がオマエの言うことなんて聞くものか、と反抗するのが感じられる。

 それを無理やり支配下に引き戻すたび、体に痛みが走る。

 だが、イリムの期待に応えたいというのと、今の自分のMAXが知りたいという一心で痛みに耐える。


 わけも分からずこの世界に飛ばされた自分の、唯一武器となるもの。

 練り上げ集めた巨大なソレを、木々の合間の地面へと叩きつけた。


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 気が付くと、イリムを抱えたまま気絶していた。

 文字通りの全力投球だったわけだ。

 火球を投げつけた地面には、黒々とした大きな穴が口を開けもうもうと黒煙が湧き上がっている。


 これが今の自分のMAXか……。

 恐ろしいな、と思う反面、あれだけ火球を集めるのにかかった時間は1分以上はあるだろうし、放ったあとは気を失った。

 とても実戦で使えるものではない。

 素早い『火矢』のほうがよほど使えるだろう。

 まあとりあえずこいつは『大火球』で。


「……うん………」と懐から声。

 イリムが目を覚ましたようだ。

 いつまでもくっついているわけにもいかないので引き剥がす。


「起きたか?」

「……うーん……あ、旅人さん……」

 彼女はぼーっとした目であたりを見渡す。

「……あのあと、どうなって……」


 しばらくイリムを横にして、その間俺は火球の着弾地点を調べることにする。

 火が残っていて火事になるなんてのは困るからな。


 ボヤの心配がないことを確かめてからイリムのもとに戻ると、まだ彼女はぼーっとしていた。近くの火精を励起させ、指先にぼうっ、と火を灯す。


「イリム、これの近くになにか見えるか?」

「…………」


 自分の目には、灯火をめぐる火精が見えるのだが……。

 ふるふるとイリムは首を振った。


「……そうか」

 術を使ったのでもないイリムも俺と一緒に気絶したので、もしかしたらと思ったのだが、

 ……そうそううまくはいかないか。


「すまなかったな、俺が未熟で……」

 さらにイリムが頼むようであれば、あの竜の老人を探して聞いてみるか。

 約束をした以上は、できれば応えたい。


「……旅人さん……じゃなかった、師匠…………」こちらを睨むような視線。

「いや、悪かった。ほんと……」そういう目で見られるとつらい。


「なにかが地面にうぞうぞいます」

「へっ?」

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