第9話 「攻める力」


 あれから一週間後。

 すっかり完治した俺は村を降り、大樹海の底にいた。

 村の昇降機や螺旋らせん階段から見えないよう、降りてきたのとは別の大木の裏にまわる。


 ここでなら、いいだろう。

 周囲にいるものと、上から連れてきた火精に命令を下す。

 とたんに目の前にゆらゆらと炎が踊る。

 ……竜の老人のことばを反芻はんすうする。


「あの村には今後も、何度でも人攫いは来るぞい」

「そのたびに毎度、敵を殺す力がないせいで助けられる者も助けられず、うじうじの自分の無力さを嘆くのかい」


 そうだ。

 俺には圧倒的に攻める力が足りない。

 だから、あの少女は殺されてしまった。


 怪我から回復したあと、少女の家族に謝ろうと訪ねたのだが、「責めるつもりはないが今は会いたくない」と門前払いされてしまった。

 当たり前だろう。彼女を追ったのが俺以外の団員なら助けられたはずなのだ。


 炎を眺める。

 火は、古今東西破壊の象徴だ。壊す力、殺す力だ。

 この力を使いこなせるようになれば――――。


 その日からたびたび樹海の底に降りては、精霊術の訓練を行った。

 空中に出現させる炎のサイズは、だんだんと大きく強くなってきたが、問題がでてきた。


 攻撃に使うには命中が悪い。

 試しに地面に刺した棒を的にして練習するのだが、空中という三次元で的を捉えるのは非常に難しい。的の手前だったり奥だったり、5回に1回当たればいいほうだ。


 プロのゴルファーなどは目視で対象との距離がつかめるそうだが、俺は残念ながら一般人だ。的との距離など正確につかめるわけがない。


「……石なら簡単なんだけどな」

 足元の小石を的へ放る。カン、と棒に当たる音がする。


 ……ふーむ、これは……いけるか?


 火精を励起れいきし、小さな火の塊を生成する。

 石を投げつけるように……いや、弾丸や矢のほうが……。


 火の玉を弾丸のイメージで的へと射出する。

 ジュッ、と空中に尾を引きながら飛んでいくさまは、弾丸というより矢そのものだ。

 軽い衝撃音を伴って、矢は柱に直撃し、そこから舐めるように炎が広がっていった。


 これは正解だな。

 真っ直ぐ直線に投げつけるので、二次元で的を捕らえられる。

 威力はまだまだ未知数だが、すこし希望がみえてきた。


 次の日も、仕事の合間をみつけて訓練に勤しむ。

 炎の投げつけも、だんだんと威力が上がってきた。

 何回か、鋭いイメージが走ったときなど、的の柱をそのまま貫いたことがある。


 頼もしいかぎりだが、コレを実戦では相手の人攫いに当てるのか……。

 なんとか殺さないぐらいに威力を調整できないもんか。

 土壇場どたんばでは仕方がないが、できれば人殺しはしたくない。


 しかし、毎回イメージを練って火精に命令するのは結構大変だな。

 できるだけ短い時間で、同じイメージを想起するような方法はないものか。


 ……術の名前でもつけるか。


 すこし恥ずかしい気もしたが、名前があるほうが一言でイメージが浮かぶ。例えばりんごと言葉にだせば、赤くて丸い、果物、青森、西洋では知恵の樹の実……など。

 名前にはそのモノのイメージや情報をいっきに引き出す力がある。


 よし。

 火の射出であるこの術の名前は『火矢ファイアボルト』だ。

 最初は弾丸のイメージだったから『火弾ファイアバレット』にしようと思ったが、赤い尾を引きながら滑る姿のほうが印象的だ。

 威力も、柱を貫くようなのは一日に1、2回あるかないかだし、弾丸にはまだまだほど遠いだろう。



 日の締めくくりである酒場での飲み食いで、さりげなくイリムにさぐりをいれてみる。


「俺を治療してくれたトビンさんは魔法が使えるみたいだけど、この村には他にもそういう人はいる?」

「いませんねぇ。それとトビンさんのは魔法じゃなくて奇跡ですよ」


 常識じゃないですかと答えられる。

 ……奇跡、か。あれは回復魔法ではなく、なにかしらの神様パワーということか。


「この村で教会らしきものはみたことないんだけど」


「……精霊さまの祭壇はありますけど、教会はないですね。

 大樹海を抜けた人間の街ではたくさんあるんですよね?おっきくて立派な石の建物とか、一度は見てみたいです」

 と言われるが俺は知らん。適当に頷いておく。


 それより【精霊】というワードがでてきたのが気になる。


「精霊さま……ってのはこの村の神さまみたいな?」


「そうですね、大樹海に住む獣人は、精霊さまを信仰していますよ。

 うちの村の祭壇では、樹木を育む地の精霊と水の精霊が祀られています。

 村の天敵である火災からも雨を降らせて守ってくれますから、水精さまが一番人気がありますね」


 ふーむ、

 やはり火精以外にも、水だの土だといろいろと精霊はいるようだ。

 俺には火精しか見えないが、それらも操れたりするのだろうか。


 それとも、信仰されるような精霊はそもそも格が違うのか。

 もう少し踏みこんでみてもいいか。


「その……精霊さまに言うことを聞いてもらったりとかは、できるの?」


 聞かれてイリムはくりくりっと目を丸め、「……旅人さんはやっぱり知らないか」と。


「精霊さまに願いを送って、雨乞いや作物の実りをお願いするのは巫女さまのお仕事です。長い長い祈りと儀式が必要な、大切なお仕事ですよ」

「……長いって、どれぐらい?」


「そうですねー。だいたい半月ぐらいじゃないですかね」

 そうすると、どわーっと果実が実るんですよ、すごいですよね! とイリムははしゃぐ。


 ……ふーむ、なんか変だな。


「さっきイリムは奇跡を使えるのはこの村ではトビンさん以外いないって答えたけど、巫女さまは違うの?」

「巫女さまは村人みんなの願いを届ける、お願いの代表さんで、精霊さまのお嫁さんです」


 お嫁さん……神様に娶られる巫女ってのは前の世界でも聞いたことがある。

 拒否すると東京が水没するんだよな。


「すごい偉いんだろうね」

「でも、私はイヤですね! 村からも出れない、恋もできない!

 偉くてもとっても窮屈です」

「そか」



『火矢』の練習をしつつ昨日のイリムとの会話を思い返す。

 恐らく、彼女の話にでてきた巫女さまとやらは精霊術師だろう。

 この村に元々精霊術師はいるのだ。

 なら、なぜ精霊を使って傷口を焼いた事実を隠すように、松明を置いておく必要があるのか。


 ……わからない。

 彼女のことばにあった、村の天敵は火災というのが鍵だろうか。

 そしてこの村では地の精霊と、特に水の精霊を信仰していると。


 ……やはり、黙っていよう。

 なにがあるかわからないし、火の精霊だけこの村ではタブーなのかもしれないし、とにかく……

 と、無意識に発動した『火矢』が射出され的を炎で舐めるのと、


「えええええぇぇぇーーーーっ!?」とイリムが叫ぶのは同時だった。


「…………。」

 見られたか。

 彼女に精霊術を見られた。

 どうなるのだろう。

 たぶん、まずいのだろうな。

 パクパクと口を開閉させ硬直するイリムをみるに、だいぶ驚いている。

 例えば、村では火の精霊だけ厄介者で、そんな術を使っている俺は間違いなくまずいとしよう。そうすると、まあ、まずい状況だ。

 これはいわゆる詰みなのかな、火を扱うド外道は火炙りの刑なのかな、と考えていると、


「すごいですね旅人さん!!」

 と拍手をされる。

 ……ん?


「そんな魔法を隠し持っていたなんて!……びっくりです!」

 完全に感激した様子で、イリムがこちらに羨望の眼差しをむける。

 キラキラと、非常にまっすぐで、眩しい。

 そんなイリムの瞳にやられたのか、思わず真実を口にしていた。


「これな……たぶん魔法じゃない。精霊術だ」と。


 イリムは再度ええっ!? と反応したあと、……ぶつぶつと反芻するように呟いている。声は小さくて聞き取れない。


 少しして、

「ちょっと、なんでもいいから精霊術をやってみて下さい」と。


 ふーむ、お試しテストか。

 または異端審問か。精霊術を使った途端首チョンパとかもあるかもしれないが、すでに見られている以上出し渋るほうがまずいだろう。


 すっ、と的である地面に刺さった棒を睨みつけ、火精を励起れいきし『火矢』をいつものように叩き込む。

 思えば、術の発動もずいぶん慣れてきたな。

 イリムは燃え上がる的をにらみながら「うーん……でも……魔法の可能性も……」となおもなにやら呟いている。


 ……そもそもこの世界の魔法の定義を知らんので、返答に困る。

 火が飛んでってバーンな魔法は元の世界でも飽きるほど見た。アニメやゲームでな。

 魔法と精霊術の違い……か。


 あくまで予想だが、不思議な現象を起こすための力……燃料が違うのではないか。

 今自分が知覚できるのは火の精霊だけだが、この世界にはほかの精霊や、それこそ魔力なりマナなりがあるのかもしれない。

 さきほどのイリムとの会話で、水精や土精というのがいるらしいことは聞いた。


 つまり、自分が精霊術師であると証明するには……と考えながら『火矢』を何度も叩き込んでいると、


「わかりました。

 にわかには信じられませんが、本当に精霊術ですね」

 とイリムはあっさり認めてくれた。


「旅人さんは精霊術が使えるんですね! すごいです!」

「…………うん……まあ」


 どうやら、火炙りだのなんだの物騒な対応はされないようだ。

 それより、イリムのこちらを見る目が違うのが気になる。

 いつもは、できの悪い弟に構うお姉ちゃんのような態度なのだが……。


「今でも人間で精霊術師がいたなんて驚きです。旅人さんの師は誰ですか?」


 聞かれて、あのでっかい竜の骨が師にあたるのだろうかと考えるが、あんな不思議存在をあげるのはマズイだろう。


「すまんが、名前と同じで覚えてないんだ」

「そうですか……あなたはもしかして、人の領域でもだいぶ端っこのほうの生まれなのかもしれませんね」


 へえ。

 イリムが「詳しくは知りませんが……」といくつか話をしてくれた。

 どうやらこの世界で精霊術師というのは少なく、この村でも5世代前にいたきりで、特に文明圏とされる地域では稀な存在らしい。

 土着のシャーマンみたいな扱いなのかな。


「あと重要なのは師から弟子に力を教える、いわば一子相伝のもので、ふつう一生に一回しか伝授はできないそうです」


 ……一子相伝、一生に一回……と聞くと、あの老人はそんな大事な相手に俺を選んだのだろうか?

 いや、そんな感じではなかったな。それはハッキリと言える。


「そのうえで、旅人さんに頼みたいことがあります」

 とイリムがえらく神妙な顔でこちらを見つめる。


「私に精霊術を教えて下さい」

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