第6話 「生まれて、初めての」
――ピィィイイイイイイイイイッ!!
イリムの言葉を遮るように、甲高い笛の音が村に響く。
瞬間、イリムがミレイと村長を家に押し込み、「鍵をしっかり掛けて、警戒して!」とふたりに告げる。
くるりと俺に振り返ると「音はあちらからしました! 急ぎましょう!」と駆け出す。
「ああ!」
と遅れて走り出すが、正直まだスイッチの切り替えができていない。
必死にイリムの背中を追いながら、広場を横切る。
路地をふたつ超えた丁字路で、豚人のトング君が少女を抱え壁にうずくまっていた。左腕からダラダラと血を流しながら。
そしてその正面には、黒装束の男が5人と、それと対峙し槍を構えるカジルさん。
「状況は!」と素早く問うイリム。
「北に1人、攫われた。すぐに追いかけろ。ここは俺でやる」
「わかりました!」
ダッと駆け出すイリム。
カジルさんの相手は5人、しかもトング君と少女を守りながら。
イリムはいけると即断したのだろうが……
「オマエも早く行け! すぐに追う!!」
「は、はい!」
路地を走りながら後ろを振り返ると、トング君が怪我を負いながらも右手でしっかりと槍を構えている。彼が少女を守ることに専念すれば、カジルさんも自由に動ける。そうなったカジルさんに、奴らが勝てるとは思えなかった。
しばらく走り続けると、すでに正面では次の戦いが始まっていた。
「――ハッ!」
と強い掛け声とともにイリムが槍を繰り出すと、黒装束の剣は弾かれそのまま肩を貫いた。ぐうっ、といううめき声とともに相手が体を丸めると、その隙をイリムは的確に刈り取った。
どさりと、黒装束が胸を押さえたままくずおれる。
敵は残り8人。
うちひとりは、最後尾で子どもを抱えている。
「マルッチェがやられちまったぞ」
「あんなガキに?」
黒装束たちに動揺が広がる。
そのゆるみを突いてイリムが叫ぶ。
「いますぐその子を離しなさい!
そうすれば命までは取りません!」
シーン、と場が一瞬静まるが、人攫い達の反応は早かった。
少女を抱えた人攫いが後ろに駆け出し、残った7人が俺たちを囲むようにジリジリと迫る。
「旅人さん」
「なんだ」
「私が包囲の穴を開けます。その隙に女の子を追ってください」
「…………それは、」
どうなのだろう。
イリムひとりで7人を相手取れるのか。
しかし今は信じるしかないだろう。
こくりと頷くとイリムは矢のように飛び出しながら槍を振り回し、正面のふたりをまとめて薙ぎ払った。
威力は浅く、一撃で仕留めるには至らないが、俺が包囲を抜けるには十分だ。
イリムが開いた道を一気に駆け抜ける。
「必ず追いつきます!
それまで、なんとか耐えてください!!」
「おう!」
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少女を抱えて逃げる人攫いは、村の柵を超えて飛び出した。奴は『枝読み』ができるのだ。
――どうする!?
一瞬ためらうが、すぐさま柵を飛び越え人攫いを追う。奴の逃げる道をなぞるように。こうすれば、枝が読めない自分でも、なんとか……!
しばらく追い回していると人攫いが「クソっ!」と呟き立ち止まった。少女を放り投げ、振り返りざま小剣を抜き放つ。
じり、と間合いを詰めながら睨み合う。
――と、
「なんだおめぇ、人間じゃねえか……?」
獣人村の自警団に人間がいたことに驚いたようで、相手の構えが緩む。
「隙あり!」と思わず時代劇風に叫びながら黒杖を叩き込む、がひょいと避けられてしまう。
そりゃそうだ、隙をつくのに宣言してどうする。
だが初めての実戦で、とても冷静ではいられなかった。
こちらが攻撃したことで相手の緩みも消え失せ、すっ、と小剣をこちらへ突きつけてきて、
――そのまま滑るように刃が迫ってきた。
とっさに黒杖で弾いたが、自分の意思ではない。腕が勝手にやってくれた。
頭はひたすらに殺される、殺される、逃げろ、逃げろと単調な警告を発しているだけだ。ほとんどパニック状態だ。なにしろ、殺意を持って凶器を振るわれるなんて、あちらの世界では縁のないことだった。
体は、必死に攻撃を捌いてくれている。
頭は、まるで役立たずだ。なので、頭からの命令は無視する。
数合、攻撃を凌いだところで、あからさまに舌打ちをされる。
「……雑魚のくせに」という呟きも。
「オイ」
「…………。」
「なんで攻撃してこねぇ」
攻めるのは苦手なんだよ。恐らく相手もそれを承知だ。
下手くそな攻撃は隙だらけで、むしろ相手からしたらご褒美だろう。
ぐっ、と黒杖を握り直し、相手を睨む。
「なんで人間のクセに蛮族どものお世話をしてんのかねぇ……ああ、なるほどなぁ」
ニヤニヤと口元を歪ませる。
「俺らのお得意さんと同じってわけだ」
「……なに?」
「こういうな、獣人どもが好きな顧客がたくさんいるのよ」
と、人攫いは足元の少女を踏みつける。
ううっ……と少女が痛みにうめき、俺は「やめろ!」と叫ぶが、男の笑みはより深くなるだけだった。
「そんなに怒るなよ、冷静になろうぜ?」男は少女を踏みつけるのをやめない。
「こいつらが売られたさきでどうなるかなんて、アンタが村で毎晩ヤってることと大差ないだろ?」
……これは、明らかに安い挑発だ。こちらの愚直な攻撃を誘っているだけだ。
助けて……という少女の瞳に胸が痛むが、ここは耐えるしかない。
耐えて、カジルさんやイリムが駆けつけてくれれば、こんな奴はなんでもない。全く問題にならない。
だからそれまで……すまない、と心の中で少女に謝る。
それから十秒は睨み合っていただろうか。
……時間稼ぎは、できている。
「ふーん、そっか」と、男は呟き「こちらの歩が悪いね」と手にした小剣を真下に滑らせた。
パッ、と少女の首に赤い線が走り、すぐさま鮮血が吹き出した。
少女はなにか言おうとしたのだろうか、そのたびにガポッガポッと命を撒き散らす。
なんども苦しそうに呻いていたが、しばらくすると静かになった。
………………えっ?
いや、ちょっと待ってくれ。
今この男はなにをした?
意味がわからない。
脳が目の前の光景を拒否したのだろうか、視界が白くかすみ始める。
「……なんで」
なんとか、それだけを口にできた。
それは彼女の最後の言葉でもあったはずだ。
「そりゃあ……」男はなんでもないかのように言った。
「こうすりゃ仕掛けてくれるんじゃねえの?」
俺は手にした棒を全力で叩きこんだ。
そうして、
ごぷっ、と、口からマヌケな音がでた。
真っ赤な液体が喉からせり上がってきたのだ。
腹には、男の小剣が深々と突き刺さっている。
「…………。」
「最初からこうやって攻めてくれりゃ、そこのガキは死なずに済んだし俺もタダ働きせずに済んだのになぁ」
男が剣を握りながら俺の体を足で蹴り倒す。
体から剣が抜け、辺りに血が撒き散らされる。
「あばよ」と男に腹を蹴り上げられ、転がった先に地面はなかった。
ばりばりと細い枝を割りながら、俺の体は落下していった。
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