第5話 「自警団」

 宿の会計を手伝い、果樹園で採集をする。


 村の雰囲気のおかげか、獣人たちの性格か、どちらの仕事ものんびりとしたものだった。果樹園ではひたすら赤い実をもぎもぎした。どうやらいつも酒場で呑む赤酒ベリーワインはこいつでつくるらしい。


 別の果樹園ではボール状のとうもろこしモドキを収穫した。

 これ、集合体恐怖症の人が見たらたまらんだろうね。

 この村の主食は薄焼きパンだが、あれの材料だなたぶん。



 三日後の夕刻。

 今日は初めての夜警のお仕事だ。

 カジルさんから多少なり認められた証であり、自然と気合が入る。

 指定されたのは、広場から伸びる路地に入ってすぐの建物、自警団の詰所だ。


「チィーーーッス!」

 こいう場所はモロ体育会系のはずなので、できる限りの大声で挨拶しながら扉を空けた。


 目の前にいたのは狼兵士のガルムさんだった。

 すごい睨まれる。コレはうるせえなという意味だろう。


 無言でガルムさんに襟首を掴まれ、そのまま持ち上げられる。

 ああ、路地にキャッチ&リリースするんか。


「ちょっとちょっと! ガルムやめてください!」とガルムさんの後ろからイリムが飛び出してきた。俺とガルムさんの間に入る。


「俺は認めていない」とガルムさんはイリムを無視し押しのけようとする。

「弱い奴はここにはいらん」


 しかし、押しのけられたイリムは逆に彼を押し返し、俺はガルムさんに吊られたまま自警団の詰所のなかに入れた。


「ほら、ガルムより力は私のほうが強い! そんな私が彼を認めているんだから、私のほうが正しいです!」


 ……無茶苦茶やな、脳筋理論かよ。

 でもそうか、狼人であるガルムさんからしたら筋が通っている……のか?


「それにこうみえて旅人さんは、新人のトング君と同じぐらいの弱さです!」


 えっ、と長椅子に座っていた豚顔の少年が声をあげる。

 彼がトング君か。

 ……イリムお前トング君と俺に謝れや。


 ふん、という鼻息のあとガルムさんは手を離してくれた。

 無言でずかずかと部屋の奥まで歩き、どすんと椅子に腰掛ける。


「まったくガルムはしょうがないですね!」とイリムはぷんすかしていたが、こちらを見るとにこっと笑い「ようこそ自警団へ!」と元気な声をかけてくれた。


「イリムも自警団だったんだな」と口にしてから、彼女の腕があればそりゃそうかと納得する。先ほどのやりとりでも、ムキムキなガルムさんに力で押し勝っていた。


 いつもの訓練でも、つばぜり合いなど単純な力比べではカジルさんをよく押し返していたし。彼女の小柄な体躯のどこにそんな力があるのだろうか。ドワーフみたいな種族補正があるのか?


 すこしするとカジルさんもやってきて、ガルムさんの横の椅子に座る。

「団長と副団長の椅子です」とイリム、「来年には私が座っているでしょう」だとさ。


 団長であるカジルさんが軽く俺の紹介をしたあと、それぞれの持ち場を振り分ける。俺は一番未熟なので、先輩であるイリムが同伴で街中の巡回だ。


 詰所をでて、路地を北へとすすむ。

 俺たちの持ち場は村の北側で、ちょうど村を見渡す丘の頂上となる。

 木でいうと頭のてっぺんだ。


 ……人攫ひとさらいは足元の大樹を登ってやってくるという。

 だから、たぶんここは一番襲撃の可能性が低いのだろう。

 新米である自分にはちょうどいいか。


 イリムは首から大きなクルミのようなものを下げている。

 警告のときに鳴らす笛で、新米には支給されないそうだ。

 本当に危険なときを判断できてからでないと、オオカミ少年になってしまうからだろう。


「そういえば、イリムは自警団のなかでどれぐらいなのさ」

「はい?」

「強さとか、階級とかさ」

「……そうですねー。

 カジルがトップで、その下に私も含め中級が5人。

 ほかはみんな初級でまだまだですね」


 坂道をすすむのに杖のように利用していた黒い棒を見る。

 ちなみにこいつは黒杖こくじょうと名付けた。

 これを渡すとき、カジルさんは「棒術初級、合格の証だ」と言っていたな。


「俺はつまり初級ってことか」

「ギリギリですけどねー」


 特に攻撃はダメダメです、だから人攫いとあったら、攻撃せず守りに専念し、私の援護を待ってください、だと。すべて事実とはいえ、子供のような見た目のイリムにずばずば言われるとすこしカチンとくる。


「じゃあ中級サマはさぞお強いんでしょうね」

「そうですね、森の灰色熊グリズリーにひとりで勝てればギリギリ中級と認められます」


「…………イリムは中級だよな。

 つまりあの最初のクマ退治みたいなのを前にもやってるのか?」


「ええ、そうですねー」と指折り数えはじめるイリム。

 片手を超え、両手も超えて数え続ける彼女を「……いや、もういいから」と制止する。


 やっぱこの世界の方々は人間辞めているな。


「でも旅人さん。仮にこの大樹海を抜けて故郷に帰りたいなら、最低限中級ぐらいの力はないと厳しいですよ」

「まじか」


 RPGだと最初の村のまわりはスライムかゴブリンぐらいが適正だろうに。

 誰だよ俺をこの世界に呼んだ奴は……テストプレイはちゃんとしろや。


「……しかしそうすると、はるばるこの村まで人攫いに来てる連中は全員中級ぐらいということになるけど」


 猛者もさもさ強豪集団じゃねえか。


「いえ、不思議なんですけどだいたいは未熟な連中です。

 防御の基礎はギリギリできてる旅人さんなら大丈夫ですよ。

 ……でも絶対攻撃はしないでくださいね!隙をつかれて死にますよ」

「へいへい」


 坂道の終点、丘の頂上まで着いた。

 見下ろすと、ぽつぽつと明かりのこぼれる民家が数件と、焚き火台がちらほらと。

 それ以外はの場所は星あかりでなんとか……といったレベルで、こうして夜間も警戒している村としては明かりが少ないように感じる。


 しかしイリムはベンチに立つと、村全体を見渡し、右へ、左へ、視線を流す。


「二時間ほど、ここから監視ですね。

 旅人さんは周囲をそれとなく見張っていてください」

「……いいけど、ここから見ても暗すぎないか」


「?」とした顔をこちらへむけたイリムは「ああ、そっか」と。


「ふつうの人間は『暗視』ができないんですよね、確か」

「まあ、そりゃあね」

「暗くて見えないってどんな感じなんでしょうねー」


 やはりそういうとこは獣基準なのか。

 カジルさんなんかまんまな猫人だし、彼も『暗視』持ちだろうな。


 ……彼や今のイリムには、視界がネガポジ反転で見えているのだろうか。

 ゲームでよくある暗視系のエフェクトって、苦手なんだよな。

 暗視が使えるキャラでも松明持つのが俺のプレイスタイルだ。


 そのまま、しばらくイリムと話しながら見張りを続けた。

 気がつけば交代の時間のようで「今日はここまでです」とイリムがベンチから飛び降りる。


「そか」


 ……気合をいれてきたが、特になにもなかったので若干拍子抜けした感もなくもないが、今日も村は平和でなによりだったのだ。


「宿まで送りますよ」とイリムに言われとっさに「いや俺が送るよ」と返していた。

 古臭いかもしれんが深夜に女の子を送るのは男の役目だろう。


 旅人さんのほうが弱いのに……と呟いたイリムだったが、にまりと笑ったあと「じゃあお願いします」と口にした。


 イリムは妹とともに村長の世話になっているそうだ。

 着いた家は広場に面した大きめの家で、俺がお世話になっている宿からそう離れていない。


「これじゃどちらが送ってもあまり変わらなかったな」

「そうですねー。ここから旅人さんがちゃんと宿に帰るまで見守っててあげますよ」

「なさけねーのでやめておくれよ」


 と俺が反論しているとギイッ、と村長宅のドアが開きぴょこっと少女が顔を出した。

 イリムをひと回り小さくしたような女の子で、だぼだぼの緑の寝間着を着ている。


「……お姉ちゃん、この人は?」と少女から睨まれる。


 なんか……視線がキツイな。


「この人が記憶喪失の旅人さんですよ!

 旅人さん、この子が妹のミレイです、最初の日に噂を広めてもらったでしょう?」


「ああ、きみがミレイちゃんか。あのときはありがとな。

 おかげで村人に毎回説明しないですんだぞ」


 にこっ、と笑って手をさしだすが、ミレイちゃんはその手を眺めるだけだ。

 あれー?やっぱこのキツイ視線は勘違いじゃないのね。


 じーっ、とこちらを睨み続けるミレイちゃんは唐突に、

「人間のくせにお姉ちゃんにこれ以上近づかないでください!」と宣告してきた。

 唐突な宣戦布告だった。


「……いや、くせにってひどくない? ○○のくせにナマイキだ……って」

 ジャイのアンかよ。つまりジャイの字の妹ってことはこいつはジャイ子か。


「ミレイはですね、私が旅人さんのことを話すとこうなんですよねー」


「それはお姉ちゃんがこの人間の話ばっかりするからじゃない!

 私の送り迎えのときも、夕飯のときも、そればっかり……

 この人が村に来てから、ほんとお姉ちゃんは……もががががっ」


 イリムがミレイの口を塞ぐ。


 彼女はそのまま俺に振り返り「ミレイは今反抗期でして、ずっとこんな感じですよ」と、もがもがと抵抗する妹を抱えたままにこりと笑う。


 ふむ、反抗期か。

 ミレイちゃんは確か13歳だったよな。

 そうするとモロにそういう時期だな。

 闇の波動に覚醒したりバーニングでダークなディッセンバーの影響でタバコを吸っちゃったりするお年頃だ。


 ……とすると人間と獣人の成長スピードは同じぐらいなのかな。


 なおも、もがもがと抵抗するミレイちゃんと、不自然なくらいにニコニコとしたイリムの背後からぬっ、と白い猫人が顔をだす。

 この人は……初日で会った村長さんだ。

 この人はほんと、改めて見ても直立した猫そのものだな。村でも珍しい。


「お主か……自警団の帰りか。村には慣れたかね?」

「ええ」


 この猫さんが俺を客人扱いしてくれなかったらどうなっていたことか。

 人間の人攫いの脅威にさらされているこの村の状況で、俺が無害だと判断してくれたのだ。ありがとう、猫さん。


「イリムもずいぶんお主に懐いておるようじゃしな。

 ……やはり、悪いやつではなかったの」


 ほっほっほ、笑う白猫村長。


「違いますよ! 旅人さんはいろいろ面倒みないと危なかっしくってですね―――」


 そのイリムの言葉を断ち切るように、甲高い笛の音が村中に響きわたった。

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