第4-2話 「悪くはなかったぞ」


 日が落ち、今日はこれで終了だというカジルさんの言葉で振るった棒を止める。

 イリムは結局あのあとほとんど喋らず、「今日はありがとうございました」と去っていった。


 イリムの後ろ姿を眺めながら、考える。

 この世界で、戦い生き抜く力は俺にはなさそうだ。

 大樹海を抜けてきたのは信じられない、と彼女に言われた。それは正解だろう。


 聞けば、クマ以外にも、森には馬ほどもある狼やら、巨大なイノシシやらわけのわからん動物が生息しているそうだ。


 樹海を抜けて人間の街まで行くどころか、自分の飛ばされた場所を調べに行くのも無謀だろう。


「守りは、悪くなかった」と、後ろから声。

 振り向くと、訓練に使った2本の棒を抱えながらカジルさんが笑っていた。


「慰めようというなら別にいいです。惨めなだけですから」

「そう思いたいならそれでもいい。

 だが、慰めようなんて思ってないぞ」


 カジルさんが睨む。


「俺たちのように動こうと思うな。

 素早く軽い脚さばきができないなら、根を下ろして自分を守れ。

 ……来たければ明日も来い」


 スタスタと彼は去っていった。


 次の日も、彼とイリムとの訓練に参加した。

 結局のところ、自衛ぐらいはできないとこの世界では生きていけないと思ったのだ。守りは悪くなかったという彼の言葉がすこし嬉しかったのもあるけどね。


 それと、気まずいまま別れたイリムが次の日も俺が参加しているとわかると「旅人さん!」と駆け寄ってきてくれたのは素直に嬉しかった。



 それから二週間。

 ほんのすこしだけマシになってきた気がする。

 最初のころはとにかく、目が追いつかないせいで当然防御も追いつかなかったのだが、アホみたいに速い相手と散々打ち合っているおかげか、目が慣れてきた。


 だがだいぶ手加減をしてくれている。攻撃が素直なのだ。


 自分が休憩中にふたりの稽古を見ていてわかったのだが、フェイントが多い。

 ので、自分にもやってくれとお願いしたらまだまだ早いと却下された。


「動物やそこらの野盗はただ攻撃してくるだけだ」と、カジルさんが言う。


 確かに。

 森の狼がフェイント使ってきたら変だな。

 ……あれ、でも馬ぐらいある狼とかいるんだよなこの世界……。


 犬が馬サイズで突撃してくるのを想像してみる。


 ……防御でどうにかなるとは思えなかった。

 が、とにかく練習するしかないのだろう。

 幸い、自分には自由時間がたっぷりある。



 ひたすら特訓のひと月がすぎた。

 訓練に参加しつづけた後の夜、宿にふたりが訪ねてきた。


「女将さん、赤酒ベリーワインを3杯に、なにか軽食を3人分」


 俺はいつもの席に座っていて、イリムはニコニコとむかいの席に座る。

 カジルさんがイリムの横に座ったところで、「そろそろ客人期間も終了だな」と切り出した。


 まあ……そろそろそうじゃないかと思っていたのだ。先週あたりからね。


「旅人さんはこれからどうしますか?」

「……まだ、カジルさんやイリムとの訓練を続けたいね」


 やりたいことはいろいろあるが、それは最低限の自衛の力を身に着けてからだ。

 そのためには、ふたりの稽古はまだまだ必要だ。


「そうすると、しばらく村に滞在か」

「そうですね」

「仕事はどうする?」


 これは……いくつか考えていた。


 まずこの宿のお手伝いだ。アライグマの女将や娘さんに訪ねると、掃除や、特に帳簿などの会計管理に人手がほしいという話だった。

 ふたりでやれないこともないが、誰かにやってもらえるなら助かると。


 特に帳簿の計算は苦手らしい。やっているとイライラするそうだ。

 一回だけ、葉っぱのノートをキーッと爪で切り裂く女将さんに遭遇したことがあるので、マジな話なのだろう。


 もうひとつは、樹上に転々とある果樹園の手伝いだ。

 足元の大樹は頻繁にさまざまな果実を実らせ、それが集中する場所は果樹園となっている。多い時には人手が足りない、と聞いたことがある。


 そのふたつをカジルさんに伝えると「どっちも大事な仕事だな」と微笑んだ。


「じゃあ、その仕事の合間でいい。手が開いた時に俺の仕事を手伝ってくれ」


 …………。

 カジルさんの仕事というと、村の防衛、見回りだ。

 人攫いの危険からこの村の人を守る大事な仕事だ。


「俺の実力で務まるものじゃないです」と、はっきり伝える。


 ひと月過ごしてわかった。この村の人はみないい人だ。イリムやカジルさんもとてもいい人だ。

 だからこそ、そんな彼らを守る仕事は、自分の能力をはるかに超えている。


 カジルさんはふっ、と笑い「相変わらず真面目で面倒くさい奴だ」と呟きながら、真っ黒な棒を差し出した。

 机越しに、ぐいとこちらへ突き出される。


「棒術初級、合格の証だ」


 突き出された真っ黒な棒を受け取ると、いままで訓練で使っていたものよりも重く硬い。ずしりと腕にくる。

 イリムが「おめでとうございます!」と拍手をする。


「お前はまあ、攻撃は全然ダメだ。まるでキレがない。

 だが、地に足ついた守りは悪くない」


 ふつうの狼や野盗ぐらいからは身を守れるだろう、と。


「見回りの兵士としてはギリギリだ。だが、その実力はある」


 この人は、お世辞もなにもなく、ただ事実だけを伝えてくる。

 だからこそ、彼に自分の仕事を手伝ってくれと言われたことは嬉しかった


 カジルさんに返答をつげ、しばらく呑み明かしたあと、彼は帰っていった。

 信頼している相手に多少なりとも認められたという高揚感で、俺はさらに杯を重ねていた。それにイリムが付き合う。


 ……と、当たり前に指摘するべきことにいまさらながら気付く。

 これは言わねばなるまい。


「あえて言うけどな、イリムちゃんは、未成年だからお酒はどうかと思うぞ」


 この世界の適正飲酒年齢なんか知らんのだが、子供が酒を呑むのはいくらなんでもおかしいはずだ。

 だからあえて、彼女に拒否された子供扱いのちゃん付けで質問した。


 すると彼女は、はぁー、と聞こえるぐらいのためを息した。


「…………?」

 そこに座ってください、と言われたのできちんと正座で宿の椅子の上に座る。そこでイリムからの自己紹介を改めて聞く。


「私はこのクミン村の生まれで歳は16、成人して一年になります。

 両親は流行り病で共に亡くなり13の妹と共に村長さんのお世話になっています」


「……そしてっ、

 いつもいつも思っていましたが、あなたは私を子供扱いしてますよね!」


 お怒りである。


「すいません」と正座からの伝統的な謝罪。

 そうか、頭身と身長と童顔のせいで子供に見えてたが、いちおう成人してるのね。

 でも16歳は元の世界だとまだ未成年だし酒飲んじゃダメだけどな。


 ……あと村の名前も今初めて聞いたよ。

 クミン村ね、よし覚えた。

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