第4話

 田中へ


 俺は北海道の雑木深い森のところに来ている。季節とは早いものだな、あの事件が起きてからそんなに時間が経っていないというのに俺はすごく年老いた様に感じるんだ。それもそのはず、なぜなら夏のあの日以来、俺は逃亡を続けたのだから。きっとお前の所にも警察が来ただろう。迷惑をかけてすまない。

 そう、お前にまず言わなければならない、あの女子高生を殺害したのは俺だ。そしてその十年前に起きた殺人事件も俺が犯人だ。

 今思えば何が俺をそうけしかけたのか、簡単に言えばストレスだ。何も深い理由なんてない、ストレスを発散するために彼女達を殺害したんだ。現代社会は酷なものだ。

 ストレスという本当に目に見えないもので一体どれだけの人間が人間でなくなり魔物になるのだろう?

 ドラッグなんか必要ないんだよな、人間が人間らしさを失うためになんてさ。

 

 話がずれたようだ、


 では彼等を殺した経緯をいまから話そう。


 十年前俺はお前と同じ職場になる前、仕事を一度辞めている。そこではあまりにもきつい業務をこなすため、日々働き、残業をした為、精神が参っちまった。

(つい最近辞めた職場もそうさ、税理士何て試験を受けて合格してなるんじゃなかったよ、あんな職業は過度なストレスを受ける為にあるもんだ)

 そんな時、俺は深夜に歩き始めることが好きになった。

 それは何故か?

 きっかけはたまたま残業で終電が無くそれで深夜自宅へ帰ることになったことだった。

 昼間の俺はまるで嘘つきの王様だ。多くの人の前でおべっかを言い、人の関心を買う、それだけじゃない、嘘を言っては役にも立たないものを良心のあるものに売りつける。ひどい人間なのだ。

 なんてことだろう。それが深夜を歩く自分が日々のストレスから解放されるというエクスタシーを感じたんだ。

 誰もいない都会の深夜を影を踏む様に暗闇の浸りながら歩く、これは何とも気持ちのいいことだった。

 深夜を歩けばすべてがさらけ出せ『生の自分』を取りかえすことができた。なんと俺は歌を歌いながら歩くこともあった。いや、それだけじゃない、実は歩きながら心が深々と冷えあがり、もっと、もっと、自分という存在や本当の欲望を見つめなおすことができた。

 ある深夜、ついに俺は偶然あの場所に立った。

 見れば橋の下に穴倉のような隙間がある。俺は不思議とそこに導かれるように膝を汚して進んだ。なんということだ、この四方から迫る暗闇、この静けさ、まるで自分だけの王国のようだ!!俺はそう感じた時、その暗闇の中で俺は動きを止めて暗闇というか穴倉というか、その漆黒の暗闇の中で強烈な性的なリビドーを感じたんだ!!

 嗚呼・・、暗闇から四肢を突きさして肌に伝わってくるこの都会の冷ややかな空気感・・なんという恍惚感なのだろう。これは深夜に街を歩くことなぞ比にもならない!!

 俺は初めて分かったんだ。

 きっと俺はこんな小さい穴倉でひっそりとカタツムリのように都会の空気を感じるのが好きなんだ、それが一番『悦』に入ることができ、魂の隅々からストレスを無くし明日を生きる自分を取り戻せるのだと。

 この穴倉こそが俺には必要なのだと。

 それから俺は深夜になると毎夜そこに潜り続けた。

 それは聖母に抱かれて眠るキリストのようだ。今でも目を閉ざせば静かに流れる運河の音、遠くから聞こえる誰かの声が聞こえる。そう、それだけが俺のストレスを消してくれる雄一無二だった。

 しかし、しかしだ。

 その世界に闖入者が現れたんだ、十年前、そして今回・・。

 彼女たちも深夜に歩く習性があるのだろう。まるでふらふらと誰も来ないようなこの穴倉にやって来た。

 最初、奴らはあの穴倉の通り道を通り過ぎるだけだった。それならば俺は何もしなかっただろう。そう、俺の静謐な時間を壊さない範囲だったからだ。

 だが、いつのころか俺が居るのを知り、彼女たちは俺に近づいてきた。

 俺は何度も、何度も追い払うのだが彼女たちは俺の所から去らない。それだけじゃない、精神の開放が彼女たちを大胆にさせるのか俺に性的な、嗚呼、肉体的なことを迫るのだ。

 汚らわしい淫売め!!普段は澄ました顔して教職者に接している清楚な少女かも知れぬが、その隠れた本性は悪しき魂をいつまでも持ち合わせる悪魔の使いでこそあれ、天使などではない。

 俺は誘惑を断った。

 すると今度はどこからか男を連れだしてきて、行為を始めたんだ!!

 静謐といえるこの場所を聖地のようにしている俺を尻目に、彼女達はいわば夜を理由に性の解放の場所にしようとした。



 俺はもうここにきて堪忍袋の緒が切れた。

 悪魔め!!

 ストレスを与えつつづけるお前は悪魔だ。

 俺の王国から出ていけ!!




 だから殺した。



 それこそ俺が自分を脅かす存在のストレスから逃れるための唯一の方法だったのだ。


 さて俺は北海道の森の闇が深い誰も来ない森の入り口のポストから手紙を出しことにする。

 最近、この付近を羆が出たらしい。これから俺はそんな森に行く。

 何故そんなことをするのか?

 それは少しだけの死者に対する懺悔からだ。

 今の俺はストレスから解放され精神は正常だ。綺麗な空気をここ数日ずっと吸っているからだろうな。

 だからかもしれない。死者に対する哀悼の気持ちがわいてきたのだ。

 俺は何故彼女体を殺さなければならなかっのだろう?

 彼女達もひょっとしたらちょっとした戯言のつもりで夜を歩いただけなのかもしれない。

 それならば命を奪われたことに対してはあまりにも一方的な不公平だと思わないか?

 そう思うと俺は自分の命を自ら断つことこそが彼女達への哀悼と懺悔になることだろうし、はかなくも散った彼女たちの魂への手向け《たむけ》になるだろうと考えた。

 田中、お前に送る手紙に二人の髪を入れておいた。それを警察へ提出すれば、俺が犯人だと分かるはずだ。


 もしかしたらお前は気付いたのかもしれないと俺は思う。なぜならこの前の女子高生は俺に殺されるとき必死に俺の首や背に爪を立てて引っ掻いたんだ。だから俺の襟首から下は引き傷だらけだった。俺はあの時暑いのにも関わらず、あんなシャツを着ていたのはそんな理由だが、お前は薄々気付いていたのかもしれないな。


 さて・・長くこの世と話過ぎた。

 俺はこれから秋の雑木林を抜け森の奥深くの闇へ向かおう。

 そこには羆が居る。

 そめて暗い夜を歩きながら、恍惚としたエクスタシー、リビドーに包まれながら、羆に食われ自分の死を迎えたいものだ。


 俺の魂は夜に散華する。


 田中、夜は歩くな。

 お前も俺にようになってほしくないから。


 では、御機嫌よう、さようなら。

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