第5話 叫んでみたかった。
「オラオラオラ…
……
…」
「アータタタ…
……
…」
「…はぁはぁ…、はぁ…」
目の前にあった黒い壁は化け物だった。
テンションが上がり、叫びながら魔法を当て続けていたが、変化がなかった。
体感で半日を過ぎてからは、気持ちが折れ、もうこのまま出られないんじゃないかと心も折れかけたが、
こいつを倒さないと外にも出られないので、とにかく無心で魔法を放ち続けた。
急に視界が開けた。
俺の身体を覆っていた化け物はまるで何もなかったかのように姿を消した。
「…あぁ、疲れたぁ。みずぅ~のみてぇ。」
もう一歩も動けない。立つのも億劫で、その場で座り込む。体力が回復してから帰るか。
俺が疲れて座っていると、ガチャガチャと大きな音が下水道から響いてくる。
「何だここは…ひ、人がいるぞ!お前、ここで何してんだ!?」
いや、休憩してるんだけど…
「あの…」
うわ!急に隣にフードの人が来たよ。この人、朝からどぶ掃除してた人だよね。
「聖女様!離れて下さい!危険ですぞ。」
えっ?聖女?この人が?
「その杖…くれませんか?」
「えっ?ムリ。」
くれって…そんなん出来るわけないじゃん!
どれだけ苦労したと思ってんだよ。
「お前!聖女様に何て口を聞いてんだ!無礼だぞ!」
「そうだ!聖女様が欲しいと言ってるんだ!献上するのが当たり前だろ。」
騎士団うるせぇよ。俺のもんなんだ、何でやらないといけないんだ!
「…ダメですか?」
フードを取ると…あら、聖女様かわいい…どうしよ…
……ハッ!騙されるところだった。
「それでは…これと交換しませんか?」
出されたのは卵だった
「何それ?」
「え?…卵ですけど。」
…聖女様…卵なのは見たら分かります。
「せ、聖女様!?それは祝福された卵では!?霊獣様が誕生するという卵を軽々しく他の人に渡そうとしないで下さい!」
ありがとう。名前の知らない騎士団の人。
それって高価なものだけど、レアなわけでもないし、後でいくらでも手に入るしな。
「ごめんなさい、ムリです。」
「なっ、キサマ!祝福された卵がどれだけ貴重かわかってるのか!?世界に数個しか確認されてないものだぞ!?」
…世界に数個だけ?あれ?たしかゲームではたくさん手に入るし、レアなモンスターが出てくるまで孵化させる祝福マラソンが人気だったけどなぁ。
「そうですか…では、その杖を貸してもらうことは出来ませんか?」
「…どうしてそこまでこの杖が必要なんですか?」
「…私の魔力じゃなかなか孵化しないの…寝てもすぐに魔力回復しないし。」
…あぁ。孵化させるのに魔力かなり使うからな。ゲームなら宿屋で寝たらすぐに魔力回復するけど、ここではムリなのか…ん?ならこの杖ってかなりチートじゃね?
「…その用事が終わったら返してくれますか?」
「返したくない。」
「おい!」
「…ですが、必ず返すと約束しましょう。聖女の名にかけて。ところで、貴方のお名前は?」
「シンゴって言います。」
「シンゴ…」
ん?聖女様が眉間にシワを寄せて悩んでいるようだぞ。急にどうした?
「シンゴ、とりあえずはここを出ましょう。そして、そのまま教会へ行きますので、ついてきて下さい。」
「俺が教会に…ですか?とりあえずはゆっくり休みたいので、宿屋に帰ってもいいですか?明日にでも教会へ向かいますので…」
「いいえ。今からです。明日になると貴方がいないかもしれませんし。」
ちっ…ばれてら。
「でも、クタクタで動けないんです。」
「大丈夫です。」
聖女様の手から放たれた光の玉が俺の身体に当たったかと思うと、全身を包みこみ、お風呂にでも入ったかのような爽快感を俺に与えた。
「聖女様!!気軽に光魔法を使われませんように!」
…これが光魔法…。この回復力と爽快感はヤバい。聖女様は、やっぱりチートだな。
「ミドルヒールを使いました。これで大丈夫です。さぁ行きましょう。」
聖女様が俺が立ち易いように手を出してくれる。
あぁ。こんなことなら、疲れてる身体にムチ打ってとっととオサラバすれば良かった。
その手を見ながら思う。やっかいごとに巻き込まれたと。
だって、聖女様の後ろにいる騎士団の顔。
俺のこと視線で殺そうとしてるよね?
でも、手を握った時の柔らかさに、このまま流されてもいいかなと思ったのは内緒です。
……
…
「キサマ!いつまで聖女様と手を繋いでるのだ!とっとと離れろ虫けらがぁ!」
「あぁ!聖女様!その男と一刻も早く離れて下さい!汚されてしまいます!」
「あぁ!聖女様話を聞いてくださいませ!」
「おとこぉ!いつまで手を握っているのだぁ!聞こえておるだろう!とっとと手を離せぇ!!」
「…だが断る!」
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