第30話

 敵は、七之上から出ている汗の臭いを辿ってきたのだろう、とエリザベスは言う。

 こちらは風上で、敵のいる位置が風下に当たるからだ。

 そして敵もこちらが立ち止まった気配を察知したらしく、速度を上げてこちらに迫ってきているらしい。


「勝てるのか?」


「マスターがいたら、勝てるものも勝てませんね」


 それはつまり、今までの魔物より強い敵であるということを意味するであろう。

 七之上が戦場にいては二人とも命を落とす危険があるどころか、戦いの邪魔になるからどこかでじっとしていろと婉曲に言っているのである。


 エリザベスの手が、七之上の肩から離れた。

 と同時に、エリザベスによる魔力の光が七之上の輪郭に沿って明滅し始める。


 魔法が効果を発揮し始めたのだ。


「攻撃の意思を示したら、魔法は解けます。

 ですから、まあ無いとは思いますが、私の戦いを覗いてはいけません。

 下手をしなくても死にますので」


「ああ、無理はするなよ」


「楽勝ですので、下手な気を回さずに休んでいてください」


 言い終わると、小さな地の揺れと共に大きな音が聞こえてきた。

 木々が、なぎ倒されていく音である。


 七之上は慌てて離れた位置の木陰に隠れて潜み、エリザベスは音の聞こえる方向を注視しながらゆっくりと弓を構えた。

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