四、嘘で塗り固められた名前

 勉強はシオリのおかげもあり、案外苦労することもなく学年相当まで追いつくことができた。周りは勉強をしたくないと言うけれど、ひたすら訓練をすることに比べれば座っていられる分楽かなと思う。

 本格的な夏を迎える時期には、町を巻き込む学園祭が行われるらしい。お祭りだ。教室だけではなく、廊下でも同じ制服を纏った生徒たちがなにかしらの作業をしていた。まるで軍隊にいるような錯覚すら覚える。

「ライ、こっちだよ。ぼーっとしないで」

 人の間を軽快にすり抜けていくシオリを追う。ここのフロアは、劇でもやるのだろうか。制服ではない人を多く見かけるし、あれは時代劇かな。新選組かもしれない。

「もう! ライってば!」

 見慣れない景色に囚われすぎた。のんびりしている私の腕を掴んで、シオリが少し怒る。

「だめだよ。ライにも手伝ってもらわないとなんだから」

 シオリは写真部として、準備期間から写真撮影を行うらしい。

「最近は人も増えて校内狭いよね」

 どうにか広めの廊下に出たところで、

「さぁ、わたしを肩車して!」

 なんて脈略のないことを言われて困惑した。何だって?

「上の角度から撮影したいの。脚立をこの人混みの中持って歩けないでしょ?」

「だからって……」

 無意識に短いスカートから露出された太ももに目が行く。

「せめてジャージはいてこないと。スカートのままじゃ、その、だめだと思う」

「誰も見ないよ。忙しいし」

「それでもだめ!」

 お願いと可愛い顔をされるのも満更でもないと思っていると、現実を突きつけるような電子音が私のポケットの中から鳴り始めた。

「ライ、電話じゃない?」

 騒がしい校内でもよく聞こえる。

「そうみたい。ちょっとごめん」


――機関から連絡があった場合、必ず応答すること。


『残念だが君は転校することになった』

「何でですか?」

 学校の敷地から出たところで、思わず声が大きくなる。

『もうそろそろか』

 そして町にあるサイレンが一斉に鳴る。

『そうゆうことだ。君のいる地域に襲撃がくる。迎えがいるから撤退してくれ』

「撤退って、攻防はしないのですか?」

『あくまでも君の出る幕はない。君の撤退を確認次第、こちらは任務を遂行する』

 つまり機関はこの町を見捨てるつもりなんだ。敵を速やかに撃退するつもりならば、私に出撃命令を出せばいい。それをしないのは、私の存在を表に出すことが国の不利益になるからなんだろう。

『早く移動したまえ。君の正体が表沙汰になれば、二度と学校には通えない』

 そうゆうことか。私のわがままが原因だったのか。

 私みたいな《人殺し》が野放しになっているなんて、バレるわけにはいかないものね。結局、人並みの幸せなんて送れる資格がなかったわけだ。

 襲撃は能力者を利用した海からの攻撃。見たことがある。大量のエネルギー弾を撃ち込むだけの芸のない殺戮兵器。

 電話を切ると、先程の賑わいとはうって変わり、喧騒と負の感情で満ちていた。学校にいた生徒はシェルターに避難をし始めている。

 私はどうしよう。

 握ったままだったスマホが目に入る。何で待受をこのままにしていたのか。

「ライ!」

 この喧騒の中で、メガホン一つで声を通すなんてどんな声量をしているんだ。それとも私の幻聴か。どっちでも構わない。問題は、なぜ彼女が屋上にいるのかだ。

『やっと電話繋がった』

「のんきなこと行ってないで早くシェルターに行って」

 自分でも驚くくらい冷静な声が出た。

『それはライも一緒でしょ?』

「いいから早く」

 シェルターに入って助かるのだろうか。

 ダンボール、ペンキ、木材、いろんなものが散らかった廊下をローファーのまま走る。もたもたしていると痺れを切らした迎えが来てしまう。急がないと。急がないと?

 二階の時点で大きな音と、振動が届き、窓ガラスが割れた。アイスを食べたスーパーの辺りは、オレンジ色に溶けている。

「ライ!」

 階段を駆け下りてきたシオリは、膝から血を流していた。先程の衝撃で転んだのかもしれない。

「よかった。無事で。ほら、シェルターに行こう」

 お姉さんぶった手が差し出される。

 でもだめだ。この町のシェルターでは、あの攻撃は防げない。シオリを連れて逃げる? どこに? 能力がなければ、私はただの役立たずなのに。

「シオリ、ごめん」

 伸ばされた手を掴み、上の階に連れて行く。

「どこ行くの!?」

 確か三階のクラスでは時代劇の準備をしていた。新選組をやるのであれば、模造刀なり木刀なりあるはず。なければ最悪ノコギリでもいい。

「何を探しているの?」

 あった。

「ライってば!」

「ごめん。嘘ついてた。私の名前はライじゃないの」

 指先に込められた力を振り払い、アルミホイルを巻きつけられた木刀を両手で握る。どうやら竹刀よりも力は込めやすそうだ。

「もしかして……」

 異様に光を纏う木刀で彼女は全てを察してくれたらしい。絶望に包まれた顔には、憎しみの感情が溢れている。

 校舎の半分を吹き飛ばし、町の建物はほとんど吹き飛ばし、思い出も優しさも吹き飛ばした私は、敵を殲滅しても褒められることはない。

 木刀は灰となり、晴れた空に舞っていく。

「《人殺し》」

 きっと彼女に出会ったのは、この瞬間のためだった。

 欲を言えば、彼女が五体満足でいるのを自分の目で確認したかった。

 私の心臓を貫いた腕はとても綺麗で、最期に頬を撫でた金色の糸は少し湿っていた。

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水は方円の器に従う 汐 ユウ @u_ushio

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