三、アイスを決める時のルール

 誰かの視線を感じながら、シオリに見送られて家に帰った。

 世話役については断ったため、炊事洗濯は全て自分でこなさなければならない。何年も料理をしていないのにチャレンジは無謀だと思ったので、コンビニで買ってきた。

 パンを食べ、シャワーを浴びたら、今日の出来事、接触した人物、出費等を事細かに機関へ連絡しなければならない。特に出費についてはきちんと報告しなければ、援助がなくなると脅された。

 出来事や交流関係は、スマホの履歴なり、尾行なりして把握されていることだろう。特になにも警告がきていないってことは、このくらいなら許されているということだと思う。

 大人たちからすれば、小娘のわがままに適当に付き合い気分をよくさせて、機会がきた時には道具としてスムーズに使えばいいと考えているのかもしれない。味方からしても、私は爆弾でしかないのだから。

【シオリ︰やっほー! 今日は連れ回してごめんね! 明日からもよろしくしてくれたら嬉しいです♪】

「お?」

 いきなり画面にメッセージのようなものが出てきた。これが所謂ライン……メールの現代版みたいだ。

 よく分からないものの、まだ若さが補ってくれるようで、説明書を見なくても返事をすることができそう。

【こちらこそ】

 文字の入力が難しい。ううん……。

【ありがとう】

 ガラケーの時も最初は一つずつ丁寧に押していたっけ。

【よろしくお願いします】

 顔文字とか絵文字つけた方がよかったかな、と悩んでいると突然イラストのようなものが送られてきた。

「なんだこれ……」

 これがスタンプだということも、翌日シオリに聞いて教えてもらった。結構私の時と違うんだなぁとしみじみ感じる。


「シオリー。教科書貸してー」

 どうやらこんな派手な見た目をしていても、転校生に親身になれるくらいのコミュニケーション能力は持っていて、人種問わずに友達が多いらしい。

 私と話している時以外でも、シオリは同級生や隣のクラスの人とよく話している。

 シオリが話しかけてくれるおかげで、私にも声はかかってくるがシオリほど興味は持てなかった。今の私からすればシオリがいて、他は同級生A、同級生Bでしかない。あまり交友関係を増やしてもリスクになるということと、他の人との思い出を作るくらいならその分を彼女に捧げたいだけだった。

 彼女の隣にいると、彼女の声を聞くと、罪悪感で身が千切れそうだ。誰も私を裁かない。だからとても心地がいい。

「今日アイス食べに行かない?」

 シオリの誘いはいつも思いつき。

「木曜日はねぇ、アイス四割引の日なんだよ」

「安いんだね」

「そう。限られたお小遣いだから節約しないと」

 無償で生活費を振り込まれる私にはない感覚だった。だってプレ●テが必要って申請したら、即日で届くもの。

「いちごにしようかなぁ、チョコかなぁ……」

 アイスの味を考えているだけなのに真剣。

「バナナかな?」

「どうせ見たらまた悩むんじゃないの」

「それもそうだね。ライってば分かってるー」

 君のお姉さんがいつもそうだったからね。


「二人乗りって違法じゃないの?」

「見つからなければ大丈夫だって。自転車ならすぐだし」

 坂を下った先にあるスーパーに寄るため、シオリの自転車の荷台に乗せてもらっている。田舎の道だからおしりが痛い。

「やっぱ不良なのかな」

「わたしより不良なやつなんていっぱいいるよ。わたしは煙草も吸わないし喧嘩もしません」

「そうでした」

 まぁ二人乗りはしている。

「よっしゃー! アイス!」

 港町のスーパーは意外と広い。メインの買い物が集約されているからだろう。雑貨も販売しているし、来ているのか分からない観光者向けのお土産コーナーもある。

「何見ているの? アイスこっちだよ?」

 郷土品はどんなものがあるのか眺めていたら袖口を引っ張られた。

「お土産ね。あのおまんじゅうは美味しいよ」

 なんとか温泉って書いてある。ここの名産ではなさそう。

「あー見て。木刀なんか売ってる〜。修学旅行生なんて来ないっつの」

 それはまずい。


『●●。テニス部入らないなら剣道部入らない? 一緒に部活やろうよ』

 おもむろに竹刀を渡されて、学校が吹っ飛ぶなんて誰が想像しただろうか。

 私の目の前にいたイオリは、もちろん助かるわけもなく、むしろトウキョウにだって彼女の骨の一つも残っていない。


「ほら。ライ、見て、」

 無用心に差し出された木刀を反射的に鞄で叩き落としてしまう。……気不味い雰囲気。まずい。

「……ごめん。あの、昔クラスの男の子に木刀で叩かれたことあって」

 とっさの嘘のわりにはまともな部類だと思うけど如何に。

「こちらこそごめん! なにより先端恐怖症の人とかもいるのにいきなり向けるのよくないよね、ごめん」

 シオリが乾いた音を立てて転がっていった木刀を拾い、元の場所に戻す。

 店番の女性が明らかにこちらを睨んでいたので、慌ててアイスコーナーへ移動した。

「あの、やだったら答えなくていいんだけどさ、ライっていじめでこっちにきたとか……?」

 嘘を信じてくれたのはいいが、あらぬ誤解が生まれている。

「そうゆうのじゃないよ。ほんと修学旅行のノリとかそうゆうの。当たりどころ悪くて痛かったからトラウマになったのかも」

「やだね、せっかくの楽しい思い出なのに」

 修学旅行ってどこ行ったんだっけ……。

「あまり気にしないで。私こそいきなり脅かして悪かった。ところでアイスは決まった?」

 先程悩んでいたのが茶番だったかのように、シオリはバニラアイスを手に取った。

「悩まないの?」

 私がまだ決められていない。私の好きな味はチョコだったっけ。イオリは何を食べていたっけ。

 アイスケースにこびりついている霜を見ると確かにバニラに惹かれる。

「私もバニラにしようかな」

「えー!」

「えぇ、何で嫌そうな顔をするの?」

「だって同じのにしたら、交換できないでしょ?」

 シオリが手に取った箱を戻そうとするので、私は慌てて手前にあったチョコ味のカップアイスを手に取った。うぅ、冷たい。

「バニラじゃなくていいの?」

「シオリがくれるんでしょ? 大丈夫だよ」


「チョコも美味しいよねー」

 人のアイスをたくさん食べて満足したシオリは、ほぼ空になりかけているカップを見て「あっ!?」と大きな声を上げる。

「なに?」

「写真撮るの忘れた〜」

「アイスの?」

「アイスの。え、トウキョウでも撮らない? 友達と何かしたら思い出残したいじゃん」

「そうゆうものなの?」

「そうゆうもんだよ。ライって本当に都会から来たの?」

 都会も都会。この国の技術が詰まったところから来た。

 ……思い出を残したいなら、別にアイスでなくてもいいのでは? なぜ食べ物にこだわるか分からず、私はらしいことをしたくて、シオリの不満足そうな顔をデータに残すことにした。

「急にどうしたの?」

「アイスを食べた思い出残そうと思って」

「え! アイスついてる!?」

 ついていないし、ついていたところでそんなにこすったら手がベトベトになるだけだ。でも黙っていてもいいかなと思えた。

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