ニ、トラとゾウ
「わたし小さかったし、戦争も激化していた頃でしょ? 死んでからずっと会えてなくて」
それは、私の存在を秘匿するために仕組まれてきたことだ。
「ごめん、暗い話しちゃったね。顔色よくないけど大丈夫?」
「ぁ、うん……。大丈夫」
「ほんとごめんね。皆にも今さら行っても無駄だって言われているんだ。わたしのことは気にしないで」
いつもイオリの後ろに隠れて、姉の親友のことですら見ようとしなかった少女は、いつの間にか私よりも大きくなっていた。
「どうしたの、ライ。本当に大丈夫?」
「大丈夫。なんでもない」
無意識に触れた髪は、こんなに染められていても傷んでおらず、細くて柔らかくて絹糸みたいだ。
「なっなに……!?」
いきなり触れられて驚いたのか、昔みたいに殴りかかってはこないが顔を赤くした。
「シオリは可愛いなって思って」
そうか。これは贖罪のための時間だったんだ。
私が壊したものを、まさか真横で見守れるなんて。
隕石になんて殺させない。機関にも抹消させない。私は親友の妹を、やりたいことを全てやり終えるまで死なせたりしない。
「なっ、えっと、トウキョウの人は皆そんな簡単にかっ可愛いとか言うの……?」
「トウキョウ云々関係ないと思うし……シオリだってあっちが出身なんじゃないの?」
「わたしは小さい頃にここに来たから、トウキョウのことなんて全然覚えてないの」
「そうかそうかー」
「もう! あんまり触ったらボサボサになるでしょ!」
よく見たら怒った顔もイオリにそっくりだ。
「ごめんね」
あぁ……生きていてくれてよかった。
てっきり親族は全員殺されたのかと思っていた。
「シオリ、私もやりたいことあったから付き合ってくれる?」
「やりたいことってこれ?」
一階の渡り廊下手前にある自動販売機で、トラのレモンティーとゾウのミルクティーを一つずつ買って、無人になった教室でストローを挿す。
「うん、教室で飲みたかった」
「まぁ外は暑いから教室でもいいけどぉ」
「どっちがいい?」
「ミルクティー」
ゾウ柄の紙パックを渡す。この柄、一度ガラッと変わった気がするけどそれ以降は変わってないのかな。
「こんなに暑いのに野球部大変〜」
窓枠に腰を掛け、ストローを加えたままシオリが目を細める。遠くから聞こえていた掛け声の正体は野球部だった。
「ライってトウキョウでは何してたの?」
「何って、どうゆう?」
「部活とか、習い事とか」
「……どっちもしてなかったな。中学生の時はソフトテニスしていたけど」
「うちにもテニス部あるよ。たしか硬式だけ」
「二年の編入だから、途中から入るのは気が引けちゃうかな。……シオリは部活入って……ないのかな?」
部活があるのだとしたら、今この時間サボりになってしまう。
「入ってますー。ただ毎日活動するわけでも、チームプレイってわけでもないの」
くるくると髪を指先で巻きながら、空っぽになったミルクティーの箱をゴミ箱に向かって投げる。
「ナイスシュート」
でもバスケ部ってわけではあるまい。
「何部だと思う?」
「ヒント」
するとシオリは親指と人差し指でLを作り、合計四本の指で四角を作った。
「写真?」
「せいかーい!」
ぴょんっと窓枠から飛び降りると、勢いに任せて私の残り僅かなレモンティーまでかっさらって行く。ストローの先が潰れているのも気にせず、他人のものというのも気にせずに盛大な音を立てて飲みきってしまう。ひどい。
「まぁ写真って言っても、スマホしか使わないんだけど」
最近のスマホはデジカメと同じくらい綺麗に撮れるらしい。
「そうだ。忘れてた。連絡先交換しようよ」
見た目に反してシンプルなケースをつけたスマホをライの顔の前で振る。
「あ、ちょっと待って……」
先日支給されたばかりの真新しい機械。実はスマホを持つのすら初めてで、いまいち使い方も分からない。
「え! ラインやってないの? てゆうか出荷状態と変わらなくない?」
「あーえっと、ずっとガラケー使ってて。この機会に慌てて変えたから間に合ってなくて」
「よくトウキョウで生き延びたね」
使っていたのはほぼ無線だったからね。
「貸して。必要なアプリ入れてあげる」
半強制的に剥き出しのスマホを奪い取ると、このアプリ盛れるんだよねぇとか呟きながらすごいスピードで指を動かしていく。
「よし、そしたらー」
終わったかと思えばいきなり私の後ろに周り、少し焼けた腕を肩に回して「笑って」と言う。華麗に宙を舞うスマホを目で追っていると、カシャと音がした。
「逆光になっちゃったけど、ライのスマホってば自動修正してくれるんだね。いいなぁ最新機種」
戻ってきたスマホの画面には、私とシオリと潰されて机の上で野垂れ死んでいるトラのスリーショットがある。
「これでちょっとは高校生ぽいでしょ」
きっといずれ消えるデータ。帰ったら目に焼き直そう。
「いい写真撮れたら送ってよ。写真部だって歓迎するからさ!」
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