一、隕石が落ちて死ぬまでにやりたいこと

 波風にあわせるように作られたセーラー服。青系統をベースにしていることもあり、私の赤髪とは相性があまりよろしくない。

 潮風が常に吹く町は、私が今まで住んだことのない世界で、懐かしさを感じる必要はないはずなのだが、白と青の制服と夏の色をした空が誘惑している。

 なによりも敵意や殺意のない日常が、ただの私だった頃の記憶を強く刺激する。真夏の太陽よりも激しい刺激は、時折記憶の一部さえ白飛びさせる。

「汐波高等学校二年一組か。どうせなら一年生からやらせてくれればいいのに」

 いや、願いを叶えてもらえるだけ幸せだ。同じ異能力者の中で、普通の生活を送ることができる人間なんていない。

「トウキョウから越してきたシミズ=ライさんです」

 担任は若い女性教師だった。しばらく前はこんな田舎町に若い女性も、むしろ学生ですらほとんどいなかったのに、戦争が起きたせいか数が多い。

「あなたもシミズっていうの? わたしもシミズなの。シミズ=シオリ。シオリって呼んで。わたしもあなたのことライって呼ぶから」

 隣の席になった馴れ馴れしい女生徒は、こうゆう出会い方をしなければ関わることがなさそうな人種だった。いわゆる一昔前の不良。がっつり染めた金色の髪には、水色のメッシュまで入っている。学校指定の制服の上には、夏だというのにセーターまで羽織る。スカートはもちろん短くて、下手するとセーターで見えないくらいだ。

「こんな中途半端な時期に大変だね? 疎開? でも、今って戦争終わったんじゃないっけ」

「家族の都合で、ちょっと」

「そっかそっか〜。都会とはずいぶん違うと思うから、困ったことあったらわたしを頼ってね。放課後空いてる? 案内するよ」

 地元の人だろうか。都会っ子のイメージを抱かなかったからそうかもしれない。

「教科書まだないよね? わたしの見る?」

「うん、ありがとう」

 初っ端から数学。ベクトル。そういえば高二の勉強なんて、まともにしたことがないから分からない。

 蛍光灯の光を反射するノートには、とりあえず黒板の内容を書き写すことにした。横目でシオリのノートも覗いてみる。……見た目で判断するのはよくないかもしれないが、お手本のように綺麗な字で上手くまとめている。

「どうしたの? あ、ノート? 結構前の学校と進度ズレてたりする? それならコピーとって、明日あげるよ」

 今時珍しい《天使》のような、心優しい人だった。

「こんな見た目しているけど、勉強得意だからじゃんじゃん聞いて!」

「そこうるさいぞ!」

 窓の光が反射する。眩しくて一瞬目を細めた。そうしたら本当に彼女が《天使》のように見えたんだ。


「そしてここが屋上!」

 丁寧に校内を案内してくれたシオリが最後に開けたのは屋上の扉だった。

「ここだけカギ壊れているんだ。先生には内緒だよ」

 海が近いこともあり、この学校は高台に設けられている。他に高い建物もないため、町のほとんどを見渡すことができる。空に少し近いからだろうか。やけにシオリと背景がマッチする。授業中に寝転んで煙草でもふかしていたらちょうどよさそう。

「わたしそんな不良じゃないよ!?」

 想像の一部が漏れていたようだ。

「じゃあ、何でそんなに派手な格好しているの?」

 似合っているから、別に変えなくていいと思うけど。

「人っていつ死ぬか分かんないじゃん? もしかしたら隕石が落ちてきてわたしたちは死ぬかもしんない。だったら生きている間に好きなことしたいなって」

 隕石落下で死ねるなら幸せかもしれない。

「ねぇ、ライはなにか死ぬまでにやりたいこととかってないの?」

「うーん。もう叶っているから」

 学校の屋上に上るなんて青春チックなこと、できるなんて思ってなかったから。

「私は……普通でいられたらいいや」

 このまま許される有限の時間、彼女のクラスメートとして、この町の住人として、景色に溶け込むことができればいい。

「シオリのやりたいことは髪染めだったの?」

「やりたいことの一つだよ。あとはね、大人になったらお酒を飲むでしょ、恋人作ってデートも行きたいし、トウキョウにもまた行きたい、あと……」

 ちょっと重たい話なんだけどね、と苦笑いを浮かべる。


『ねぇ、●●。一緒にさ』


 私に頼み事をする時の彼女の笑顔。私がきっといつも渋い顔をしていたから、彼女もうっすら笑顔を浮かべることしかできなかったんだろう。でも、そのか弱そうな表情にいつも押されて、私は彼女の願いを聞いてきた。


 そう、彼女は――


「お姉ちゃんがいたんだけど死んじゃって、お墓とか思い出もだけど、全部トウキョウにあるから会いに行きたいなって」


――イオリの妹だ。

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