英雄の帰還

 

 晴れていたので、帰りの山道は簡単に下ることが出来た。ヒロは山をスイスイと下りながら昨日のことをゴンに話していく。見えない壁や、薙刀の巨人、そして謎の銀騎士レオのことを。


「キラレタノカ! ダイジョウブナノカ! ヒロ!?」


「ああ、なんかすっかり治っちまったよ。その謎の銀騎士が治してくれたのさ。あれが回復魔法ってやつなのかな? ピカーと手から光が出て治っちゃったんだ」


 今も普通に歩けているし痛くもない。それにしても謎の銀騎士レオ。彼は一体何者なんだろうか。だいたいなぜあそこにいたのだろう。


 それに結局、雲が消えた理由も分からずじまいであった。やはり巨人が原因だったのだろうか。雲が消えるまで時間差があっただけ?


「とにかく俺は今回、ほとんど何にもしてない。山に登って、巨人から逃げ回ってただけ。巨人だってそのレオって人が倒しちゃったし」


 自虐気味にそう言って肩をすくめる。それでもゴンはそんな事はない、とかやっぱりヒロがいなきゃダメだった、とか言ってはくれたが何もしていないという事実は変わらない。


「俺がもっと強ければなんとか出来たかもしれないけどな……」


 レオの剣裁きを思い出す。自分もあれくらい強ければ、死にかけるなんて事はなかっただろう。


「サトノミンナニハ、イワナイデオクカ……?」


 ゴンがそんなことを提案してくる。


「とりあえず族長にだけは全部話すよ。族長は立場上何があったかは知っとくべきだろうしな」


 族長には話すが他の皆には話さない方がいいだろう。余りにも不思議なことが連続し過ぎて、作り話みたいになってしまっている。信じてもらう方が難しい。


 なにしろ里の岩族の面々からすればヒロが里を発って、数日したら雲が無くなったのだ。誰だってヒロが解決したと思うだろう。自分は何もしていないんです、なんて言ったところで謙遜していると思われるのがオチだ。


 それに里は今頃お祭り騒ぎだろう。そこへ行ってわざわざしらけさせる事を言うのも悪い気がした。


「……まあとにかく、里に戻るか!」


 二人は夕方には里まで帰って来ることが出来た。まだ族長の洞窟まで少し距離があるが、何やら楽しげな音が聞こえてくる。天気が良くなったお祝いを一足先にやっているのだろう。


「ミナ、ヒロヲマッテイル」


 ゴンはそう言うと気持ち早足になって歩き出す。


「そうだな。主役が居ないと盛り上がらんだろ!」


 そう言ってヒロもゴンを追いかける。洞窟が見える所まで来ると、岩族の誰かがヒロ達に気づいて大声を上げた。


「おぉぉぉい! 英雄が帰って来たぞぉぉぉ!」


 それを聞いてわらわらと他の岩族が集まって来る。


「ありがとう! ヒロ! お前は里の英雄だ!」

「君ならやってくれると信じて居たよ!」

「よくやったな! ぜひこの石を受け取ってくれ!」


 みんな口々に感謝の言葉を述べた。実際は何もしていないが、それでも死にかけはしたのだ。これくらいの役得はあってもいいだろう。そう思いながらヒロは応えていく。


「大変でしたが、なんとかなりました。里に平穏が戻って良かったです」


 そんなこんなで宴が始まった。相変わらず族長の洞窟が集会所代わりになっている。みんなあの水晶球を囲むように輪になって酒を飲んでいた。その光景を眺めていると族長がヒロの所まで来て言った。


「よくやってくれたなヒロ! 約束通りこの水晶は褒美にお前にやる!」


 ちゃんと覚えていたとは。もうその事は忘れているだろうと思っていたヒロは驚いた。


「いやいや! あの時は貰うって言いましたけど冷静になって考えたらこんな大きい物持っていけませんよ」


 慌てて断ると族長もそれは失念していたという顔をして唸った。


「そうか……確かに言われてみれば旅をしている者にこれは大きすぎるな……」


 何しろこれからしばらくは、ひとところに留まるつもりはないのだ。こんな大きい物をこれからずっと持ち歩くなんて出来ない話だった。


「ううむ……そうだな。ちょっと待っていろ。確か小さくて希少なものがあったはずだ」


 族長はそう言うと奥の方へ引っ込んでしまう。他のみんなも今のやりとりを見て、ああそう言えば旅してるんだよなあという感じである。

 しばらくして族長が戻ってきた。ちょうどいいものでも見つけたのか機嫌がいい。


「ヒロ、見てくれ! これならどうだろうか?」


 族長の手には燃えるような赤さの丸い水晶が握られていた。受け取って透かして見ると、中は透き通っていて向こう側が赤く見える。大きさは握り拳くらいだ。確かにこれくらいの大きさであれば持って行っても支障はない。


「すごい綺麗ですね……これは一体……?」


「いや、実はわしもよくは知らんが小さくて中がなるべく透明なものを選んできた」


「ありがとうございます。これなら問題ありません。大事にします」


 族長によると昔、岩族が人間と取引していた頃、人は透明なものをよく欲しがっていたそうだ。それで透明なものなら価値があるだろうと思い、これを持って来たのだという。


「もし邪魔になったら売ってしまって構わない。旅には何かと入用いりようだろう?」


「とんでもない! 売ったりしませんよ」


 これは思い出に大事にとっておこう。ヒロはそう思いながら自分のカバンに丁寧にしまった。


 宴会が終わった次の日。ヒロは族長に山頂で起こった本当の出来事を話した。族長なら何か1つくらい知っている事があるのではないかと期待したが、何も分かる事は無かった。結局全ては謎のままである。


「……すまない。せめてわしらが一緒に行けていれば……」


 巨人に斬られた事を話した時にはいたく心配された。沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べる族長。だがヒロからすればもう終わった事。報酬に宝石も貰えたのだ。ヒロとしては、今度皆さんがヴィタリに行く時には気をつけてね、くらいの気持ちであった。


「もう別になんともないんで心配しなくていいです。俺が旅に出発した後にでも、他の皆さんに、あの山は危険かもしれないって事を伝えてあげてください」


「わかった……そうすると報酬もあの赤い石だけでは足りんな。もう1つ持って行くか?」


「いやいや、あれで充分ですよ! ならこうしましょう。また俺がこの里にきた時に盛大にお祝いしてください」


「わかった、約束しよう! また必ず来なさい」


 そう言って族長はヒロと固く握手をした。

 ヒロはそれから数日間、族長のところで世話になった。みんな何かと良くしてくれるので居心地が良かったのだ。だがそろそろ行くべきだろう。ヒロは出発する事を決めた。


「族長、今までお世話になりました。明日、ここを発とうと思います」


「そうか、そろそろ行かねばならんか」


 族長は少し寂しそうに言ってヒロの肩をポンと叩く。ヒロは荷物の整理をすると、他の岩族にも別れの挨拶をして回った。もちろんゴンのところへも行った。


「ヒロ、マタイツカアオウ……」


 そう言うゴンには寂寥感が漂っていた。ゴンと共に過ごした時間が思い出される。くだらない話ばかりしていた気がするが、なぜかあの時間をヒロは鮮明に覚えていた。親しくなった友と別れなければならない事にヒロは一抹の寂しさを覚えた。


「ああ……また会いに来るよ。必ず」


 また来よう。ヒロはそう心に誓った。


 翌朝、みんなに見送られる中で里を出発する。


「ありがとおーー!」

「元気でなあーー!」


 みんな声を張り上げて見送ってくれる。


「またいつかーー!」


 ヒロも負けじとそれに応えた。岩族のみんなはヒロが見えなくなるまで手を振っていた。

 またここからは一人旅だ。ここからだとティエンガン天を貫く山脈を越えるのに早くてもあと一週間はかかるだろう。


「あーあ、また一人旅か。やっぱり誰か仲間が欲しいな」


 岩族の里に来るまでは一人で平気だったヒロだが、今は仲間が欲しいと思ってしまっていた。ヴィタリ山に登っている間に、仲間がいる事の心強さを知ってしまったのだ。


「山の向こうの街に着いたら、仲間探しでもしようかな〜」


 山脈を越えた向こう側は帝国領、シレイラ帝国の領域だ。ヒロの故郷ラマ王国とは違い、人も物も桁違いに多い。そこでなら一緒について来てくれる仲間も見つかるかもしれなかった。


(これから先の目標は、仲間を見つけること、それからもっと強くなることだな)


 もっと強くなる。そう、あの謎の騎士レオみたいに。ヒロはレオのことを思い浮かべた。あれだけ強い人間だ。実は帝国では有名かもしれない。案外簡単に見つかる可能性だってある。

 ヒロはまだ見ぬ新天地に想いを馳せて、一歩ずつ歩き出した。

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龍の紋章 〜北を目指して〜 普通のオイル @usuel_oil

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