岩族の悩み
洞窟の中で一息つきながらお互いに自己紹介をする。
「俺はヒロって言うんだ。お前さん名前は?」
「ゴン、ダ」
ゴンは口下手であったが、ヒロが話すと頷いたり、笑ったりと、意外にも聞き上手だった。
「ソレデ、ヒロ、ナゼ、ココニキタ」
「いやーそれがさ、こんな手の模様ひとつで故郷を追い出されちゃったのよ。英雄の証だーとか言って本当か分からない噂を信じてさ。ひどいと思わない?」
ヒロはそう冗談めかして手の甲をペシペシ叩きながらゴンに見せた。しかしゴンは、ヒロの手の甲を見て何やら考え込むと真剣な表情で突然こんな事を言い始めた。
「ソノモヨウ……ヒロ、ゾクチョウニ、アエ」
岩族はこの辺りの山々にばらけて生活しているそうで、その中でも一番偉い岩族の長がこの近くに住んでいるようだった。そしてどうしてかゴンはその長に会って欲しいらしい。
雨が止むまでどうせすることもないのだ。それに何やらこの模様のことを知っているようだし、何かわかるかもしれない。ヒロは族長に会ってみることにした。
ゴンに連れられて来た族長の洞窟はかなり分かりにくい場所にあった。知っている人でなければ見つけることすら叶わない。
早速、話を通してもらって中に入れてもらう。中はとりわけて広いという事はなかったが壁はピカピカに磨き上げられており、明かりを灯すランプみたいなものまで壁に掛かっている。
極めつけは部屋の真ん中に置いてある丸い大きな水晶だ。人の顔ほどはあるのではないかと思われるそれは、蒼く透き通っていてとても美しかった。
「よく来たな、人の子よ。ようこそ岩族の里へ」
族長は普通語が通じるようで、少し意外に思いながらもヒロは応える。
「こんにちは。ヒロと言います。この雨でゴンの洞窟に偶然迷い込んじゃいまして、それで色々あってここに来ました」
族長は
「儂はゴルドスと言う。この里で族長をしておる。しかし偶然迷い込んだ、か……ゴンもまだまだ隠すのが下手と言うべきかそれともやはり導きか……」
導き。なんだかまた分からない単語が出てきたぞとヒロは眉を顰める。
「導き……ですか? そういえばこの手の模様のことも何やら知っているようですし、できれば教えて欲しいんですが」
ヒロが捲し立てると族長ゴルドスは笑いながら言った。
「まあそう
龍とはまた大きく出たなと思いながらヒロは自分の手の甲を見つめる。そう言われてみれば何となく龍に見えなくもないがパッと見たらやはりミミズである。
しかしそれを置いておいたとしても、もっと重大な事を聞かされてしまった。どうやら紋章はいくつかあるようだ。
「龍……はまあいいとして、紋章っていくつかあるんですか?」
「うーむ、昔のことだから詳しくは覚えていないが幾人かに現れると聞いたぞ? それぞれ、え~なんだったかな? 龍以外だと大地と炎はあったはずだが……うーん……忘れてしまったわい」
あやふやだが少なくとも大地と炎の二つがあるらしいことは分かった。
「と言うことは俺と同じ境遇の人が何人かいるかもしれない?」
「ああ、その可能性はあるだろう。案外北へ向かっておるならどこかで合流するかもしれんぞ? 紋章を宿し者は北へ行かねばならんのだろう?」
ヒロは内心驚いていた。祖父が言っていた言い伝えは本当だったのだ。ここに来て冗談半分に捉えていた言い伝えがにわかに現実味を帯びてきていた。
「そうですね。有り難うございます。あ、あと導きっていうのを聞いてなかった。それはどういうことなんです?」
それを聞いた族長ゴルドスは待ってました!と言わんばかりにグイと身を乗り出した。
「こんな話は知っておるかな? 英雄ミハイルは災厄を退けたことばかりが有名になっておるが、実は他にも功績がある」
「いえ、聞いたことないです」
「そうか。それはな、世界各地の問題を解決して回ったというものなのだ。そしてミハイル様の予言通り、ヒロ。お前が現れた」
なんだか雲行きが怪しくなって来たぞと思わず身構えるヒロ。
「実はな。今、里は大変な問題を抱えておる。そしてそれはお前にとっても無関係ではないのだ。まさにミハイル様のお導きだな」
「えー、という事はつまり……それを俺に解決して欲しいと?」
「うむ! 話が早くて助かる」
族長はにっこりと微笑んだ。ヒロは旅を始めてすぐに厄介ごとに巻き込まれてしまったことに面倒臭さを感じながらも話を聞くことにした。
「……それでいったいどんな悩みなんです? 俺に解決できることならば手を貸しますが」
今の所ヒロは、手にちょっと変わった模様がある以外は一般人と何ら変わりないのだ。無理難題を言われても困ってしまう。
「お前もこの地域に入ってから気づいてると思うが、ここの所ずっと雨だろう? 実はこの一か月余り雨が降り続いておるのだ。本来この地域はカラッとしたいい天気のはずなのに見る影もない」
一か月も降り続いているとは驚きだ。確かにヒロの記憶でも
「このまま雨が降り続けば崖が崩れたり、木々が雨に押し流されてしまうだろう。そうなれば我々もここに居続けることができなくなる」
岩族は山の洞窟が住処だ。土砂崩れや地滑りが起これば無関係というわけにもいかない。
「なるほど。確かに大変ですね。ですが、それで一体俺にどうしろって言うんです? 雨を止ませるために舞でも踊れっていうんですか?」
もちろんヒロは冗談のつもりで言った。しかし、族長は頷くと大真面目にその冗談を肯定した。
「いや、半分
自分の冗談を肯定されたヒロは顔をひきつらせる。この人は一体自分を何だと思っているんだろうか。当然だがヒロにはそんな特殊能力など無い。
「無理です……」
「まあまて、人族はすぐに早とちりするからいかん。いいから最後まで話を聞け。実はこの雨なんだがな、おおまかな原因はわかっとるのだ。ちょっとついてこい」
そう言って族長は洞窟の入口のところまで歩いて行くと遠くの一際高い山を指差した。
「ほれ、あの山が見えるか? あれはこのティエンガンの中でも最高峰の霊峰ヴィタリだ。あの山の雲、他と違って何かおかしいとは思わんか?」
そう言われて目を凝らしてみれば確かに他より雲の色が黒い気がするし、山の中心に向かって渦巻いている様にも見えた。
「あそこにいったい何があるんです?」
「何があるのかと聞かれたら明確には答えられん。が、
「随分曖昧ですね……」
「というのもな、あの山の異変に気づいてからわしも若い衆を連れて調べに行こうとしたのだ。だが何度登ってもあの黒い雲に迷わされてしまう」
「黒い雲……」
「ああそうだ、ただの雲であれば迷わん。我々岩族が山で、それもヴィタリで迷うことなどありえんことだ」
族長曰く、自分の家の庭で迷うようなものだという。
「でもそれなら、俺のような素人があの山に登っても余計に迷うだけだと思うんですけど」
ヒロは別に山登りの名人でも何でもない。なので族長が自分に頼む理由が分からなかった。
「いいやそんな事はない。わしの考えはこうだ。あの黒い雲は条件を満たさぬものを通さぬための障壁なのではないかと」
つまり族長は自分たちが通る資格が無いから登れないのではないかと考えたという事だ。なるほど、それで紋章を持っているヒロならばと思ったのだろう。
「つまり、俺にやってほしいことはあの山へ行って、何が起こっているのかを調べてほしいということですね? それであわよくば問題を解決してほしいと」
「ああ、そうだ」
「でも俺も登れないかもしれませんよ?」
ヒロとて模様があるだけの一般人なのだ。もしかしたら全く関係なくて登れないかもしれない。そう思ってヒロは反論したが、族長にだってそんな事は分かっていた。
「その可能性もあるだろう。だがもう後がない。伝説でもおとぎ話でもなんにでも
そう頼み込む族長は本当に困っている様子だった。いずれにせよこの雨ではティエンガンを越える事は厳しいのだ。ならば引き受けてみてもいいかとヒロは思い始めていた。
「……わかりました。引き受けましょう」
「ありがとうヒロよ。解決してくれたらわしにできることならなんでもしよう」
ということでヒロはこの雨の中、霊峰ヴィタリを攻略することになったのだった。
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