ワタリさんの事

CKレコード

ワタリさんの事

なぜか最近、頻繁にあの人の事を思い出すので、書いておく事にする。


ワタリさんだ。

俺がワタリさんと共に働いていたのは、今から15年くらい前の事だ。ワタリさんは、無口で職人肌の渋いオッサンだった。頼み事をすれば、なんでも二つ返事で引き受けてくれる人で、会社の皆が色んな雑用をワタリさんに頼んでいた。

ワタリさんはヒョロっとした細身の長身で、すっきりとした短髪。あの髪型、本人、床屋で「GIカットってオーダーしてる」って言ってたっけな。

両拳はデカくてゴツくて、なんだかケンカが強そうな雰囲気を纏ってた。


休憩時間になると必ずゆっくりとコーヒーを淹れ、キツめのタバコを吸っていた。こっちから話しかけても「・・・はい」とか「・・・ですね」くらいしか言わない人だったけど、俺が会社のグチをこぼした時なんかに時折見せるクシャっとした笑顔は、最高に渋かった。

しかし、ワタリさん自身は、絶対にグチをこぼさなかったけどな。



一回だけ一緒にカラオケ・スナックに行った事があったっけ。なかなか歌おうとしないワタリさんを何度も何度もせっついて、ワタリさんがようやく選んだ曲は、渡哲也の「クチナシの花」だった。


「いや実は、前々からワタリさんに似てると思ってたんすよ〜。そういえば、苗字一緒ですもんね」


と言うと、ワタリさんはあのクシャっとした笑顔をさらにクシャっとさせて嬉しそうに微笑んだ。

ワタリさんの歌は正直、下手クソだった。


ワタリさんの奥さんは早くに亡くなってしまったそうで、今は若くてキレイな愛人がいるというのがもっぱらの噂だった。

若くてキレイな愛人の存在、ものすごく興味深々だったけど、なんだか直接ワタリさん本人には聞き出す事ができなかった。


ワタリさんは体が弱く、数年おきに大きな手術をするので、欠勤も多かった。しかしながら、会社のみんなから信頼されていたので、ワタリさんの欠勤を悪く言う社員は1人もいなかった。

ある年、入院期間が思いのほか長引いてしまい、いよいよ出勤日数が厳しくなってしまった。上司と共に、ワタリさんが入院している病院に行き、ワタリさんに解雇を告げた。


ワタリさんは、


「こうなっちまったら仕方ねぇよね」


と寂しそうに呟いた。

ワタリさんは、その後すぐに、帰らぬ人となってしまった。



葬式では、ワタリさんの3人の娘さんにお会いした。みな綺麗で上品な女性で、東京に住んでいると言っていた。会社に置きっ放しだったワタリさんが愛用していたコーヒーカップを娘さんに返した。娘さんは古ぼけたコーヒーカップを手に、


「父は、皆さんの会社が大好きで、いつも楽しそうに皆さんの事や仕事の話をしてくれました」


と涙を流して言った。

やっぱり身内にもグチなんて言わねえんだなと思った。

参列者の少ないこじんまりとした葬式だった。しかし、隅っこの方に葬式に不似合いな若くて派手な女性が1人、シクシクと泣いていた。

あれが愛人さんか・・・。

噂通りの綺麗な女性だった。きっと、参列した男達の全員が、羨ましいと思ったはずだぜ、ワタリさんよお。


ワタリさんが亡くなって、会社のみんなから、アレもコレもやってもらってたみたいな話が至る所から噴出した。ワタリさん、そんな細かい所までフォローしてたのかよと感心すると同時に、皆、ワタリさんに甘え過ぎだろうとなんだか腹が立った。




今、時々、果たして俺はワタリさんみたいな男になれているだろうかと思う事がある。寡黙で、優しくて、みんなから頼られるワタリさんみたいな存在に、俺はなれているのだろうか。


男の価値はきっと、〇〇や〇〇や〇〇じゃない。(本当は色んな言葉を書いたんだけど、今読み返したらカッコ悪いから、〇〇で隠しちまったよ、ワタリさん)。

そうワタリさんが教えてくれた気がするよ。

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