第8話 友人
「アヒャヒャッ!オウッ!オヒョヒョヒョ!?ギヒヒィィ!ギェェェ!!アッハッハハ!!!」
「お前、初登場のセリフ本当にそれでいいのか!?」
僕の横で気が狂ったかのように爆笑してるのはただ一人の友人。
ただ一人っていうのは僕がコミュ障なのもそうだが、今村の一件でみんなに煙たがられたんだよなぁ。まあ、僕がやりたいことをやっただけだから後悔はしてないんだけど。
「イッヒッヒ!ケヘッ!?アババ!フゥー……アハハッ!!」
「素面だよな!?お前、お薬とかもキメてないよな!?ん?」
黒野の鞄がふと視界に入るとそこには白くて怪しげな粉が顔を覗かせていた。
「お、お前まさか?」
「あ、これ?これはベビーパウダーだよ。音ゲーするときいつも使うんだぜ!」
「なんだよ、焦らせるなよ。話の冒頭で色んな方々に悪質な勘違いされるとこだったぞ」
「何の話?」
「なんでもねぇ」
「にしても音ゲーもそうだが、最近の技術進歩はすごいのぉ。ワシついていけんよ……トホホ」
「お前、高校生だろ!発言がジジ臭いな!あとトホホって言葉にして言う奴初めて見たわ!」
「二週間と三日前にもトホホって言ったぞ?俺?」
「知らないよそんなの!」
こいつ会った時から全然変わってねぇ。まあ、まだ三か月弱くらいだが、このテンションはそろそろ変化してほしい。
「ていうか、何がそんなに面白かったんだ?」
「ほら!この地学の教科書見てみろよ!なんで石英は不規則に割れるんだよ!面白れぇ~アヒャ!」
「笑いのツボのクセが強い!」
「あ、屈折率一・五だ」
「そんなの知るか!」
察しの悪い人でもわかると思うが、こいつはそうとう変わった人間だ。それはもう……なんだ……凄すぎて、語彙力を失うくらいにな。
まあ、言ってしまったらあれだ。学校始まってすぐクラスのリーダーを怒らせ、みんなから煙たがられている僕に、意気揚々と話しかけてくるぐらいなんだよ。
こいつの初絡みの時なんて言われたと思う?「面白れぇ奴だな。おら、わくわくすっぞ」だぞ。戦闘民族に話しかけられたのかと思ったわ。
結局何だかんだ言って、黒野といるのは飽きないから、今もこうやって教室で同じ時間を過ごしているんだけどな。悪い奴じゃないんだ。変なだけなんだ。
「なあなあ」
「なんだ?」
「このクラスの女の子で誰が一番かわいいと思う?」
「はぁ?」
「俺はなー。女の子みーんな大好きなんだけどさー」
「はいはい」
「一番かわいいと思うのは冬知屋さんだな!」
ブフォッと思わず、飲んでいたレモンティーで咳き込んでしまった。
急にその名前出すなよ。昨日の一件で、ただでさえ意識してるっていうのに……
お前、冬知屋さんのあの笑顔知らないだろ。
にしてもそうか……冬知屋さん普通に、いやかなり可愛いもんな。男にそういう風に見られるのもなんらおかしいことじゃないのか。
でも、あの笑顔は誰にも見せたくないな。僕だけが独占したい。って何考えているんだ。冬知屋さんは僕のこと好きとは限らないだろ。からかいがいのある友達という認識かもしれない。ていうかその可能性のほうが高そうだ。
「おーい。大丈夫かよ。急に咳き込んじゃってー。冬知屋さんのこと好きみたいな反応だったぞ」
ブフォッ!追撃するな黒野!こいつ勘もいいんだよな。
「ち、ちげえよ。そういうのじゃないって!」
「だよなー。もし芦谷がそんな漫画の主人公のテンプレみたいな奴だったら、俺の張り手で紙の中に閉じ込めて、ラブコメの漫画作るとこだったわ」
「やれるものならやってみろ。そんな頓珍漢な所業!逆に興味あるわ!」
ほんと言ってることの意味わかんない。理解するのに余分に頭使うから、脳の糖分が不足してる音がする。
「で、どうなんだよ?」
「何が?」
「芦谷は冬知屋さんのこと可愛いと思う?」
そりゃかわいいだろと即答したいのだが、いざ口に出そうとすると、なんだか気恥ずかしくて、言えない。顔も心なしか赤くなってる気がする。
が、なんとか絞り出すようにして言葉を紡いだ。
「か、可愛いんじゃないのか、たぶん」
「なんだよ。恥じらいながら言いやがって。ウブかよ」
黒野はケラケラと笑いながら、僕の肩をバンバン叩いてくる。地味に痛い。
ちょっと仕返ししてやろう。
「黒野って女の子好き女の子好きって言ってる割には、アプローチとかはしないよな。ビビってるのか?」
黒野は悔しがると思ったのだが、「へっ」と鼻で笑い、ご高説を垂れた。鼻につくな。
「俺は確かに女の子は好きだが、俺が深く関わっちまうとその女の子を泣かせてしまう。俺はそれが何よりも嫌なのさ……だから、言い寄らず、遠目で眺めることに徹しているのさ。あ、あの子髪型変えてる。ポニテだポニテ!ウヒョ!」
キザなセリフがキザに聞こえないのはこいつの特殊能力か?ただ、言い訳しているようにしか見えない。最後また変態の人格出てきてるし……
「あ、言い忘れてたけど、あの子も意外にいいと思うんだよなー」
「誰だ?」
「千花さんだよ。眼鏡外すとかなりの可愛い系に化けるとみた。無気力系だ。あーいいなぁ」
千花さんは僕がみんなに煙たがられたきっかけとなった事件の中心人物。あのときは今村に酷いことをされていて本当に可哀そうだった。だからつい、今村に反抗してしまった。今村、喧嘩の強さやばいらしいなぁ。
あの後、千花さんは何度も僕にお礼をしてくれた。ごめんねじゃなくてありがとうと真っ先に言えるところはすごくいいなと思った。
「芦谷君って優しい人なんだね……」と言ってくれた時は照れはしたが、純粋に嬉しかった。今は今村にちょっかいを掛けられている感じもないので、僕はほっと胸をなでおろしている。
そんな千花さんがねー。確かに、言われてみればって感じはするけど実際はどうなんだろ。
まあ、僕は冬知屋さん一筋だ。うん。未来が見えるとか変なことは言ってるけど、悪い人じゃないことは昨日一緒に過ごして実感したしな。
「あ、芦谷君。何話しているの?」
そう言って、綺麗で真っすぐな黒髪をなびかせながら、冬知屋さんは突然近づいてきた。
「ふ、冬知屋さん。いや、まあ他愛もない話だよ」
どの女の子が可愛いか議論してたなんて言えるわけないぞ。てか言いたくない。そんな下賤な男だと思われたくないって。
「クラスの女の子で誰が一番かわいいと思うか芦谷と喋ってたんだよ」
「おおおおおぉぉぉぉぉい!」
何言ってくれてるんだ、黒野!変だと思われるのはお前だけで十分なんだよ!
あー最悪だ。冬知屋さん僕のこと幻滅してないかな……
恐る恐る、冬知屋さんの顔色を窺ってみると、意外にもこの話題に食いついている様子だった。
「へーそうなんだ。ちなみに芦谷君は誰が可愛いって言ったの?」
ふ、冬知屋さんって言いたい。でも恥ずかしいし、そんなこと言ったら、またからかわれるに違いない。
「芦谷は冬知屋さんがかわいいって言ってたぞ」
「だからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
こいつ何で全部漏らすの?壊れた水道管なの?クラ〇アン呼ぶよ?
冬知屋さんはニヤニヤしながら、「へぇー」と言って、僕の目を見据えてくる。やめろって。可愛いから。
「じゃあさ。もう一回言ってよ」
「え?」
「今度は私の目を見て可愛いって言って」
「そ、それは……」
冬知屋さんが悪魔的な笑顔をこちらに向け、じーっと見つめてくる。緊張で、まるで石にされたかのように身動きが取れない。い、言うしかないのか……
「か、可愛いと……思う……うん」
冬知屋さんは耳を真っ赤にして、フフフっと笑みをこぼした。絶対内心面白がっている奴だ。これ。恥ずかしくて死にそう。
「ありがと。芦谷君もかっこいいと思うよ」
そ、そんなこと言われたら誰だって勘違いしてしまうって。からかっているのはわかっているけど、つい、口角が上がってしまいそうになる。
「にやけてるよ」
実際上がっていたらしい。また、からかわれたっ!でも抜かりなく可愛いのがなんとも罪深い。
あと、横で「ファンタスティック!!」とか言って、興奮している黒野は後で殴ろう。
しかし、僕は動揺を無理に隠そうとしたせいでつい余計なことを口走ってしまった。
「あ、そ、そうだ。冬知屋さん。今日の放課後、楽しみだな」
「「え?」」
やばい。最悪だ。何でこのタイミングでそんなこと言うんだ。アホか僕は。
それを聞いた黒野に「どういう展開だこらー!」と肩をブンブン揺さぶられる。そんな僕を冬知屋さんが見て、心底楽し気に破顔している。
一部のクラスメートにも聞こえていたらしく、視線がこちらに集まってきている。男子の視線コワイ。
この状況どうしよ……
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