第9話 やり取り
朝の僕と冬知屋さんとの放課後デート騒動から少し時間が経ち、今は昼休みになっている。
いつもなら黒野と昼飯を食べるのだが、あいつはどうやら先生に呼び出しを食らったようで、席を外している。つまり、僕は一人でいる。孤独じゃない。孤高なんだ。
とはいえ、別に一人でいることは嫌いではないので、黙々と弁当をつつく箸を進める。
すると、突然僕のスマホがブルブルと震えだした。
なんだ?僕のスマホに入っている連絡先なんて、家族か黒野くらいだぞ。時間帯的に黒野か?あいつ、今先生と取り込み中なんじゃ?
と、思考し、画面に目を落とすと、状況を理解した。
冬知屋さんだ!そういえば、昨日連絡先教えたんだった!
いったい何の用事だろうか?
メッセージにはこう表示されていた。
『放課後楽しみだね?』
確かに楽しみだけど!楽しみだけど、チャットでもからかってくるのか?見えないところにいても油断できないな。ってあれ?冬知屋さん教室にいるじゃないか。
僕から四つほど離れた、左前の席に冬知屋さんは確かにいる。一人で。
『まあ気になっていた映画だしな。それより冬知屋さん一人なの?友達は?』
映画楽しみという風に微妙に論点をずらした。が、冬知屋さんはクラスでも人気っぽく、女子の友達が多いようなので、一人でいることがつい気になり、質問していた。
『私から断っちゃった。芦谷君と喋りたいからって』
ぐはっ。ど、動揺するな。また仕掛けにきているんだ。惑わされるな!大丈夫。席は離れているから、僕の顔を見られることはない。
『喋りたいなら、直接話しかければいいのに』
『だって、私が話しかけに行ったら、朝の騒ぎみたくなるでしょ?芦谷君困った表情してたし』
『気を遣ってくれたのか?』
『いいえ。ああいう表情はたまに見るから面白いの』
全然気を遣ってなかった。面白がられてるな。ああ。くそっ。どうしてもしてやられる。何か打開策はないのか?
うーんと唸ってアイデアを抽出しようとし、小考した後、その時が来た。
あ、閃いた!これで、冬知屋さんを少し困らせてやる。すぐに、『ごめん。冗談冗談』と打てば、攻撃手段の完成だ。今までのお返しだ。さあ、受け取れ!
『そんなこと言うなら、今日の映画どうしよっかなー。やめとこうかなー』
これで、どうだ!昨日の反応を見る限り、冬知屋さんは少なからず、今日の映画を楽しみにしていたはずだ。
冬知屋さんの焦った顔が見られないのはもったいない気がするが、これで、僕もやられっぱなしじゃないんだぞということをアピールできたに違いない。
でも、メッセージを送ってから思うことではないが、ちょっと心苦しいな。本音でないからこそ罪悪感を覚える。悪手だったか?え?悪手じゃないよな?
僕の行動が吉と出るか凶と出るか、不安に苛まれながら冬知屋さんの返答を固唾を呑んで見守る。
『そう。じゃあやっぱり映画の話はなしにしましょう。ごめんなさいね、変なこと言って。もう関わらないようにするね』
悪手だったぁぁぁぁぁぁ!やばい。どうしよう。冬知屋さんを怒らせてしまった。なしは嫌だ!映画行きたい。冬知屋さんと。あーもう!僕が調子に乗ったのが悪かったんだ。自分の器もわきまえず、からかいかえそうとしたから……
あー嫌われた……終わった……
関わらないって。もともと僕のことをどう見ていたのかはわからない。でも、友達くらいには見てたんじゃないかと思う。それが……
まだ、一日程度だが、積み上げた信頼関係が一瞬にして崩れ去ってしまった……
僕が悪いんだよな。ああ。神様。いるならどうか時を戻してほしい。
神にも縋るような気持ちで。決して戻らない時が奇跡で戻るんじゃないかと必死に願うつもりで、冬知屋さんの方を食い入るように見つめていた。
すると、冬知屋さんからメッセージが届いた。
『何でこっちを見てるの?』
え?バレてる?なんで?冬知屋さん一回も振り向いてなんかいないぞ。もしかして、この今の状況を未来予知していたとか?ってバカか、僕は。あれは、冬知屋さんの冗談だろ。どう考えても。
焦って思考回路が壊れている。とりあえず、何て返そう。謝るか。まずは。誠心誠意謝れば、許してくれるだろうか。
あぁなんて僕は愚かなことをしたんだろうか。もし、今回のことが水に流れるのであれば、今後調子に乗ったことはしないと誓います。
『ごめん。さっきのは冗談のつもりだったんだ。だから、謝ろうと思っていてつい見てしまったんだ』
そうメッセージを送ってから、謝りに行こうと席を立とうとした刹那、冬知屋さんから返事が来た。
『本当に見てたんだ』
え?それってどういう?
『こっちこそごめんね。芦谷君が私に仕返ししようとしている意図に気が付いちゃったら、反撃したくなっちゃって』
ん?まさか……
『芦谷君は私にそんな熱い視線を送ってくれてたんだー』
『嬉しかったよ。素直じゃない芦谷君』
またやられたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!僕が頭を抱えながら、チラッと冬知屋さんの様子を窺うと、ニマニマして目を細めていた。
やっぱ勝てないわ。冬知屋さんには。
悔しさはあるのだが、同時に嫌われてなくてよかったという安堵や喜びも胸に同居している。この感情たちの存在を意識したとき、冬知屋さんのことを好きなことが僕の中で再認識された。
ちょっと口角上がったかも。冬知屋さんと席は慣れていて良かったー。こんな表情見られていたら、またおもちゃにされてしまう。
その点、チャットはいいよな。送信者の気持ちの揺れ具合とかは文面に反映されたりしないから。僕が動揺してても、相手に悟られることはない。
『余計なお世話だす!』
やべっ。誤字った。
『動揺してるの?』
普通に悟られたわ。まあ、今のは僕が悪いんだけど。
もう、どうしたら冬知屋さんに対してうまく立ち回れるの?誰か教えてよ。
『ねえ』
冬知屋さんが次なるメッセージを送ってきた。
『何?』
『お互い教室にいるのに、チャットでやり取りってなんだか秘密の関係みたいでドキドキするね』
その文言によってドキドキさせられたわ!確かにそんな感じがすると僕が思った時点で負けだ。心臓の鼓動が止まらない。シャトルラン二百回目くらい早い。知らんけど。
しかも、どうせ冬知屋さんの方は余裕なんだろうな。『ドキドキするね』じゃない。『ドキドキさせるね』が正解だ。この場合。くっそ。やっぱり僕ってチョロいのだろうか。
『別にそんなこと思わないよ』
と、苦し紛れに抵抗する。
すると、冬知屋さんが席を立ち、こちらに近づいてくる。え?なに?こわい。
真っすぐこちらに向かってくる冬知屋さんの顔には、例の悪魔的な笑みが貼り付けられている。
どんどん距離が縮まっていき、僕は事の成り行きをじっと待っていることしかできなかった。
ようやく、目の前まで来たかと思うと、不意に冬知屋さんはそのご尊顔をグイッと僕の耳元に寄せた。そして、魅惑的な声音でこう囁いた。
「こんなことされても本当に思わない?」
至近距離だったからか、どこか色っぽく彼女のセリフは僕の耳朶に響いた。
不覚にも、より意識してしまった。
秘密の関係っぽいなと……
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