第3話 手料理
買い出しが終わって、約十分。頼まれていないが、冬知屋さんに料理を振舞うことになるだろうと思い、通常より多めの食材を入れた袋を両手に持ったまま(途中で冬知屋さんに片方持つよと言われたが、女の子にホイホイと重いものを持たせるのも気が引けたので、家まで全部僕が持ってきた)自宅に到着した。
やはり、仕事で父さんも母さんも家を留守にしている。
その状況がもう一度僕の理性に問いかけ、念には念を押して訊いた。
「やっぱりほぼ初対面なのに一人で男の家来るか普通?心配にならないのか?」
僕に告白?をした時といい、からかっているときといい、彼女の性格は大胆というか、予想ができない。
よく知らんが魔性の女というやつだろうか。だとしたら、僕はまだ女性経験的にはレベル一なので、魔女を相手にするのは無謀であり、蛮勇だと愚考する次第でございます。
要約すると、緊張してます。女の子を両親がいないときに連れ込んでいるこの状況に緊張しておりましゅ。ほら、心の声ですら噛むほどに。
玄関を抜けて、ダイニングに荷物を下ろす。
「大丈夫だよ。さっきも言ったでしょ?芦谷君は私のこと襲わない未来が見えているから」
お、襲わない未来って。まあ、僕だって冬知屋さんを襲うつもりはないけどさ。
そ、そういえば、冬知屋さん、む、胸とか思ったよりあるな。だめだ。考えるな。視線が服越しからも把握できる膨らみに吸い寄せられる。
「今、私でエッチなこと考えてた?」
「か、考えてないよ!そんなわけないじゃないか!冬知屋さんでなんか(恐れ多くて)考えられないよ!」
「そっかー。私そんなに魅力ないか~。残念」
「い、いや、そういうわけではなくてだな……」
「じゃあ、どういう意味?」
そのアングルずるいからやめてくれ。下から覗き込むのやめろって。上目遣いもだめ。そして、角度的にその、冬知屋さんの貧しくなければ、大きすぎるでもない双丘が、意識せざるを得ないほどに強調してくるから!
フフッと微笑んだまま、動こうとしない。答えろってことかよ。何言っても最後は僕が傷を負って幕引きとなるビジョンしか見えない。
この数時間でよくここまで、コケにされたものだ。僕そんなにチョロいのだろうか。
いくら考えても、模範解答が出てくる気配がないので、思ったことを直球でぶつけることにした。
「その……冬知屋さん可愛いから結構モテてそうだし。だから男の家に行くのも慣れてるのかなと。なら、この状況はなんか恐れ多いなーみたいな感じ……です」
言っちゃったよ。しどろもどろになって、最後敬語になったけど言っちゃったよ。あーよし。もうからかわれる覚悟はできたぞ。何言われても僕が揺らがなければいいんだ。さあ、冬知屋さんはどうする。受け流す準備はできた!
冬知屋さんは「私、朝はパン派だから」くらい気軽なテンションで、こう言い放った。
「私、処女だよ」
「~~~~~~~ッッッ!!!!?!!!?」
受け流せませんでしたぁぁぁぁ。急に何言ってるんだよ。反応に困るだろ。
「本当だよ?」
「いや、疑うわけじゃないけど」
「けど?」
「なんでもねえ!」
冬知屋さんはニマニマと破顔している。またからかわれてしまった。
「でも、可愛いって言ってくれたのは嬉しかったよ」
「そりゃ、どうも」
これ以上続けると、僕が再び恥を掻きそうなので、半ば強引に会話を終了させ、晩御飯の支度に入ろうとした。のだが、冬知屋さんの一言に阻まれてしまった。
「あ、お邪魔させてもらってる身だし、私が晩御飯作ってもいい?」
「え?いや、気を遣わなくていいよ」
「私が作りたいの。だめ?」
「そこまで言うならいいけど……」
ふんすっ、と鼻を鳴らして頼むものだから、流れで任せてしまった。まあ料理できるって言ってたし、大丈夫だろ。
手伝いもいらないと言われたので、僕はリビングで今日の授業の復習に取り掛かることにした。
手伝いもいらないって言われたときの疎外感やばかったな。目がマジだった。
ちょっと寂しい気分になったな……
*******
「…………」
「どう?作ってみたんだけど……」
冬知屋さんが固唾を呑む中、僕は目の前に出された料理に対し、絶句していた。これには杜甫も驚きだろう。それは絶句違いか。
それはともかくだ。とにかく驚愕の念を抑えられないほどなのだ。
僕は買い出し中、献立を何となく、コロッケとだし巻き卵とあさりの味噌汁、あとパックにすでに詰めてあるサラダにしようと考えていたのだが。
なんということでしょう!
眼前に広がるのは、瀟洒な食器に、凝った盛り付けをされて、見ただけで涎が垂れそうな料理たち。献立も何やら僕の予想に異を唱えている。
みじん切りにされたキャベツが入ったハンバーグに、これは……タコとジャガイモのサラダ?どうやら、イタリアの家庭料理らしい。レモンの酸味がさわやかだ。
他にももう二品副菜として並んでいる。あれ?買ってきたパックのサラダどこ?
「うまっ」
ハンバーグでは今まで味わったことのないシャキシャキといった食感を楽しみながら、僕は不意に口走った。
「わあ。ありがとう。そんなに良かったの?」
冬知屋さんは顔にパッと花を咲かせ、純粋に喜んでいた。
僕はとりあえず食べられたらそれでいいといういかにも男っぽい価値観だったので、綺麗に盛り付けるっていう発想に至らなかった。
というか、自分の家なのに、こんな透明で綺麗な皿があるの今まで気づかなかったんだが。
「女の子に料理作ってもらったのは初めて?」
「まあな。今まで異性と付き合ったこととかないし。ていうかまだ高一だしそういう機会は普通ないと思うけど……」
「そっかー。私が初めてかぁ」
誰かに作りたくなるほど料理好きなんだな。今もニコニコして、嬉しさで目を細めているように見える。
「料理するの好きなのか?」
「毎日はしないけど、好きだよ」
まじか。料理という唯一と思われた僕の特技ですら、冬知屋さんにはかなわないのか。一時間前、余裕綽々で発した僕の料理できる宣言が恥ずかしく思えてきた。
「でも、毎日し続けるのはすごいことだと思うよ。私にはできないかなぁ」
ずっとからかわれていたにもかかわらず、冬知屋さんに褒められるとつい口角を上げそうになる自分がいる。我慢だ、我慢。からかわれたくないならな。
「ま、まあね。昔からだし、今は苦に感じてないな」
「照れ隠し?」
「違うし!」
「素直にありがとうって言えばいいのに……」
また、やられたよ。冬知屋さんもよく飽きないよな。
「んーでも、芦谷君になら毎日作ってあげられそうかなぁ」
「そ、それはどういう?」
「作ってほしい?」
訊き方がずるい。ここで首肯すれば、まるで僕が冬知屋さんと結婚したいと言ってるようなものじゃないか。
僕が顔を熟したリンゴのように真っ赤にして黙秘、というか二の句を継げないでいると、冬知屋さんは目尻を下げ、温かい眼差しを浴びせてきていた。
「かわいい」
冬知屋さんはポツリと呟いた。
なんだよなんだよなんだってんだよ。罰金だ。十秒以内に払え。と言っても無駄に終わるので、目を泳がせながら、「うるさい」と無理やり反論することしかできなかった。
「芦谷君といると楽しいなー」
「僕はいつもより疲労を感じる」
「私といるのが嫌なの?」
その愛らしいまなざしは卑怯だろ。捨てないでと懇願する捨て猫のように庇護欲をくすぐられる。
「それは、その……嫌とかではなくて……」
「意外とありなのね!」
「そこまで言ってない!」
「そこまで……ね……」
冬知屋さんはそう呟くと、満足そうに顔を綻ばせた。
くっ。どう足掻いても勝てない。気が付けばからかわれているんだが。そういう技巧なの?
そこまで考えると、僕は戦闘ではなく逃げるコマンドを迷いなく選んだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
洗い物はさすがに僕が担当した。皿を洗うカチャカチャという音が鳴る中、僕の心臓も負けじと速いビートを刻んでいた。
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