第2話 買い出し
あの後、結局、二人で帰路に就いたのだが、夏ということもあって放課後でも、外はまだまだ明るく、通り過ぎた公園では小学生くらいの子供たちが元気に走り回っていた。
その際、一人の男の子に「あー!カップルだ。カップル!」とそれなりに遠い距離ながら叫ばれたのを除けば、何事もなかった。
「手、繋いだらあの子どんな反応するかな?」とか言われて、ドギマギした気がするが、何事もなかった。
その後、からかわれただけですが何か?悪いですか?え?
と、僕の中のリトル僕に対し、懸命に自己防衛を行いつつ、冬知屋さんとお互いのことや他愛もない話をしていた。
「僕の両親は共働きで、しかも父さんは弁護士で、家に帰ってくることが少ないんだ」
「弁護士ってすごいね。芦谷君はじゃあお父さんと一緒で弁護士目指してたりするの?」
「んー。まだ悩んでるかな。父さんも無理強いはせず、自由にさせてくれてるし」
「良いお父さんだね」
「冬知屋さんのお父さんはどんな人なの?」
すると、冬知屋さんは一瞬顔を曇らせ、逡巡した後。
「うーん。まあ普通の人だよ。芦谷君のお父さんみたいなすごい職業じゃないからね」
僕にはその表情の意味が分からなかったため、「そっかー」と茶を濁して微妙に話題を逸らす。
「だから、僕は家ではいつも一人でいることが多くてさ。基本的に昼の弁当や晩御飯は僕が作ってるんだよ」
普段自炊していることに特に誇りを感じたことはなかったが、今は、冬知屋さんにアドバンテージをとれた気がして、満更でもない気分だ。
「私も料理できるよ」
「さいですか……」
やっぱこの女の子には勝てないのか。今だって、してやったりみたいな顔してこっち見てくるし。あーもう可愛いな。冬知屋半端ないって!そんなん出来ひんやん、普通!
他にも、趣味のこととか話しているうちに、目的地であるスーパーマーケットに到着した。
「家なの?」
「いや、違うけど」
「ツッコミ好きだね」
「ほっとけ」
「晩御飯の材料買いに来たとかそんなところでしょ」
「わかってるならボケないで頂けるとありがたいです」
普段と変わらない帰り道、いつも通りに買い物に寄っただけなのに、こんなに疲れるのはなぜだろうか。まあ自明なんだけど。
そうして、僕たちはスーパーマーケットへ足を踏み入れた。
*******
目の前に広がる風景や人の数は日常そのものだった。
中に入ると、主婦が買い物かごを片手に、あるいはショッピングカートを押して、商品を矯めつ眇めつしている。おそらく、賞味期限の長さを吟味しているのだろう。
耳に入るのは、録音された活きのいいおじさんの宣伝文句。それが、付近に二つや三つあるので、割とガヤガヤしている印象だ。
そんな中でも、冬知屋さんは凛とした声音ではっきりと、でも、周りの人には聞こえない程度のボリュームで耳元に囁いてきた。
「男女二人が肩を並べて一緒に晩御飯の買い物って。なんだか、同棲してるカップルみたいだね」
僕は肩をビクッと震わせ、飛び退くように距離を取った。
「急に何言いだしてるんだよ」
「ビックリしすぎだって。ほんといいリアクションするね」
ハハハと笑う姿は無邪気な女の子のあどけなさを含有していた。
何、ドキッとしてるんだ僕は。初の会話からまだ一時間くらいだぞ。同じクラスなのに。て、そこは関係ないだろ、動揺するな。
落ち着こうとすればするほど、囁かれたときに僕の耳にかかった冬知屋さんの吐息の感覚が蘇ってきて、なんだか顔が熱くなってきた。キンキンに冷えた魚のコーナーにいるはずなのに。
「それで、今日は何を作るの?」
「まだ決めてないな」
「じゃあさっきからポンポンと商品をかごに入れてるのはなんで?本能?」
「ちゃんと理性に則ってるわ!」
どうやら冬知屋さんにロゴスを持っていない生き物だと思われていた僕は、そのわけを説明した。
「中心となる理由は値段だな。あらかじめ作るものを決めてから買い物をすると、高い食材を買わなければならない可能性が出てくるだろ。対して、現地で安い食材を手あたり次第購入してから何を作るか考える。曜日や日によって安売りされている食材は変わるしな。だから僕は何作るか決めてないのに、ホイホイとかごに食材を放り込んでたってわけ」
僕は自炊経験が長いから、放り込んでるうちにだいたいこんな料理ができるな、みたいなイメージは湧いてくるけど、とも付け加えておく。
すると、冬知屋さんは口をほーっと開けて納得していた。
「へー。ちゃんと生きてるんだね」
「生きてるよ」
「すごいね」
そんな直球で褒められると逆に調子狂うな。なんだかむず痒い気持ちになったので、その場から離れるように体を動かした。
もちろん冬知屋さんは僕の後を追っかけてくるのだが、背後から殺傷能力の高い爆弾発言を投じてきた。
「結婚したら、良いお父さんになりそうだね」
は?結婚!?結婚て僕らまだ一時間の仲だろ。気が早いってレベルじゃないぞ、これは。しかもお父さんって。子供生まれている前提だと!?
刹那によぎった卑猥な想像を全力で振り払う僕は、傍から見るとあきらかに動揺していることがバレるほどあわあわした。
「私と……なんて誰も言ってないよ」
「んぐ」っと急所を突かれたような断末魔を残し、僕は紅潮した顔面をできるだけ冬知屋さんに見られないよう背けることしかできなかった。
「そんなのわかってるよ」
冬知屋さんはクスクスと微笑み、追い打ちをかけてきた。
「私は芦谷君と結婚してもいいけどなぁ」
「はいはい。勝手におっしゃっててください」
またなんか変なこと言いだしたよ。さすがに、それは言い過ぎだって。見縊ってもらっちゃ困る。何だって耐性はつくものなんだよ。で、ちなみに理由はお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?
僕は興味ないふりして、耳を欹てた。
「だって仕事も家事も全部してくれそうだし」
「丸投げじゃねえか」
理由が思ってたよりズボラだった。ちょっと期待した僕が哀れだよ。
はあー、と嘆息し、歩みを進めて、一通り食材をかごに突っ込み、レジへ向かった。
冬知屋さんについて分かったことと言えば、僕のことをからかうのが好きだということくらいか……先が思いやられる。
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