未来が見えるヒロインによると、どうやら僕たちは付き合うことになるようです。
下蒼銀杏
第1話 告白?
夏の暑さが表れ始めた七月。
他の生徒は部活なり帰宅なりで教室を出ていき、今は僕と、目の前の美少女の二人きりだ。
お互いの息遣いが聞こえるほど、静かで、そして物理的な距離が近い。僕、
そして、彼女は僕の目を見つめながら、こう言い放った。
「私と付き合うことになるわ。夏祭りで」
ここで僕に二つほど疑問が沸き上がる。
一つは「付き合うことになる」という未来予知じみた言い方。告白なら普通、「私と付き合ってください」とかだろ。まあ言われたことないけど。くそがっ。
そして二つ目。
なぜ学校一の美少女という呼び声が高い彼女、
僕がそう疑問を口にしようとする前に先手を打ってきたのは彼女の方だった。
「同じクラスメートなんだから話しかけてもいいでしょ?」
「え?」
まるで僕が悩んだ心理を見透かすかのように、彼女は喋りかけることの正当性を主張した。
そう。僕はたった今、「何で君が僕なんかに話かけるんだ?」と、訊こうとしたのだが、彼女はそれがわかっていたかのように先取りしたのだ。
「あ。何で訊きたいことがわかったんだ?って顔してるよ」
「ま……まあな……」
彼女が物理的にも心理的にもズンズン接近してくる感じがして、ただ呆気にとられることしかできなかった。
なんだ、この子?エスパーなのか?流行りのメンタリストか?ってそのブームが巻き起こったのはだいぶ前だったな。
僕が頭を悩ませていると、彼女は見かねたように微笑んだ。
「芦谷君って面白い反応するねっ」
なんか勝手にウケてるよ。これでウケるなら芸人さん苦労しないよ。
彼女はひとしきり笑った後、まるで迷子に自分のお家を尋ねるかのように質問を放った。
「それで?私の渾身の告白に対する芦谷君の答えは?」
「あれ、告白だったの!?」
彼女は手を後ろに組み、ニコニコしながら、軽く下から覗き込むように僕をじっと見てくる。くっ。あざとかわいい。
絹のようにスラっと伸びた黒髪ロング。彼女のクリッとした目は都会の明るさを知らない星空を彷彿とさせる美麗な濡羽色。肌は新雪のごとく白く透き通っていて、スタイルが良い上、黒ストッキングときた。全体的に少し大人びて見えるのだが、彼女の髪留めがちょこんとキュートさをアピールするため、可愛いと美人がちょうどいい塩梅となっている。
って今は見惚れている場合じゃないだろ。どうせ来ないだろと諦めていた告白イベントだぞ。千載一遇。ちょっと、いや正直かなり謎めいた彼女だが、この機を逃すわけにはいかない。選択肢を誤るな、僕。
彼女に答えを迫られてから、どれだけ時間が経ったのかわからない。すごく長い時間悩んでいるのかもしれないし、まだ一瞬なのかもしれない。それだけ、最適解を捻出するのに必死だった。
そして、その時が来た!
僕が緊張で重くなった口を何とかこじ開ける。
が、辿り着いた答えは僕の口から言葉として紡がれることはなかった。というか、紡げなかった。彼女の発言があまりにも唐突すぎて。
「じゃあ、今から芦谷君のお家にお邪魔するね」
「どうしてそうなった!!?」
だめだ。意味が分からない。現国の問題で出ようものなら、悪問だとガンガン非難されるだろう。それくらい文脈がめちゃくちゃ。
だが、彼女の意味不明発言は止まることを知らなかった。
「だって私の告白、否定しないでしょ?」
「え?な、何で言ってないのにそんなことが言えるんだよ」
もう何なんだ一体。僕の胸の内が探られるなんて生易しいものじゃない。タンスにしまってある衣類がどの引き出しにあるのか、隅々まで把握しているのと同じだ。探らずともわかっている。そんな感じ。
開いた口が塞がらない僕を置いてけぼりにして、彼女は僕が言葉にできなかった答えを代わりに語っていた。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。僕も付き合えるなら付き合いたい。でも、僕が君のことをよく知らないのも事実。だからここでオッケーすることはできない。あ、いや、付き合えないってことじゃないんだ。ただ、付き合うかどうかは僕がもう少し君のことを知ってからにしたいなということで。ということでだ。まずは友達から始めませんか?」
「…………」
「って言う予定だったよね?」
もはや畏怖の感情さえ湧き出ていた。間違っていないのだ。ただ漠然と心を読んだとかではなく、言葉選び、話の運び方、そして友達宣言というゴールにまで、すべてを彼女に言い当てられたのだ。
僕は口を半開きにし、呆然と立ち尽くしていた。
「返事は?」
「…………」
大人っぽい見た目の割には可愛げのある声で僕の返答を促すが、僕は驚きから立ち直れず、黙ってしまっていた。
「うん……って言うんだよね?」
「うん……」
ハッ!?僕は今なんて?気が付けば、彼女の言うとおりに言葉にしていた。いや、僕の本心だから言わされたって感じでもない。変な感覚だ。
「だからね。私のこと知ってもらって、芦谷君の友達になりたいから、お家にお邪魔するの」
「は、はあ……そういうことか……ってそれもおかしくないか?何でいきなり男の家に来ようとするんだよ!?」
話せば話すほど謎が深まるばかり。これは疲れるな。
「だって、芦谷君襲わないし」
「そんなのわからないだろ?」
「襲っちゃうかもしれないの?」
「そういう意味じゃなくてだな。僕がどんな人間かわからないのに襲わないって言いきるのはおかしいだろ」
僕が焦って誤解を解いている姿を彼女はいたずらっ子を彷彿とさせる表情で楽しんでいた。
「冗談冗談。芦谷君が面識のない女の子を襲う人じゃないのはわかってるから」
「調子狂うな……」
「それに、芦谷君今まで女の子とお付き合いしたことないんでしょ?だから平日のこの時間から女の子と二人で何したらいいかわからず、ただただ町を歩くだけになるのは勘弁なの。よって芦谷君のお家に行こうって提案したのです」
フフンと鼻を鳴らしてドヤと言わんばかりに胸を張った。おっきいな。何がとは言わないけど。
「僕が女子と付き合ったことがないって君に一度でも言ったか?」
「言ったよ」
「いつ!?」
そんな記憶はない。まあ入学してから一度も話してないから当たり前なはずなんだけど。それでも彼女は言ったと自信満々なオーラを出している。
真偽をはっきりさせてくれる彼女の言葉を僕はじっと待つ。
「だいたい三時間後かな」
「よし、今から時制の勉強をしようか。英語のテキストの最初の方開いてくれ」
「ほんとだよ~」
彼女はヘラヘラしながら自分の言葉を取り消そうとしない。
言った?って過去形で訊いてるのに、どうして三時間後とかふざけた回答ができるんだ。英語どころか日本語を勉強し直したほうがいいぞ……
さっきまでは疑問に疑問の応酬でそれどころではなかったが、ようやく少し落ち着いてきて、頭の中が整理され始めた。すると、彼女を不気味に思うモヤモヤとした心情が拭いきれなくなり、いささか居心地が悪く感じた。
「だいたい君がさっきから僕のことわかってるような口をきいているのはなぜなんだ?」
不快感ではないが、心の中を覗かれている感覚にどことなく恐怖を覚え、若干声が威嚇するように大きくなった。
「だって私未来が見えるもの」
「…………………………はあ?」
あまりの頓珍漢さに食い気味で、冷淡な反応をしてしまった。
どういうことだ。彼女の頭がお花畑なのか。それとも僕が妄想を拗らせすぎたのか。
「私、未来が見えるの」
「そこは聞こえてるよ」
冷静にツッコミを入れてしまったが、一旦状況を整理しよう。
よく知らない女の子から、「付き合うことになる」と言われ、未来が見えるとカミングアウトされた。うん。わからないな。
「びっくりした?」
「びっくりしたっていうか……」
あまりの衝撃発言のためまともに二の句が継げなかった。未来が見えるなんて現実でありえないだろ。
でも、未来が見えると言われれば、確かに僕の言動や性格をやたらと把握しているのにも説明がつく。
「今はまだ信じられなくてもいいよ。そのためにこれから友達になるんでしょ?」
そんなこと言った気はしないが、そんな気になってきた。そうだな。彼女と友達になって本当かどうか見極めればいいんだ。
「ああ。まずは友達からよろしくな」
「まずは……ね。ちゃんとその次のステップまで見据えていてくれるんだ。嬉しいな」
「あ、いや、それは、だな。一応……」
「一応告白された身だし、僕もまんざらではないって言うか……って今のなしだ!」
「まだ言ってないだろ!」
彼女は表情を緩ませ、なんとか耐えようとするようにクスクスと笑った。耐えられてないけど。
てか、また僕のセリフを先に代弁された。って今のなしだ!という強がりと共に。恥ずかしい……
「あと、私、君じゃなくて、
「そうだったな」
「あ、でもまだ恥ずかしいから紗希って呼び捨てにしないでね」
「言われなくてもしないよ!よく知りもしない女の子をいきなり呼び捨てとか、僕にはハードルが高い」
まったくつかみどころがないな。てか、これだけ言いたい放題言っててホントに恥じらいとかあるのかよ。まあ嘘なんだろうけど。
「ふ、冬知屋さん……」
名前合ってるよな?呼び方とかイントネーションとか合ってるよな?
彼女、冬知屋さんがどんな表情をしているか窺うため、そっと僕は顔を上げると、そこには必死に笑いをこらえるようにニマニマした面が見えた。
「フフッ。何、芦谷君?」
ちょっと笑っちゃってるじゃん。恥ずか死んじゃうよ、僕。
というか、名前を呼んだはいいものの、何て喋るか毫も考えてなかった。
「な、なんでもない」
「変な芦谷君」
「悪かったな!」
「素直じゃないね。かわいい」
クスッと笑みを浮かべる冬知屋さんがちゃっかり可愛いところが尚、たち悪い。この会話の流れもすでに見えていたのだろうか。まあ未来が見えるってのが嘘じゃなかったらの話だが。
それよりかわいいって女子から言われるのは男子的にどうなんだと考えなくもない。プライドが……
僕がムムムッと頭を抱えていると、冬知屋さんがパンッと手を合わせて、「そんなことより」と、話を切り出してきた。というか戻した。
「早く芦谷君の家行こっ」
「お、おう……」
果たして、僕は底の見えない女の子、冬知屋さんを攻略できるのか?まずは敵情視察。冬知屋さんの言葉を信じるなら、夏祭りまであと一か月ちょっと。
なんだか振り回されそうな予感しかしない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【作者から皆様へ】
この人生初の投稿作品が学生さんや社会人の方々の楽しみの一つとなることを心から願っております。
これからよろしくお願いいたします。
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