第8話
「そういえば、ルカお姉ちゃんって強いのー?」
ふと、その質問が出たのは、子供たちと遊んでいる最中だった。
ハルトとソラが、子供たちと室内で大縄跳びをしているのを眺めていると、ルカが膝の上で抱っこしている、金髪の少女が首を傾げた。
ん、とルカはその頭を撫でながら目を細める。
「そうねぇ、フラン。少なくとも、ステラよりは強いわよ」
「え、そうなの……っ!」
その言葉に敏感に反応したのは、一人の男の子だった。手遊びを止め、目をきらきらしながらステラを振り返る。
「ステラ姉ちゃんよりも強いの! じゃあ、最強!」
ルカがおかしそうに少し笑うが、首を振って穏やかに諭すように言う。
「最強って――それほどでもないわよ。ステラともギリギリで競り勝つのが精一杯だし。それに、この村で最強なら……クウヤさんじゃないの?」
「ううん、違うわよ。ルカ様、この村で最強は、シンクお母さんよ」
ふと、視線を上げると、縄跳びを終わったのか、ソラが軽く汗を拭いながら笑みを浮かべる。その後ろで、ハルトが縄を巻いて畳みながら、子供たちと戯れている。
ステラは近くにいる子供の頭を撫でながら、確かに、と頷く。
「お母さんには、いつになっても勝てませんね」
「……それは、家庭内の立場、って意味じゃなくて?」
「家庭内の立場なら、結構、お父さんの方が上なんだけどね。お母さんの方が――うん、一言で言うと、容赦ない」
その話題になった瞬間、しん、と子供たちが黙り込む。不気味な静けさに、思わずルカは辺りを見渡す。ハルトは苦笑いを浮かべながら近寄る。
「子供たちが騒がしいときは『シンクお母さん呼ぶよ』っていうと絶対、黙り込むんですよ……その、本当に、容赦ないから」
「そ、そうなの……?」
引きつった笑みを浮かべるルカを手招きし、ステラはこっそりと耳打ちする。
「実は以前、クウヤお父さんを色仕掛けで篭絡しようとしたご令嬢がいて――」
ぽんぽんと世間でまだ見ぬ発明を引き出すクウヤは、どの組織も喉から手が出るほどの人材だ。それに着目し、ある貴族が三人の娘を送り込んできたのだ。
クウヤは無下にできず、困惑しながらそれを持て成していく。
徐々に、その令嬢たちは図に乗り始め、馴れ馴れしくクウヤに接し始めた頃。
シンクが、静かにぶち切れたのだ。
『クウヤくんを奪いたいなら、私に勝ってからにして欲しいかな』
迫真の笑顔、というのを見たのは、ステラにとってこれが最初で最後だ。
ちなみに、種目は騎士貴族の五芸と言われる、乗馬、剣術、弓矢、舞踊、徒手格闘であり、ご令嬢たちはそこそこの実力者だったが――。
シンクは、他を寄せ付けずに圧勝し、その貴族たちに恥を掻かせたのだった。
「そ、そんなことが……」
「剣術も三人相手にしながら、全員一閃でぶちのめして――女性相手でも容赦ない、というか、お父さんが絡むと、お母さんの手加減がなくなるの」
ソラは自分で言いながら、少しだけ冷汗を掻いている。話していて、その光景を思い出してしまったのかもしれない。
「子供たちが全員、それを見ているわけではないですけど、村に迷い込んだ猪を一発で仕留めたりとか、襲ってきた盗賊を徒手だけで撃退したりと――意外と、お母さんの無双伝説って多かったり――」
「あら、ソラ、愉快なお話をしているんだね?」
不意に、にこやかな声が背後から響き渡り、こきん、とソラは固まった。そのまま、ぎこちなくゆっくり振り返っていき――引きつり笑いを、浮かべた。
「お、お母さん……? 身重なのに、降りてきたら危ないって」
「ふふ、気をつければ大丈夫よ」
そこに立っていたのは、クウヤとシンクの夫婦。クウヤに手を取られながら、シンクはゆっくりと屋敷に入ってくると、にっこりと笑みを浮かべて全員を見渡す。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。うん。クウヤくんに、手を出さなければね。あと、ソラ? その話はあんまり思い出したくないって言わなかったっけ?」
「ごごごご、ごめんなさいっ、お母さんっ!」
「ふふ、いいのよ――ハルト、椅子持ってきてくれる?」
「は、はい、ただいま」
ハルトに椅子を持ってきてもらって、シンクは椅子に腰かける。クウヤはそれを愛おしそうに目を細めながら、全員を振り返った。
「ごめん、みんな。邪魔をしたかな」
「いえ、大丈夫です。クウヤ父さん」
「もしかして、今日はお父さんとお母さんも遊んでくれるのー!」
緊張から解けた子供たちが、はしゃぎながら二人の夫婦に向かっていく。ん、とシンクは微かに微笑み、ゆったりと告げる。
「じゃあ、何かお話でもしてあげようかな。何がいい?」
「ゲンジ物語ー!」
「あー、ヘイケ物語がいい!」
「ハッケン伝!」
「ふふ、みんな元気ね……クウヤくん、何がいいと思う?」
「そこは、無難にモモタロウとか、童話にすればいいのに……」
「だって、無難でつまらないんですもの」
くすくすと笑いながら、シンクは言葉を返して目を細める。
「じゃあ、折角だから、今日はお客さんもいるし、ウェルネス王国物語にしましょうか。シズマ将軍の武勇伝――こっちの方が、楽しいんじゃない?」
その言葉に、子供たちから歓声が上がる。それに、屋敷中の子供たちが集まってくる。それを見ながら、ソラとハルトは苦笑いを浮かべた。
「全く、本当にお母さんには適わないよね」
「しかし、毎回思うけど、ゲンジ物語とかヘイケ物語みたいなお話、よく思いつくよな。母さん、吟遊詩人に向いているんじゃないか?」
「ん、本当に――お母さんたちは、すごいなあ」
ステラは目を細めてそれを見守っていると、何人かの子供たちが駆け寄ってきた。
「ステラお姉ちゃんも、聞きにいこ!」
「ルカお姉ちゃんも!」
「ふふ、分かったわ。フラン。一緒に聞きましょう。ステラも」
「はい、ルカ様」
二人で笑い合うと、子供たちと一緒に、シンクの語る物語に耳を傾けた。
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