第8話
「――なるほど、リュオ民族が関与していた、というわけね」
賊たちが鎮圧し、事態が収拾された後――天守では、数人が残っていた。
クロウとステラから事情を聞いたルカは腕を組んで頷いた。クロウは丁寧に拝礼を続けながら、はっきりとした口調で続ける。
「ですが、捕らえた賊には、リュオ民族の姿はなく、すでに逃げたと考えられます」
「……じゃあ、あの賊徒は……」
「一言でいえば、あぶれ者やならず者です。酒場で雇われたと供述しています」
それは、ステラが答えた。ふむ、と一つルカは頷き、サンナを見やる。
「――サンナ、リュオ民族の出身だったわよね。貴方からの意見は?」
「……その……」
彼女はわずかに言いにくそうにする。ルカはそれを察し、安心させるように微笑む。
「大丈夫。貴方のことは疑っていないわ。貴方は、私たちの仲間よ」
「そもそも、リュオ民族は傭兵民族――お金で雇われれば、どこにでもつきますが、決して二重で契約を結びません。そういう、筋を通す民族です」
ステラも同意するように頷き、敢えて説明口調で告げる。
その言葉に居合わせた数人の文官は視線を逸らした――やはり、サンナのことを内通者ではないか、と疑っていたらしい。
(当然かもしれないけど……疑心暗鬼が過ぎるかな……)
ステラは内心でため息をつきながら、傍のサンナを励ますように微笑みかける。サンナは小さく頷くと、意を決して口を開く。
「リュオ民族のやり方は、少数精鋭で現場に入り、現地で人員や資材を調達します。そのため、彼らを雇うには膨大なお金がいります」
「なるほどね。合理的と言えば、合理的だわ……問題は、誰に雇われたか、だけど」
「――順当に行けば、兵站担当のあの男ですね」
話の推移を聞いていた、吏僚のミツダが口を挟んだ。ルカは一つ頷く。
「ええ、順当に考えれば、そうなるでしょう。ただ、目的も何も掴めないのが、ちょっと嫌なところね……誰を狙ったかすら、分からないもの」
「仕方ありません。各々、気をつけるしかないでしょう……代官にも、しばらくは身辺警護をつけようと思います」
「う、うむ……苦しゅうないぞ」
アンドレの言葉に、サカキ代官はぎこちなく答えると、全員を見渡して吐息をつく。
「――各々、お疲れであった。今回のカグヤ会議は一時中断とする。各々、赴任地に戻り、警戒に努めるように。ナカトミ辺境伯、今回は助けられた」
「いえ、剣士としての務めを果たしたまでです」
ルカは小さく微笑んで答えると、若き代官はわずかに頬を染めて頷く。ステラはその反応に少しだけ落ち着かない。
(まあ……ルカ様は美しいから、気持ちは分かるけど)
やきもきしながらステラは見守っていると、代官の視線がステラに向いた。
「それと――ステラ・ヴァイス殿、と言ったな」
「……は、はい」
「クロウやゴードン騎士から話は聞いている。よくぞ、我らを助けに来てくれた。礼代わりと言っては難だが――これを」
サカキ代官は傍らのアンドレに合図する。アンドレはどこからか布に包まれた細長いものを取り出し、サカキに手渡す。
彼はそれを手に取ると、ステラに差し出した。
「――将軍であった父が使っていたものだ。この通り、私は臆病者でな、戦場に出ることが叶わないため、猛者に下賜しようと決めていたのだ。どうか、受け取ってくれると嬉しい」
「は……」
わずかに硬直してしまう。将軍の剣ということは、宝剣であるのだ。
戸惑いのあまり、ルカを見ると、彼女は小さく微笑んで頷いてくれる。その笑みに促され、おずおずと手を伸ばし、それを受け取る。
手にかかる重みは、そこまでではない。だが、確かな重みだ。
布を取り払い、それを取り出すと――質素ながらに、立派な拵えの太刀があった。引き抜くと、独特の刃紋が妖しく輝く。
「父が軽く使いやすいと言っていた太刀だ――使ってくれると嬉しい」
「……恐縮です。ありがたく、頂戴いたします」
鞘に納め、腰に帯びる。想像よりも軽く、だが、手にしっくり来る刃だった。
それを見つめて微笑んだルカは、そっと視線を代官に戻して頭を下げる。
「では――こちらで私は辞させていただきます。宿で休息を取り、騎士たちを労った後に、領地に戻りたいと思います」
「うむ、戻る前にまた少しだけ顔を見せてくれればありがたい」
「かしこまりました――では」
ルカは頭を下げて辞する。ステラも頭を下げると、サンナを連れてルカと共に天守を後にした。しばらく歩き、人気がなくなってから、ルカは振り返ってステラとサンナを見る。
「二人とも、怪我はないかしら。返り血で、真っ赤だけど」
「それを言うなら、ルカ様もです――本当に、ご無事で何よりでした」
「ええ、貴方たち二人のおかげよ」
ルカは微笑みかけ、ステラは笑い返すが――サンナの笑みだけはぎこちない。
いつも無邪気な彼女の笑みは鳴りを潜め、思い悩むように顔が陰っている。
「――サンナ、あまり気に病むことはないのですよ?」
ステラは気遣ってその顔を覗き込むが、サンナは少しだけ笑みを浮かべて首を振る。
「ううん、大丈夫だよ。姉さま。それよりも、気になっていて――」
「リュオ民族が、カグヤ会議に乱入したこと?」
「うん……あの人は、私の叔父にあたる、レッグ、という人で、育ての親なんだけど……なんで、こんな大それた舞台に出てきたのか……」
悩み悩み、彼女は小さく言葉を口にする。
「叔父上は、リュオ民族の存続を気にかけていた人。ここで、カグヤ――ウェルネスを敵に回せば、リュオの存続が危うくなることは、分かっているはずなのに……」
「そうね。私も少し気にかかるの。北の傭兵は、そういう面ではすごく慎重だって、お父様から聞いていたわ――念のため、お父様の耳に入れておくわね」
ルカの言葉に、ステラとサンナは頷いた。その中で、サンナは目を伏せさせながら小声で言う。
「また……きっと、叔父上たちは来る」
その言葉は確信めいていた響きを宿していた。
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